5章 新国家 中級エリア編
第73話 中級エリア
「ここが中級エリア……」
地下帝国の穴から頭を出すとそこは緑に囲まれた丘の上だった。肌寒い風が辺りの草木を揺らしている。
俺は穴の外に出ると丘の下に建物があることに気付いた。
町だろうか。建物が密集している。
「行ってみるか」
とりあえず今は情報が欲しい。
それから新しい服も手に入れたいところだ。上着はコロモの手当てに使ったから無くなったし、今着ている服もボロボロで未来の血で赤く染まっている。人前にこの格好で出るのは無理だ。
「あっ、そうだ!」
俺はスマホを取り出しありすさんに電話をかけた。政府の監視が無くなったのでようやく連絡が取れる。
しかし、話し中なのかプープープーと鳴るだけで繋がらなかった。
それなら里菜と洋一だ。
クラスメイトからギルドのメンバーまで知っている人に片っ端から電話をかければ誰かには繋がるだろう。俺が生きていることを伝えなくては。
『もしもし』
「おっ、洋一か?」
『なんだはやとか? どうゆうことだ?』
「久し振りだな。全部説明するとなると長いんだけどいいか?」
『ダメだ。こっちは今忙しくてな。おい! 右にいるぞ伏せろ!!』
ガサガサと電話越しに洋一の息遣いが聞こえる。
「大丈夫か?」
『あぁ、一先ず落ち着いた。
「忘れる訳ないよ。東南連合の代表だろ」
あいつのことを忘れるはずがない。
下級エリアにいた時、玲央のせいでこころが俺の前からいなくなった。そして俺自身も脱落することになった。
あいつは人を人と思っていない。女を奴隷のように扱い、首輪を付け椅子の代わりにもしていた。
『カジノでのあの日以来あの兄弟は下級エリアから姿を消した。恐らく上のエリアに行ったんだろ』
「上のエリアといえば俺も中級エリアにいるんだ」
『まじか、まぁ小塚兄弟はその上のクラスかもしれないけどな。はやとは知らないだろうが玲央はあのゲームで2万ポイント以上を手に入れたんだ。もしかしたら貴族になってるかもな』
「2万……」
貴族の
『話が逸れたな。その東南連合の代表を失った残党が下級エリアで好き勝手暴れてんだよ。俺たちギルドはそれを食い止めてるって話だ。時間だ。お前が生きてたってことは伝えておく』
「あっ、ちょっ……」
そのまま電話を切られた。
俺が地下帝国にいた1カ月と少しの間で下級エリアでも色々と動きがあったみたいだ。
洋一の声の様子からギルドのメンバーは全員生きていそうだ。そこまで聞く余裕が無かったが。
でも最低限の情報は聞き出せたから良しとしよう。
「さて、どうしたものか」
丘の上から見えていた町に着いた。
様々な店が並んでいて大勢の人が楽しそうに歩いている。この光景だけ見るとここが新国家だと忘れてしまいそうだ。
スーパー、病院、薬局、飲食店、そこから少し離れた所には大型のショッピングモールまであった。かなり充実している。
下級エリアや地下帝国とは比べ物にならない。
俺はその勢いに圧倒されその通りから避けるように、逃げるように走った。歩く人が変な目で俺を見ているような気がして仕方がなかった。
あまりのギャップに気がおかしくなりそうだ。
走り疲れて立ち止まると1軒の喫茶店があった。中から60代ぐらいの髭を蓄えた男が出てきた。緑色の薄汚れたエプロンをしている。
「おっ! どうしたんだいそんなボロボロで。ほら、中に入りなさい」
「は、はい」
男に言われ喫茶店の中に入った。
カウンターの一番右端の席に座ると男が服を持ってきた。
「これに着替えるといい。そんな服を着ていたらみんな怖がってしまうよ」
「ありがとうございます。あ、あの」
「マスターだ。私はここの喫茶店でマスターをしている。マスターと呼んでくれて構わないよ」
俺は未来の血が付いた服を脱ぎマスターから受け取った長袖に着替えた。
「それでまた、どうしてそんな服を着ていたんだい?」
「すいません。色々あったんです」
「そうかそうか。まぁこれでも飲んで温まればいい」
マスターがコーヒーを出してくれた。
こんなに美味しい飲み物を飲んだのはいつ振りだろう。久しぶり過ぎて胃が驚きそうだ。
マスターは俺がコーヒーを飲む姿を優しそうな笑みを浮かべて見ていた。
「俺、初めて中級エリアに来たんです。だから全然ここのことが分からなくて……」
「そうかそうか。それじゃ私が教えてあげようかね。こう見えても私は結構ここらのことを知っているんだよ。喫茶店には色んな情報が集まってくるからね」
マスターがclosedと書かれた看板を持って表に出た。
そして看板を置いてきたのか手ぶらで戻って来るとカウンターの内側に入った。
「まず中級エリアの基礎的なことから話そうかね。中級エリアは1日に3ポイント自動的に増えるんだ」
「3ポイントですか」
下級エリアと地下帝国は1日1ポイントしか増えなかった。
3ポイントということは中級エリアでは3食分が保証されているということか。
「あぁ、そしてここではポイントさえ払えば店を出すことができる。私もこの喫茶店を3500ポイントで買ったんだ。喫茶店を出すことが夢だったんでね」
「随分と違うんですね」
「そうだね。下級エリアと比べると快適かもしれないね。お店に雇ってもらえば給料としてポイントも払われるんだよ。そうだ! 君と会ったのも何かの縁だ。よかったらここで働いてみるかね?」
マスターがそう言ってオムライスをテーブルに置いた。
オムライスとマスターの顔を交互に見る。
見ず知らずの俺にこんなに優しくしてくれたマスターの店で働けるならそれに越したことは無い。他に行く宛がある訳でもないし。
足りない情報も喫茶店にいればお客さんから聞けることもあるだろう。
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくな。それじゃあ名前を教えてくれ。エプロンに付ける名札を作るからの」
「新田はやとです」
「はやと君か。今エプロンと名札を用意してくるからそのオムライスでも食べて待っててくれ」
マスターが店の裏に入って行った。
「うっま!」
久し振りの食事だったのでぺろりと食べてしまった。
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