第93話 変わり果てた母校

 現在地不明。こんな状態で松林高校に行くことなんてできるのだろうか。

 公共交通機関を使うにしても現金を持っていないので無理だ。新国家の中ではポイントが全てだった。その為現金は必要なかった。

 ヒッチハイクするにしてもこんなところに車は通らないだろう。さて、どうしたものか。

 そんなことを考えていると黒色のボックスカーがこちらに向かって近づいてきた。


「あの車の人に聞いてみよ!」


 ありすが車に向かって走り出す。

 駐車スペースに車が止まると運転席から黒いスーツ姿の男が出てきた。20代後半から30代前半ぐらいの見た目だ。

 後ろのドアからは俺たちと同い年ぐらいの男女が3人降りてきた。


相馬そうまさん、国民証でしたっけ? 早く下さいよ」


「おっと、すまんすまん」


 相馬と呼ばれたスーツ姿の男がポケットを探り、国民証を3枚取り出す。


「これが国民証だ。スマホは前に配ったものを使ってくれて大丈夫だ」


「ありがとうございます。入り口はあそこですか?」


 相馬から国民証を受け取った男が新国家のゲートを指差す。


「あぁ、そうだ。あそこで国民証を見せれば中に入れる」


「分かりました。僕たちはこれで……相馬さんに用がある人がいるみたいなので」


 男が俺たち4人それぞれに視線を向けると、他2人と一緒にゲートの方へ歩いて行った。


「あ、あの……」


「えっと、何かな?」


 ありすが初めに口を開いた。


「私立松林高等学校まで乗せてくれませんか!」


「うーん、君たちは新国家から来たのかい?」


「はい」


 ありすが男に答える。


「スマホに現在地が表示されないし、俺たち誰もお金を持って無くて困ってたんです。どうかお願いします」


「お願いします」


 乃愛と祥平も俺と一緒に頭を下げた。

 いくら頼み込んでもこの相馬という男は政府の人間だ。それに突然のことだ。俺たちに力を貸してくれる可能性は限りなく低い。


「うん。いいよ」


「そうですよね。やっぱり難しいですよね……って、ええー!?」


「いいんですか?」


 ありすが相馬に確認した。


「うん。今日の予定はもう無いし、松林高校までなら帰りに通るからね。全然いいよ」


「ありがとうございます」


「じゃあ、乗りなよ。出発だ」


 相馬の黒いボックスカーに乗り込むと、松林高校に向けて車が動き出した。


「俺は政府の選別ゲーム課で働いてる相馬清司そうまきよしだ。君たちは?」


「あたしは矢口ありす。隣が洋一、洋一の後ろの髪の毛の長いのが祥平、祥平の隣が乃愛です」


 ありすが俺たちの分まで説明してくれた。


「みんないい名前だね。うんうん」


 相馬が微笑みながら2回頷いた。


「まだ学校までは時間もかかるし、ほら! これでも食べて待っててくれ。それと音が無いとつまらないよな。ラジオでも付けるか」


 相馬からコンビニの袋を受け取ると車内に聞いたこともない音楽が流れた。


「これ貰っていいんですか?」


「うん。遠慮しないでいいからみんなで分けて食べちゃって」


「ありがとうございます」


 袋の中にはポテトチップスとチョコレートが入っていた。

 それにしても相馬を見ていると政府の選別ゲーム課に対するイメージが変わってくるな。気さくでとても優しい人だ。政府にも相馬のような人がいるんだな。


「祥平と乃愛は何食べる?」


「俺はいい」


「私はチョコ欲しい」


 乃愛にチョコレートを渡し、ありすと俺はポテトチップスを食べた。

 その後はラジオから流れてくるよく分からない音楽に眠気を誘われ寝てしまった。



「洋一、着いたよ」


「ん? あぁ、寝てたのか」


 俺は乃愛に体を揺らされて起きた。

 ありすと祥平は車の外にいた。俺と乃愛も車から降りる。

 相馬は松林高校の前に車を止めてくれたようだ。


「相馬さん、ありがとうございました」


「いいって、いいって。さっきありすちゃんと話したんだけど帰りも俺が送るからまた後でな」


「あ、はい」


 相馬はそのまま走り去っていった。


「相馬さんまた乗せてくれるんだって?」


「うん。政府関係者と極一部の人しか新国家がある場所は分からないからまた新国家に戻るなら乗せるよだって。優しい人よね」


「そうだったのか」


 どこまで相馬さんは優しいんだ。


「親切すぎてちょっと怪しいな」


 祥平がそう言って指の骨をぽきぽきと鳴らした。

 しばらく疑心暗鬼の中で生活してきた俺たちだからこそ祥平の言うことは分からなくもない。

 ただ俺が見た限り裏表のある人には見えなかった。


「高校使われてないのかな?」


 乃愛が校舎を見ていた。

 乃愛の言う通り確かに学校は使われてなさそうだった。1階の窓ガラスは何箇所も割れているし、グラウンドには雑草が伸び放題生えている。

 俺たちは閉ざされている錆びた校門をよじ登り、敷地の中に入った。

 靴でグラウンドを踏むととたんに色々な記憶が蘇ってきた。


 クラス一丸となって取り組んだ文化祭。

 空雅くうがが中心になって作った焼きそばは美味かったな。

 俺の担当していた射的は公彦きみひこが出した景品のこともあり予想以上に混んだ。忙しくて大変だったが、笑顔と笑い声に包まれた教室を今でも覚えている。


 そんな毎日が楽しかったこの学校で突如殺し合いが始まった。それもクラスメイト同士で強制的に。


「酷いわねこれは」


 ありすが変わり果てた校舎を見て声を漏らす。


「私たち以外のクラスの人はどこに行ったのかな?」


「他の学校に移ったんじゃないか?」


「それか、俺たちがいなくなった後に学校規模で選別ゲームが行われたか」


「学校規模ってそんな怖いこと言わないでよ」


 祥平が言ったことに乃愛が怖がる。


「可能性としては無くないだろ」


「まぁ、可能性としてはね」


 ありすが祥平の言葉に答え、裏山を見上げた。

 校舎裏にある裏山。ここでもいくつも戦いが繰り広げられた。


 ありすが新国家の外に行くと言った時、俺たち3人は真っ先にこの場所を思い浮かべたはずだ。

 松林高校で行われた的当てゲームが終了してから立てられたクラスメイト22人が眠る墓地だ。

 誰も墓参りに来ていないのか花が枯れていた。


「水かけるね」


 乃愛が墓石に水をかけ、俺が枯れていた花を取り除いて山に捨てた。

 ここであんなにも悲惨なことがあったのに、ここに来ると不思議と心は落ち着く。


「やっと戻って来れた……」


 ありすがそう言い、手を合わせて目を閉じた。

 ありすは下級エリアを統一したら初めからここに来るつもりだったとギルドのアジトで言っていた。

 それを目標に俺が新国家に行く前から頑張っていたのか。

 隣を見ると乃愛も祥平も手を合わせていた。

 俺もそれに倣って目を閉じた。



 静かだ。聞こえるのは風に揺れる草の音だけ。

 俺は的当てゲームで生き残った後に怪我の治療の為入院をした。怪我が治り退院すると新学期が始まるまでの数ヵ月間何度もここに通った。

 ここに来れば志保に近づけるような、そんな気がしたから。


 通学路の車通りの多い道に信号機ができたとか、志保が好きだったパン屋さんに新作のメニューができたとか、志保が知らないことをここに来るたび話した。

 的当てゲームが終わった後に志保と2人で遊ぶ約束をしていたけれど志保はどこに遊びに行きたかったのかな?

 勇気を出して告白してくれたのにそれに答える前に死んじゃうなんて。もっと早くに伝えておけばよかった。今でも後悔が消えない。


「洋一、そろそろ帰ろっか」


「ん、あぁ」


 後ろからありすに呼ばれた。

 気付けば日も傾き始めていた。それだけ深く考えていたのか。


(また来るよ志保、それとみんなも。それまでまた待っててくれ)


 目を閉じみんなに心の中でそう話すと3人が歩いているところまで俺は走った。

 絶対にまた戻って来る。約束だ。





 その後、母校を訪問した俺たちは相馬の車で新国家に戻った。

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