第72話 俺たちの希望

 穴から地上に上がり黄金の城の石垣を運ぶ準備を始める。1カ月以上も作業をしていればもう手慣れたものだ。

 工事用一輪車を押し、岩場に移動する。

 俺のスマホの振動は地上に出て少ししたらようやく止まった。ポイント数は3800にまで増えていた。

 ポイントをみんなに返そうにも地上に出てすぐ作業場所にそれぞれ振り分けられてしまったので返しようがない。労働が終わって地下に戻ったら返すとしよう。


「はやと君、なんか嬉しそうだね」


「そうか?」


「笑ってたよ」


 未来がそう言ってくすくす笑うと、両手で石を掴み一輪車に積んだ。


「無事に計画が進んだからかな。日にちはかかるだろうけど新国家に戻れたら俺の仲間を未来に紹介するよ」


「やった! はやと君の仲間かぁ。どんな人かなー」


「教師目指してる優しい奴と生意気な奴とか、後は芯がしっかりしてて仲間想いな人と頼れる人とか。他にもいっぱいいるから楽しみにしてな。できたら俺の彼女も紹介するよ」


「えっ、はやと君彼女いたんだ!」


 未来が目を丸くして驚く。


「あれっ? 言ってなかったっけ」


「聞いてないよ。そっかはやと君優しいもんね。彼女がいて当然か……」


「まぁ、でも今どこで何してるのか分からないんだけどな」


「なんか訳ありなんだね」


「あぁ」


 地下帝国に来て1カ月以上。

 政府から支給されたスマホも地下にいる間は制限がかかっていて使えない。ポイント関係の一部機能は使用可能だが、外部と連絡を取るあらゆる手段が使用不可能だ。 

 黄金の城を建てている間は電波が入っているのだが政府関係者の厳しい監視の目を掻い潜ることは無理に等しい。何せトイレにもついてくるのだ。


「はやと! 可愛い可愛い未来と話したくなるのも分かるけど手を動かしなさいよ。あんまり運ぶのが遅いとまた怒られるわよ」


「ちょっと乃愛ちゃん」


 乃愛が俺の隣にやって来た。レイナも一緒だ。せっせと石を一輪車に載せる。


「どうした未来、顔が赤いぞ。具合悪いのか?」


「ううん。これはそうゆうのじゃないの! そんなにじっと見ないでよ」


 未来が一輪車を起こすと城に向かってそそくさと歩いて行ってしまった。


「なんだあれ?」


「さあね」


 乃愛に聞いても乃愛はそう言うだけで未来の後を追って行ってしまった。


 午前の作業が終了し一休みしていると野黒さんのコミュニティーの取り巻きが声を荒げながら近づいてきた。


「はやとの兄貴! 大変だ! 向こうで作業してた奴らの何人かが血を流して倒れてたぞ! 死んだ奴もいるって」


「なんだって! 分かった。一応みんなを集めてくれ!」


 こんなこと今までは無かった。緊急事態だ。

 もしかしたら午後の作業は中止になるかもしれない。人を集めて情報を共有し混乱させないようにしなくては。

 未来と乃愛は見える所にいるし、コロモさんは取り巻きと一緒に人を集めに向かってくれた。

 関さんや今宮さんなど各コミュニティーのリーダーも自分のコミュニティーのメンバーを探しに行った。

 俺はここで待機だ。みんなが集まるのを待って指示を出す。慌てるな。そう自分に言い聞かせる。


「よお若いの」


 声がした左を向く。


「野黒……なんでここに」


 野黒が俺の目の前で立ち止まった。


「あいつらはお前のところに入ったんだってな」


「前を向こうとしている奴を断る理由が無いからな」


「そうか。俺の考えは古かったんだな。ふふっ」


 野黒が弱弱しく笑う。いつもの強気の姿勢が見られない。


「仲間ってのは失って初めてその大切さに気付くって昔から言うけど、この言葉は本当だった。1人じゃ賭けもできやしねぇ。話し相手がいなきゃあ、なんであんな暗いところで生きてるのかも分かんねぇ」


 野黒がポケットからスマホを取り出して何やらいじり始めた。

 そして、スマホをポケットにしまうと俺のスマホが振動した。


「どうして……?」


 俺のポイントが増えていた。野黒の顔を見て野黒が俺に送ったのだと分かった。


「お前は俺たちの希望だ。腐りきった俺の心さえ動かしちまったんだからな」


 ぽりぽりと野黒が頭を掻いた。


「ポイントは少しばかりだが貰ってくれ。それと地上に上がるって話だけど、俺はお前にあれだけのことをしたんだ。枠から外してもらって構わない。その代わりお前は仲間を大切にしろよ。国王になるところ、地下のモニターから見ててやるからよ」


 野黒は背を向け右手を肩の高さまで上げると歩き出した。


「野黒……さん……」


 次の瞬間、野黒の首が胴体から切り離された。


「キャーーーーーー!!!!!!」


 それを見ていた数人が叫んで走り回ったり、手で目を塞いだりとその光景から目を逸らした。

 俺は目を逸らさずになぜこんなことが起きたのか原因を必死で探した。

 そして見つけた。

 細身で髪型がポニーテール、顔にハンカチを巻いている少女の姿を。手には剣の形をした岩を持っている。

 こいつが騎士ナイトだ。

 その剣で野黒さんの首を斬ったのだとしたら本物の剣に引けを取らないだろう。


「未来! 乃愛!」


「はやと君! 私たちは大丈夫!」


 よかった。未来も乃愛も無事のようだ。

 俺は騎士ナイトに視線を戻すと騎士ナイトも俺を見ていた。


「お前はレイナだな? なぜ乃愛の真似なんて」


 髪型や体型をいくら似せたとしても顔まで乃愛そっくりにすることはできなかったようだ。

 ハンカチで口元を隠しているとはいえ、地下帝国内で何度か顔を合わせている時に見た目元は忘れていない。


「ギッ、ガガガッ!」


 言葉にならない耳障りな声を上げ騎士ナイトことレイナが剣を振り回し始めた。

 逃げ惑う人々を片っ端から斬っていく。

 辛いながらも平和だった場所が一気に血の海へと変わっていく。


「やめろ! やめてくれ!!」


「王になるんだろ。救ってみろよ」


 初めて聞いたレイナの声はとても低く、負のオーラを纏っていた。レイナ自身にオーラが纏っているようにも見える。

 それほど今のレイナには凄みがある。あの目で見られたら足がすくんで動けなくなりそうだ。


「何もできないんだ。そんな王様ならいらないよね」


 レイナが一直線に突っ込んできた。右手に握っている剣を引き、俺の体を刺す気満々だ。


「俺が、俺が仲間を守るんだ……」


 3……2……1……。


「ダメーーーーーーーーー!」


「未来、未来!!」


「へへっ間に合ってよかった……かはっ」


 未来が俺とレイナの間に入り両手を広げていた。レイナの剣が未来の胸に刺さり背中まで貫通している。


「キャーーー!」


 乃愛が口を手で覆い叫んだ。


「未来さん、うおぉぉーーーー何してるべ!!」


 野黒の取り巻きと一緒に戻ってきたコロモがレイナ目掛けて全力で走る。

 それを見たレイナは未来に刺さった剣を抜きコロモと取り巻きに向かって走って行った。


「未来、早く血を止めないと」


 口から血を流した未来が俺の腕の中に倒れた。


「乃愛! 何か布のようなものを!」


「いいよはやと君……それよりはやと君は今すぐ中級エリアに行って。ポイントは足りてるでしょ……」


 スマホを見るとポイント数が3847と表示された。


「でも未来が……」


「この血の量じゃ多分助からないよ。それにね私、嬉しいんだ」


「何を言って……」


「好きな人の腕の中で死ねるならこれ以上嬉しいことはないよ……本当はもっと一緒にいたかったけど。んっ」


 未来が顔を歪める。


「コロモさんたちが足止めしてくれてるうちに早く行って」


 野黒の取り巻きの半分がもう倒れていた。コロモも体から血を流している。

 対格差のおかげで時間こそ稼げているがレイナの方は傷1つなさそうだ。呼吸も乱れていない。

 と、この見ている数秒の間にも取り巻きの1人の首が宙を舞った。


「未来! 未来!」


 未来が静かになったと思い見てみると未来は目を閉じていた。


「んっ……あっ、意識飛んでた……はやと君、最後にキスを……彼女さんいるからダメかな……?」


 未来がゆっくりと手を上げ俺の顔を探す。

 だが、途中で力尽きて地面に手がついてしまった。


「未来ーーーー!!」


 レイナと戦っていた野黒の取り巻きは誰も立っていない。ボロボロのコロモだけがレイナを食い止めていた。

 俺は重くなった未来の体を腕で支えたまま動けないでいた。

 思考の停止。大事な人を突然失ったことで頭の中が真っ白になっていた。


「はやと、未来も言ってたでしょ。中級エリアに行きなさい! ここではやとが死んだら全てが台無しよ。私たちのポイントを持って、早く行きなさい。あなたは私たちの、地下帝国の希望なんだから」


 乃愛がレイナとコロモの元に走って行った。

 乃愛の言葉で自分がやらなければならないことを思い出した。

 命を懸けて切り開いてくれたこの道を進むだけだ。


 俺は中級エリアに行く為に地下に戻った。地下のとある穴から中級エリアの地上に上がることができる。

 その穴まで辿り着くと政府関係者にポイントを見せた。そして許可が下りると俺は地上に上がった。


「次に地下帝国に戻る時は俺が王になった時だ」




第4章 新国家 地下帝国編完結。

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