第34話 狂いだした歯車

 翌朝、俺は発砲音で起こされた。

 選別ゲームが始まって6日目の今日は雨だった。体育館に日差しが入らないため薄暗い。大粒の雨が体育館の屋根を鳴らす。風も吹いている。


 寝起きの頭で現実に追いつくのは、少しばかり時間がかかった。

 今、目に映っている情報をゆっくりと処理していく。

 ステージ前で倒れている公彦、銃を持っている祥平、その後ろにいる葵と加奈子。

 さっきの銃声でみんな起きたようだ。俺と同じようにステージ前を見ている。


「しょ、祥平! お前、何撃ってんだよ!」


 マットの上から起き上がりステージ前に行く。祥平の後ろに隠れた葵に睨まれた。 

 葵の横にいた加奈子は服がはだけていて、目に涙を浮かべていた。


「公彦、大丈夫か?」


 公彦は、俺の声に反応して目が動いたが、すぐに閉じた。

 スマホが鳴る。


【贄川公彦、脱落。Bチーム残り6人】


 祥平、葵、加奈子もスマホを見ていた。


「祥平、なんで公彦を殺したんだ?」


 俺は、後ろのポケットに差していた拳銃を抜き、祥平に向けた。


「危険人物は早めに排除した方がいい。そう判断しただけだ。それにこっちは被害者だ」


「被害者?」


 ずっと俺を睨んでいた葵が祥平の横に並んだ。


「そうよ、被害者よ。公彦は、夜中に加奈子を襲ったの。加奈子を校舎の中に呼び出して、嫌がってるのに暴力を振るって、無理矢理やったのよ」


 加奈子の目の下に痣があった。

 葵は、汚いものを見るような目で公彦を見下していた。

 さらに、葵は続けた。


「夜、寝れなかった私は、体育館を出て行った加奈子のことが気になって後をつけたの。そしたら、教室から机か何かのキシキシする音が聞こえて、見てみたら公彦と加奈子だった。加奈子は必死に抵抗してたわ。それでも男子の力に勝てるはずない。されるがままって感じだった。私は、公彦に体当たりして加奈子を助けた。だけど怒り狂った公彦は、私にも加奈子と同じことをしたわ」


 葵は、俺と目が合っているはずなのにどこか遠く、俺より後ろを見ているようだった。


「公彦がそんな……」


「昨日、先生がおにぎりを作って持ってきたでしょ。食べ終わった後に公彦に告白されたの」


「そうだったのか。それで?」


「断ったわ。好きじゃなかったから。公彦ってなんでもお金って感じだったじゃない。遊ぶときも何するときも。そうゆう人嫌いなの。金で何でも手に入ると思ってる男が。でも、振ったのが原因で公彦、頭おかしくなっちゃったのかもね。だったら上辺だけでも付き合っとけばよかったかなー。まぁ、死んでも嫌だけど」


「お前」


 祥平が葵の顔の前に手の平を出した。これ以上喋るなということだろうか。


「まぁ、それで俺は、葵と加奈子から話を聞いて公彦を殺すことにしたんだ。この先、何をするかわからないからな」


 葵が加奈子の横に戻り、加奈子の背中をさすっていた。


「私は、もうみんなで仲良しこよしなんてのはごめんだわ! 好きにやらせてもらうから」


 葵は、加奈子と体育館から出て行った。C班の祥平以外のメンバーも体育館から出て行った。

 それと入れ違いでスーツ姿の男が来て、公彦の遺体を回収していった。

 俺は、葵と祥平の話を聞き、祥平を撃つ気は無くなっていた。ポケットに拳銃をしまった。


「お前は行かないのか?」


「言われなくても行くよ」


 祥平は、なぜかどこか名残惜しそうに体育館から去って行った。

 体育館には、AチームとBチームが残った。葵はAチームだが、Cチームと共に行動をするようだ。仲良しこよしはしない、と、言っていたから何か向こうから仕掛けてきてもおかしくはない。


「真緒、気分どう?」


「ありがとう。昨日よりは落ち着いた」


 真緒は、昨日恋人の海斗を失ったのだ。当初は、ひどく落ち込んでいて会話もできないほどだったが、今は受け答えができるまで回復していた。


「体調悪い人とかいる? 志保、大丈夫?」


「私は平気だよ! 洋一君こそ体痛かったり具合悪かったりしない?」


「ありがとう。俺は大丈夫だよ」


 今、具合が悪くなって病気にかかったら学校にある器具だけでは治しようがない。 

 保健室には消毒や包帯、絆創膏、湿布などが備蓄されていて、怪我をしたとき用のものはあるが、体の中を治すような薬は置いていない。普通なら病院で貰うからだ。 

 だから病気にかかったら最後、治らないで死ぬのを待つだけだ。


「蓮も大丈夫か?」


「うん。なんともないよ!」


「そうか」

 

 体育館から空雅が出て行こうとしていた。


「空雅! どこ行くんだよ?」


「心配すんな! トイレだよトイレ」


 空雅が笑いながら答えた。

 人がついさっき死んだというのに、もうそれを忘れたかのように笑っている。空雅だけじゃない。俺を含め、ほぼ全員がそうだ。ゲームが始まって時間が経ち、感覚が麻痺してきたのかもしれない。

 そして、また全員のスマホが一斉に鳴った。


【特別ルール1:それぞれのチームは、自分のチーム以外の人間を1人以上殺せ。ルールを破った場合、破ったチームの中からランダムで1人が脱落する】


「なに!? 特別ルールだと!?」


 自分のチーム以外の人間を1人以上殺せってことは、必ず3人は死ぬ計算だ。殺さなくてもチームメンバーが1人死ぬ。ふざけている。何が特別ルールだ。


「みんな! 空雅が戻ってきたらまた話し合いを……」


 スマホの画面を見ていた俺は、顔を上げた。目の前に広がったその光景は、衝撃的で思わず息を呑んだ。

 全員が拳銃を握っていたのだ。AチームはBチームに、BチームはAチームに銃を向けていた。

 体育館に雨音を割くような銃声がいくつも鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る