第33話 僅かな亀裂

 1年4組に駆け込む。


「海斗!」


 教室には、俺が出て行く前のメンバーがほぼ変わらずいた。みんなそわそわしていた。

 ドアのすぐ脇で海斗が青ざめた顔で床に座り込んでいた。顔から血の気が引いている。


「海斗、何があったんだ? 翔はどうした?」


 海斗の両肩を掴んで何があったのかを聞く。海斗は、俺に体を揺すられるがままで、焦点が定まっていない。

 海斗の彼女の真緒も心配そうに海斗の傍に付き添っていた。


「俺は、悪くないんだ。そうだ。翔が悪いんだ。あんなに暴れるからいけないんだ」


「暴れるからって何だ?」


「翔が悪いんだ。翔が……」


 何度聞いても同じようなことを繰り返していた。


「誰か! 志保!」


 真緒は、海斗のこの様子を見てショックで喋れなさそうだったので、近くにいた志保を呼んで詳しく事情を聞くことにした。


「洋一君、あのね、1年7組の教室に翔君と空雅君が今いるんだけど……」


 ことの真相を志保が話そうとした時、スーツ姿の男が5人教室に入ってきた。

 全員入って来るなり拳銃を海斗に向けた。


「おいおい海斗が何をしたってんだよ」


 俺が海斗とスーツ姿の男の間に入る。


「彼はルールを破った」


「だからそのルールを破ったってなんだよ?」


「彼は銃以外で人を殺した。ルールでそれは認められていない」


「銃以外で人を殺したって、まさか……」


 後ろを向いたら海斗と目が合った。海斗は、目に涙を溜めていた。


「俺、やっちまったんだよ……」


「やっちまったって……翔をか?」


 コクンと海斗が頷いた。


「暴れる翔をしばらくの間、縛ろうってなって空雅と2人でやってたんだけど、縛るときに翔がまた暴れて揉みくちゃになって……気づいたら翔が動かなくなってた……」


 ルールを破ったというメールの謎が解けた。

 海斗の話から大体のイメージはできた。話し通りなら故意ではなく事故だ。殺意があってやった訳ではない。

 しかし、クラスメイトがまた1人死んでしまった。早くこの死の連鎖を止めなくてはならない。


「もういいだろ! どけっ!!」


 スーツ姿の男2人に腕を掴まれ、その場から引き離される。再び銃が海斗に向けられた。


「ふざけるな! 人の命をそんな簡単に奪っていいはずがない! やぁめろぉおーー!!」


 必死に叫んだが3人の引き金が引かれた。3発の銃声が鳴り響く。

 海斗の周りに血が飛び散る。


「いやぁぁああああ!!!」


「きゃぁぁあああ!!」


 真緒が顔を覆って叫ぶ。それと教室にいた女子が甲高い声で叫んだ。

 俺は、男の手を振り払い海斗の元に駆け寄った。


「志保、真緒、見るな! みんなも見るな!」


 あまりにも刺激が強すぎる。みんなの不安をますます呼び起こし兼ねない。


「よ、うい……ち」


「なんだ、海斗?」


 海斗が俺に手を伸ばしてきたので、その手を両手で握った。海斗の目は真っ直ぐ、俺だけに向けられている。


「真緒を……頼む……」


 そう言い終えた海斗の手がどっと重くなった。


「なんで、なんで海斗が死ななくちゃいけないんだよ……」


 スーツ姿の男たちが、海斗を抱えて教室から出て行った。

 海斗が撃たれた瞬間と最後の言葉が何回も頭にフラッシュバックする。

 俺たちは、海斗が死んだその場所からしばらく動くことができなかった。間近で人が撃たれたのを初めて見た。それも、友達がだ。仲間が次々と殺されていく。

 落ち着け、冷静になろう。この言葉は、もはや俺たちには意味を持たないだろう。

 海斗が撃たれた場所で真緒が泣き崩れている。突然、恋人を失った痛みは計り知れない。


「志保……空雅は1年7組にいるんだっけ?」


「う、うん」


「ちょっと行ってくる」


 7組に入ると空雅が、教卓の前に座り込んでいた。


「空雅」


「洋一、翔が……」


「あぁ、海斗から聞いたよ」


「そうか。海斗は?」


 俺は首を振る。

 翔の遺体もスーツ姿の男が、どこかに運んで行ったらしい。


「…………」


「どうする?」


 俺がどうすると聞いたのはこれからのことだ。クラスのまとめ役である空雅なら何かアイデアが浮かんでいるかもしれない。


「わからない。なるようにしかならないだろうな」


「そんな」


「洋一、俺はみんなの前ではいつもと変わらないように振舞ってきたけど、もう無理だ……なんで俺たちが、こんな目に合わなくちゃいけないんだよ」


 空雅の目から一滴の涙がこぼれ落ちた。それを合図にダムが決壊したかのように次から次へと涙が溢れ出した。俺の目からもいつの間にか涙がこぼれていた。

 ひとしきり泣いた後、空雅が静かな声で「集まってみんなの意見を聞こう」と言った。


 その日の夜、体育館にみんな集まりこれからについて話し合うことになった。


 林に麻酔銃を撃たれていた公彦は、夕方教室に戻ってきた。

 撃たれる前とは打って変わって元の公彦に戻っていた。林から全てを聞いたらしい。執事の黒崎さんが生きていると知り、安心していた。

 しかし、林を恨んでいることだけは変わっていなかった。


 外が暗くなり、お粗末な晩御飯を済ませると体育館に移動した。

 マットを敷いて寝床の準備だけしておいた。

 今からみんなが何を考えていて、どうしたいのかを話し合うのだ。円になるように座って俺と空雅で進行をすることにした。


「何か話したいことがある人いる?」


「いい?」


 昼間、翔と一緒に居た乃愛が真っ先に口を開いた。


「じゃあ、乃愛」


「色々思うことはあるけど、私が1番知りたいのは鈴を殺した人」


 みんな顔を見合わせる。これは誰もが知りたいことだ。


「誰かわかる人いるか? 見た人とか声を聞いたとか」


「…………」


 見た人はいないようだ。この人数がいて見ていないということは、犯人は1人になったところを狙って襲ってくるということだ。


「ここじゃ言いずらいかもしれないから、何か知っている人は、後で個別に教えてくれ」


「他のことでみんなに聞きたい事がある人?」


 葵と祥平が手を上げた。どっちを指そうか一瞬迷い、祥平を指そうとしたとき、まだ指してもいないのに葵が話し出した。


「いっつも洋一と空雅が何かある度にこうやって話し合いの場とか作ってるけど、実際無駄だと思う。何も解決しない! むしろ現状は悪化してる! このゲーム、いつ終わるのよ! みんなも気づいてるんでしょ、この先どうなるかなんて。やられる前にやる……」


 葵が話をしている途中で体育館の鉄扉が開かれた。扉が開く音で葵の声は搔き消された。

 半田先生がおぼんの上に皿を何枚か乗せてやってきた。


「みなさん、保健室でお米を見つけたのでおにぎりを握ってみました」


『「おーー!!」』


 みんな立ち上がって先生に群がった。


「はははっ、焦らなくても大丈夫ですよ。全員分ありますから」


 順番におにぎりを受け取っていく。

 最後尾に俺と志保が並んだ。


「よく先生お米見つけたね」


「教室以外はちゃんと確認してなかったから見落としてたのかも」


「久しぶり~にお米が~食べれる~♪」


 ついさっきまでの話し合いはどこへやら。弾むようなリズムに乗せて志保が即興で作ったお米の歌を歌っている。


「空雅! 祥平! 並ばないのか?」


 空雅と祥平、それに葵も列に並ばず話し合いをしていたところに残っていた。


「今行く!」


 空雅と祥平は、俺と志保の後ろに並んだ。

 半田先生からおにぎりを受け取る。のりが巻いていない塩むすびだった。久しぶりの白米の味は最高だった。塩分に刺激されてどんどん唾液が出てくる。


「んー、美味しい~」


 志保が美味しそうにおにぎりを頬張っていた。

 葵の分の残ったおにぎりを公彦が持って葵に渡しに行った。おにぎりを受け取った葵は、公彦と並んで食べていた。

 話し合いでは鬼気迫る表情をしていたが、公彦と話をしているときの顔は柔らかく、楽しそうだった。


 この食事が今いるみんなで食べる最後の食事になろうとは、このとき誰も思ってはいなかった。

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