第58話 帰らぬ人

「おい! 洋一やめろよ!」


 英司に覆いかぶさっていた洋一を力尽くで引き剥がす。


「おい黙ってないで答えろよ! 乃愛はどうなった!」


 洋一が英司に怒鳴る。少しでも俺が洋一の体を押さえることを緩めてしまったら殴りかかりそうな勢いだ。


「乃愛なんて人は知らないな」


「嘘つくな! 確かにアトマから聞いたぞ! 東南連合の新人ルーキー狩りはお前だってな!」


「あぁ、それに間違いはないけど乃愛って人は知らない。ここにいれば数え切れない程の出会いがある。いちいち名前なんて覚えてられないよ」


「てーめぇーー」


「あっ、しまった」


 洋一が俺の手を振り払い再び英司に突っ込んで行った。


「こら! 仕事中の喧嘩は違法行為だぞ」


 警備隊の男が洋一と英司に近づきながらそう言った。農作業をしていた周りの人も手を止め俺たちを見ていた。


「これ以上続けるなら脱落にするぞ。お前らも手を止めてないで作業を再開させろ。あっという間に日が暮れるぞ」


 警備隊の男の声を聞くと止まっていた空間が一斉に動き出した。


「喧嘩するならくっつくな。ほら散らばれ。顔は覚えたから次また同じことをしたら容赦なく脱落にするからな」


 警備隊の男は英司と洋一に別々な方向を指差し、あっちに行けと言った。

 それでも洋一は英司に何か言っていたが、脱落する訳にはいかないようで警備隊の指示に従った。


「洋一、落ち着いたか?」


 洋一は無言でジャガイモを取って収穫かごに入れていた。


「あいつはかたきなんだよ……」


「敵?」


「乃愛があいつと一騎討ちをして負けたらしい。でもそのやり方が汚かったってアトマから聞いたんだ。英司は乃愛を騙してポイントを全て奪った。許せるわけないだろ」


 洋一の目の奥にある怒りの炎のようなものを感じた。


「そんな」


「それにあいつは東南連合の南区代表で小塚玲央こづかれおの兄だ。早いうち倒しておかないと被害者はどんどん増えていく一方だ」


「それは放っておけないな。でもどうやって」


 俺と洋一は小塚兄弟と戦って倒さなくてはならない。俺はこころの情報を、洋一は乃愛さんの情報を聞き出さなくては。

 日も落ち始め労働の終了を知らせるサイレンが鳴った。


「よーし終わりだ! 片付けてから帰れよ!」


 警備隊の男が片付けるよう呼びかけあちこち歩き回っていた。

 俺と洋一は収穫かごを片付けると里菜とミナトと合流した。


「こころはやっぱりいなかったわよ」


「そうか。こっちも同じだ。今日は南区にいたんだろうな」


 ありすさんたちとも合流しギルドのアジトに戻ることになった。ありすさんたちもこころを見つけることはできなかったらしい。


 ギルドに着くとミナトがお腹が空いたとごね始めた。

 俺もお腹が空いていたが口には出していなかった。里菜も洋一もそうだろう。

 口に出すと余計にお腹が空いたように感じるから思っていても誰も言わないのだ。

 でも5歳のミナトにそれは無理だ。


「ミナト君、ポイントは何ポイント持ってるのかな?」


 里菜がミナトと同じ目線になるまでしゃがみ込んだ。するとミナトがポケットに手を入れ、政府から支給されたスマホを取り出した。


「3ポイントか……」


 ポイント表示画面には3ポイントと書かれていた。3ポイントではご飯を食べに行くのは難しい。

 俺たちの誰かがミナトにポイントを分けて上げられればいいのだが、残念ながらポイントに余裕のある人はいない。


「ミナト君、ご飯食べに行こっか!」


「ボス、ボスのポイントも減り続ける一方ですよ」


 ジルがありすさんの提案をいったん止めた。


「いいのよ。今までもあたしはこうしてきたんだから。はやと君たちもよかったら一緒にどう?」


「すいません。お誘いはありがたいんですけど寝るところも貸してもらってるのでさすがにお世話になりすぎというか。これ以上は申し訳ないです」


「そう……遠慮しなくていいのよ」


「はい。本当に大丈夫です。ミナト君のことよろしくお願いします」


「うん。そんなに言うなら分かったよ」


 ありすさんがジルを連れて北区の食堂に向かった。

 そういえば選別ゲームに選ばれた剛とロッドがまだ帰って来ていない。ゲームは1日では終わらないのだろうか? 俺たちのどろけいも5日間かかったし、それくらいかかることもあるのだろうか。


 だが、それから4日経っても剛とロッドが戻ってくることはなかった。それと、こころが見つかることもなかった。

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