第104話 躊躇い

 緊張感のあるこの場面で英司のスマホが鳴った。

 スマホを見て英司の顔色が変わる。


「随分と呑気なもんだな」


 洋一が英司に槍を刺そうと槍を後ろに引いて勢いをつけた。


「くそっ」


 俺が間に割って入り、槍を掴む。

 英司を庇うように不破も英司の前まで動いていたが、俺がこうして止めなかったら不破が槍に刺されていただろう。


「はやと、城内の敵を頼んでもいいか」


「どうしたんだよ急に。誰からの連絡だったんだ?」


 英司の顔色が悪い。今まで英司は誰よりも冷静だった。

 スパイに襲撃されるという予想外の事態にも素早い判断で守軍を動かし、対処させた。


 金城内にもスパイがいたが、超記憶能力を持っている英司ならスパイを見つけ出すことも簡単だろう。

 時間はもう少しかかるかもしれないが、確実に鎮静化できるはずだ。

 では、何が英司の顔をそんな風にさせたんだ。


「斧を持った集団が金城に向かっているという報告が見張り役から入った」


 あの部隊か。確か数は200人ほど。

 俺のことを指差して、『ターゲット確認。次会ったら殺す』とか言ってた奴がいたっけ。

 このごたごたの中でさらに厄介な相手が増えるとなると厳しいな。


「数は約300人」


「300! 100人増えてるぞ」


 これは英司の顔色が変わったのも納得できる。圧倒的な戦力差だ。

 金軍で太刀打ちできるとしたら攻軍ぐらいか。だが、武器の有り無しでは結果は目に見えている。

 これはいよいよ不味い。


「別の見張り役の報告で別地点からも敵が金城に迫っていることが分かった。そっちの数も約300人だそうだ」


「なに!?」


 銀軍の将軍は城の守備を捨てる気か?

 いや、1日目で数がほぼ減っていないはずだから200人は残っているのか。それでもこれは一気に決めに来たな。


「いつまでこうやってるつもりだ」


 英司と話している間も洋一の力が緩むことは無かった。

 俺の手から槍を離させようと上下左右に力を加えてくる。なんとか俺はそれを抑え込んでいた。

 だが、いい加減頭にきたのか槍を離し、蹴りを入れてきた。

 床に落ちた槍を洋一が拾い、槍の先を俺に向ける。


「理由は分かった。城内は俺の独立軍がなんとかする。不破、英司を任せたぞ」


「そんなことお前に言われなくても分かってる」


 不破がそう言い、英司とともに治療室から出て行った。


「行かせるか!」


 治療室から去って行った英司と不破を追おうと、洋一が左足を前に出そうとしたが足が動かなかった。


「剛……」


 洋一に倒された剛が、倒れながらも洋一の左足を掴んでいたからだ。


「離せ!」


 洋一が剛の手を蹴り自由になる。

 乃愛がピクリとも動かなくなった鮫島から槍を抜いた。


「どうしてもやるのか?」


「やらなきゃ片方が死ぬだけだ。いいや違うか。決着を付けなきゃ両方が死ぬだけだ。やるのか、じゃない。俺たちはやるしかないんだ。その選択肢しか初めから与えられてない。はやとも気付いてるんだろ」


「ゲームが始まってからルールを何回も読んで、両方が生き残る方法を考えているけどまだ見つからない」


 きっと洋一の言う通りこのゲームは片方の軍の全員が死ぬ道しか残されていない。

 どちらかが死ななくてはならない。だから殺す。本当にそれでいいのか?


「乃愛は?」


「私は洋一に付いて行くって決めたから……」


 伏し目がちに乃愛がそう言った。


「斧部隊が来たらどの道終わりだ。今死ぬか、斧部隊に殺されるか選べ!」


 洋一が突いてきた槍を横に転がりかわす。頬に少し痛みが走り、触れてみると血がついた。かわしきれなかったか。

 乃愛は倒れている剛に槍を向けていた。剛が助けに入らないようにする為だろう。里菜もミナトも座ったまま動こうとしない。


「分かった。やるしかないんだな」


「決めたか」


「行くぞ!」


 一直線に洋一の元に走り、槍をかわす。

 左の拳で顔面を狙って思いっきり振るう。洋一は、槍を持っていない左手でそれを流すと、頭突きをしてきた。

 頭と頭がぶつかり視界が揺らぐ。

 俺より早く態勢を整えた洋一が左足を蹴り上げる。

 両手で攻撃を防ぐが、全て防ぐことはできなかった。


「ふぅ」


 大きく息を吐いて呼吸を整えようとしたが、ゾーンに入ることが出来なかった。

 かつての仲間とやり合うということにまだどこかで躊躇いがあるということか。意識しようとしなくても体は正直だ。

 それにしても華奢な体つきのくせに意外と戦闘もできるのか。ゾーンに入れないとなると少々キツイものがあるな。


「選別ゲームなんてなければ志保は……」


「志保?」


 繰り出してきた槍を掴み、洋一から取り上げると足で真っ二つにへし折った。

 そして回し蹴りを洋一の肩に命中させる。

 洋一がバランスを崩して床に手を付く。


「志保は私たちと同じクラスだった子の名前だよ。洋一と両想いだったんだけど選別ゲームで……」


 乃愛が俺の疑問に答えてくれた。


「俺はこのゲームに勝って帰らないといけないんだ。また来るって約束をしたから。もう1度学校に……だからここで死んでくれ!」


 立ち上がった洋一の真っ直ぐな正拳突き。それに俺の正拳突きが重なる。

 ビリビリと掌に、腕に電撃のような痛みが走る。

 俺の正拳突きが洋一の正拳突きの威力を上回り、洋一は右腕を押さえてしゃがみ込んだ。


「洋一、もうやめよう」


「何言ってんだ。決着がつかなきゃどっちも死ぬんだぞ」


「それでも俺がとどめを刺すのは違うと思う。俺にはできない」


「甘いのは治ってないんだな」


 洋一が俺の顔を見た。

 俺と視線を合わせたまま立ち上がる。ここにきて今日一番の速さで突っ込んでくると、数発の殴り合いの後、足を払われてバランスを崩され、床に倒れた。

 洋一が馬乗りのような形で俺の上に乗り、両手で首を絞めてきた。


「そんな甘い考えだからこんなことになるんだ。俺の為に死んでくれ!」


 首を絞める洋一の手の力が強くなる。

 生きて帰らないといけない場所か。洋一が言うような場所が俺にはあるだろうか。


 選別ゲームのどろけいで生き残ったクラスメイトは全員将軍ゲームに選ばれ、いつ死ぬか分からない。

 ギルドのメンバーも何人かは、守りたい人の為に死んでいった。

 地下帝国の人たちは元気でやってるだろうか。

 俺に体術と剣術を教えてくれた師匠と楓佳さんは今日も修行をしてるのかな。


 今まで出会った人が次々と頭に浮かんでは消えていく。

 洋一の手の力がさっきよりも弱くなっていた。

 乃愛もこの結末が気になるのか、剛に槍を向けるのを止め、洋一と俺を見ていた。


「人に甘い、甘いって言ってる割に洋一、お前も同じじゃないか」


「なんだと!」


「俺を本気で殺す気があるなら首なんか絞めずにビブスに触れればいい。この状態ならいつでも触れることができただろ。でもお前はそれをしなかった。それはお前の心のどこかにまだ躊躇いがあるからだ」


 洋一がゆっくりと俺の首から手を離した。そして静かに俺の上からどいた。


「俺も洋一を殺すことはできない。覚悟が無いからな。それに友達を殺す覚悟なんて俺はいらない」


「でもそれじゃあ、根本的な解決にはならない」


「洋一、もうやめよう。私たちははやとたちとは戦わない。お互いに直接戦わないで、影響が出ない範囲で戦う。それでいいんじゃない?」


「乃愛……」


 黙って聞いていた乃愛が提案した。

 直接傷つけあうことはせず、いったんここは引くと。洋一の口から反論は出なかった。しばしの沈黙が続く。


「隊長! ここにいましたか。今お助けします!」


「馬鹿! やめろ!」


 突然、治療室に入ってきた金色のビブスを着た青年。手には槍を持っていた。洋一の仲間だろう。

 槍先を俺に向けて一直線に走ってくる。俺は咄嗟の出来事で僅かに反応が遅れた。

 態勢を整えたとしても致命傷は免れない。というより態勢を整えるまでの時間が足りない。

 死ぬときとは、こんなにあっけないものなんだろうな。


「隊長、なんで……」


「本当、なんでだろうな。体が勝手に反応しやがった……」


 槍が洋一の胸に突き刺さっていた。


「お、俺はやってません。そうだ。やってない。これは何かの間違いだ」


 槍を突き刺した青年は出口に向かって後退りした。


「お前!」


 逃げようとした青年の鳩尾に正拳突きを決めて床に抑え込んでから、金色のビブスをめくり銀色のビブスに触れた。


「洋一!」


 洋一の元に駆け寄っていた乃愛が洋一を支えていた。


「こんなに必死に生きてきたってのに、こんな意味わかんねぇところで……ガハッ」


 洋一が咳と一緒に血を吐いた。

 ポケットからスマホを出し、震える手で操作を始めた。スマホの画面に赤い血が付いて行く。


「こんな時にスマホなんていいだろ」


「うっ、せー」


 洋一がスマホから手を離すと俺のスマホが鳴った。


「なんで?」


 洋一からポイントが送られてきたのだ。それも大量の。


「どうせ死んだら、こんなもん持ってても意味ないしな。この部屋にいる人も結構殺しちまったし……はやと、この世界には、お前みたいな甘い奴が、必要なのかもしれない……」


「洋一! 洋一!」


 乃愛が目を閉じた洋一を揺さぶる。


「乃愛、今までありがとな。乃愛といられて楽しかった。はやと、無理なのは承知で頼む……乃愛をよろしく、な」


 洋一は震える手を天井に向けた。


「志保、いま、行くから、な…………」


 両想いだった大切な人を亡くし、2度の選別ゲームを生き抜き、自分の道を貫いた青年の灯火ともしびが今消えた。

 18年という短い一生の最後に青年は何を思い、何を願ったのか。


 彼の意思はきっと誰かが引き継ぐことになるだろう。

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