はじめてのおつかい。

井上 竜

第1話

「じゃあ頼んだぞ。くれぐれも、叔父さんによろしく伝えておくれ」


 ガウン姿の父さんがそう言って、わかりました、とルイが応えた。


 ぼくたち三人は、ルイの運転する、幌を畳んだプジョーに乗って出発した。


 初めての子供たちだけのドライブに、ものすごくウキウキとしながら。


 でもルイもぼくも、そうじゃない風に装った。


 なぜならこれは、初めての任務でもあったからだ。


 妹のミミンにとっては、はじめてのおつかいなんだけれど。


 ステーションでガソリンを入れたあとに、ぼくらは本格的に出発した。


 問題は、それからしばらくしたあとに起きた。


 途中で黒塗りの大きなベントレーが、ぼくたちのプジョーの後ろに、ぴったりと付き始めたのだ。


 中には男の人たちがぎっしりと、綺麗な女の人が後ろにひとり乗っていた。


「ついて来るね!」


 膝立ちで後ろを振り返りながら、愉しそうにミミンが言った。


「なんだろう?」バックミラーを覗き込みながら、不安そうな顔でルイがつぶやく。「さっきステーションで見かけた人間たちみたいだけど……」


「きっとなんでもないよ」


 ぼくもルイくらい不安だったけど、顔には出さないようにした。


 男の人たちの車が加速して、ぼくたちの真横にぴったりとついた。


 顔に長い傷あとのある男の人が、助手席の窓から肘を突き出して話しかけてきた。やっぱり、ステーションで見かけた人間たちだ。


「やあ、さっきはどうもありがとう」


 話しぶりから、後部座席のミミンに言っていることがわかった。


 それでルイとぼくは、ミミンが色々話したに違いないってことを悟った。多分トイレットに行ったときだ。ったく、これだからガキは嫌になるんだ。


 男の人が、傷あとをたわませながらにこやかに尋ねてくる。「もしもよければ、停まってそのトランクの中を、見せてくれないかな?」


 ミミンの横に置いてあるトランクには、一億フランの現金と、たくさんの宝石と、五億フラン分の債権が入っている。叔父さんに洗浄と現金化をしてもらうべく、父さんに持たされたものだ。


「なぜでしょう?」


 ぼくと男の人は、位置的にとなり同士だったから、話すのは必然的に、ぼくの役目になった。運転を嫌がった罰がくだったのかもしれない。


「とても興味があってね」男の人が言った。


 窓にレースのカーテンがかかっているバックシートでは、女の人が微笑んでいる。やっぱり、とっても綺麗な人だ。


「断ったらどうなりますか?」


 きっとミミンが話しているだろうから、隠しても無駄なんだろうけど、とりあえずぼくはそう訊いてみた。


「こうなるかもしれないね」


 男の人は、運転手に命令してスピードを落とさせると、懐の中から取り出した黒いルガー銃で、道端の林にいた親子の鹿を撃った。


 弾は見事に命中して、子供のバンビが、ガクン、と前脚を折って地面に倒れた。胸からドクドクと流れだした鮮血で、真っ白い胸と足の内側の毛を真っ赤に汚しながら。


 バンビの血の臭いを必死で嗅ぎ始めたお母さん鹿の姿が、小さくなりながらもはっきりと見えている。


 でも、どうしてあんなに悲しそうな顔をしているんだろう? 死んだからだろうか?


 ベントレーがグンと加速して、またぴったりと真横に付いた。


「断ったら、君たちもああなるかもしれないね」男の人が言った。鹿を殺したからだろうか、傷あとがほんのりと赤く染まっている。


「わあ、ルパン叔父さんみたい!」


 シートの上に立って、ハッチバックに手をつきながらミミンが言った。


「ルパン叔父さん?」男の人がミミンに尋ねた。


 赤毛を小さなおでこに貼り付けながら、ミミンが男の人を振り返った。


吸血鬼ドラキュラのアルセーヌ・ルパン叔父さんだよ! 鹿を殺すのが大好きなんだよ!」


「ミミン、叔父さんはお父さん鹿しか殺さないよ」ルイがミミンをたしなめた。


 ルイの言う通りだった。お母さん鹿や子鹿を殺すのは紳士じゃないと、気むずかしげに言ったいつかの叔父さんの顔をよく覚えてる。


 あと靴のままでシートに上がらないで、とルイがミミンに続け、はーい、と言ったミミンが前を向き、すとんと落ちるように腰を下ろした。


「これから、ルパン叔父さんに会いに行くんです」仕方なくぼくは、男の人に説明してあげた。


 それを聞いた男の人は、他の男の人たちや女の人と顔を見合わせて、大笑いし始めた。


 奥でハンドルを握っている男なんて、涙を流しながら、ハンドルに頭をぶつけているほどだった。


「ルパン叔父さんを知ってるんですか?」


 驚いてぼくが尋ねると、あっはっはっはっ! と男の人はまたしても大笑いした。


「知ってるも何も、このフランスじゃ、知らない人間を探す方が難しいんじゃないかな?」


 人間という言い方からすると、この人たちも、悪魔なのだろうか?


 でも匂いが違うと告げているから、多分違うはずだ。


 男の人は続けている。「まあ、まさかあのルパン殿と噂のドラキュラが、同じ人物だと思っている人間はいないだろうがなあ」


 余計なことを言ったミミンを、振り返ってギュッと睨みつける。


「有名なんですね、叔父さんは」


 前を向いてぼくが言うと、それはもう、と言って男の人は笑った。


「と、いうことは、このまま君たちに付いて行けば、かのルパン殿の秘密の住処が、わかるということかな?」


「いえ、それはないと思います」ぼくは言った。「近くまで行ったら鳩を飛ばすとか、煙を立てたりして、叔父さんの方から来てもらうことになってますから」


 電波が整っていないから、ここでは機械は使えないんだ。


 男の人はにやにやと傷あとを動かしている。「ルパン殿は、ひとりで来るのかい?」


 そうだよ! とミミンが言った。


「でも、周りに特殊部隊を隠れさせてますけどね」続けてぼくが言ったら、男の人はちょっとだけど、びっくりした顔になった。


「トクシュブタイ?」


「お金で雇った兵士たちのことです。何かあったら、その人たちに頼んで、相手を狙撃して、皆殺しにするのだと言ってました。それが叔父さん流の、人間との会い方らしいんです。それより、本当にトランクの中を見せなければいけませんか?」


「あ? ああ、そうしてもらえると助かるが」


 仕方ない。ぼくはミミンに、咳の合図を出すことにした。


 でもそう思ったときには、ミミンはもう尋ねていた。ミミンが両手で持っているリボルバーを見て、ぎょっと目を剥いている男の人に。


「ねえおじさん! この女の人、殺してもいい? さっきのしかさんみたいに、バーンって!」


 暗い窓の中、女の人が唇を震わせながら奥の方へとずれ始める。


 その怖がってる顔が、とっても綺麗だとぼくは思った。一体どんな血の色をしているんだろう?


「……えっと、今は、やめておいてくれないかな」と男の人。


「えー」とミミン。


「ミミン、ちゃんと合図を待たなきゃだめだよ」ぼくは言った。「それと、あの女の人はぼくに殺させて。ほかの人は全員あげるから」


 はーい、とミミンが言った。


 スピードを落としてプジョーを停めにかかったルイに、男の人が焦ったように声をかけた。


「やっぱり、このままもう少し走り続けよう。いいかな……?」


「構いません、けど?」


 ルイが言ってスピードを上げ、男の人がぼくに尋ねる。


「……ねえ君、そのルパン叔父さんは、君たちが向かっていることを、知っているのかい?」


「父から知らされていると思います」


 男の人は頷いた。「もしも君たちが現れなかったら、どうなるんだろうね? 例えば、殺されたりとかして」


 ぼくは少し考えた。「叔父さんのことですから、犯人を捜し出して、殺すんじゃないでしょうか」


「……全員をかい?」


「一族までかと」


 男の人の顔が、青くなった。


「しかし、どうやって我——犯人を、見つけるんだろうね……?」


「探偵を雇うんだと思います。捜そうと思いさえすれば、必ず捜し出せますから。でもその前に、ぼくらは殺されないと思います」


「……なぜだい?」


「ぼくらは、死なないからです」


 ぼくは足元に置いていた、銃身を切ったウィンチェスターショットガンを手に取ると、ガシャリとポンプアクションさせた。


「方法はありますが、力の弱い人間と人間の武器では、それが不可能だからです。怪我をさせるくらいならできると思いますけど、それもすぐに治ってしまいますから」


 ぼくは論より証拠として、突き出した舌の裏側に銃口を当てると、バンと一発撃って見せた。砕け散った舌がすぐにもぞもぞと生え始める。


 見ると、男の人は、死体に見えるくらいまで青くなっていた。


 そんなに死ぬことが怖いのだろうか? それとも、ゾンビなのだろうか?


 でも、ゾンビでも同じことだ。頭さえ潰せば、やつらはあっさりと死んでしまうんだから。


 ——と。さっきのぼくが見えていなかったのだろうか? バックシートの奥側の男が、構えたサブマシンガンで、ぼくを撃ちそうになった。それを男の人が慌てて止めた。


「じゃあ、もしもそのトランクを盗まれたりしたら、叔父さんはどうするだろうね……?」


 ゾンビ色の顔のままで男の人が尋ねてくる。


「盗った人間を捕まえて、ひとり以外全員殺すよ!」とミミンが横入りして答えた。


「……なぜ、ひとりだけ残すんだい?」


 男の人がまた尋ねてきた。母さんが死んだときの、父さんみたいな顔だった。深刻という表情だ。


「死体を掃除させるためですね」膝に乗せた箱の中の、弾丸を数えながらぼくは答えた。うん、これなら全員殺せる。


「なるほど……」男の人の眉が八の字になった。


「ところで君たちは、我々の顔を覚えたかい……?」


「覚えたよ!」


「ぼくたちは、記憶力がいいらしいんです」


「らしい……?」


 ぼくは男の人に、ぼくたち悪魔と人間の違いを教えてあげた。


 ぼくらは人間と違って、一度見たことは絶対に忘れないことや、車に限っては、形はもちろん、ナンバーやその色までを、しっかりと覚えてられるってことも。


 実を言うと、サヴァン症候群っていうのは、ぼくら悪魔の血が薄っすらと混ざってる人たちのことなんだ。


「あの、まだ何か、訊きたいことがあるんですか?」


 あくびをかみ殺しながらぼくは尋ねた。


「……あ、ああ、最後にもう一つだけ教えてくれ。我々は考えをあらためて、このまま君たちとはさよならをしようと思っているのだが、君たちはルパン叔父さんに、我々のことを言うつもりかい?」


 なんだ、せっかく殺せるって思ったのに。殺そうとしてこないなら、殺せないじゃないか。ちょっとがっかりしながらぼくは言った。


「ミミンのやつが言うかもしれませんね。彼女はまだ幼児ですから」


 幼児じゃないもん! と言ってミミンがシートの背中を殴った。はっ、どっから見てもそうじゃないか。


「……どうすれば、黙っててくれるかな?」


 男の人が、ますます深刻な表情でミミンに尋ねた。


 そこで初めてぼくは、男の人の目的を理解した。どうやら死なないために、今このときのことを、叔父さんに黙っていてほしいようだ。


 殺させてくれればいいよ! とミミンが言った。


「いや、それじゃ困るんだが……」


「じゃあTEPPOちょうだい!」


「てっぽう?」


「銃がほしいみたいです」


 ぼくは補足してやった。この国のこの時代の人間は、鉄砲って言い方を知らないからだ。


「それをあげれば、黙っていてくれるのかい?」


 黙るよ! とミミンが言った。


 途端に男の人は、満面の笑顔になった。「よし、じゃあそうしよう。いいかい、これから停車して銃を渡すけど、決して我々を撃たないでくれよ。もちろん我々も君らを撃たない。約束できるかい?」


「わかりました」


 男の人たちが発砲してきたのは、車から降りた直後だった。


 さっきサブマシンガンを向けてきたバックシートの男が、意味不明な言葉を怒鳴りながら、本に偽装してあった、自動小銃を乱射してきたのだ。


 突然のことに驚いたけれど、当然ぼくらは死ななかった。


 やっぱり彼は、さっきのぼくをきちんと見ていなかったようだ。


 ぼくは仕方なく、でもちょっと嬉しい気持ちで、プジョーからウィンチェスターを取り出した。


 仁王立ちになったミミンがリボルバーをでんと構える。


 特に行動しないところを見ると、ルイは手伝うまでもないだろうと考えているようだ。それか兄らしく我慢しているに違いない。


「ま、待ってくれ!」と男の人が怒鳴った。流れ出した血を逆流させて吸い込みながら、みるみるうちに治ってゆくぼくらの傷口に目を剥きながら。


「い、今のは間違いなんだ! こいつは麻薬のやりすぎで、頭がおかしくなってしまったんだ! こんな銃を作ったのがその証拠だよ!」


 運転していた男と、もうひとりの男が、銃を乱射した男から本形の銃を奪い、ボコボコに殴ったり蹴ったりし始めた。


「な? だろう? 今のはこいつの独断なんだ、だから撃たないでくれ! お願いだっ!」


 ぼくはまた仕方なく、がっかりしてウィンチェスターをプジョーに戻した。ミミンはあからさまに殺したがっていたけれど、ダメだよ、とルイに言われながらリボルバーを取り上げられた。


 そのあとで約束通り、箱にいっぱい入っていた銃から、好きな銃を一つずつもらった。


「……一丁でいいのかい?」


 男の人がぼくに尋ねる。


「はい。たくさんあっても、置き場所に困りますので」


 変な臭いがすると思ったら、女の人が、失禁しているようだった。ベントレーにもたれながらガタガタと震えている。


 怯えきったその顔が綺麗すぎて、つい殺してしまいたくなったけれど我慢した。


 ぼくは言うまでもなく、本の形をしている改造銃を選んだ。使われていた黒い本は、ぼくたちのこともちらほらと書かれている、聖書という本のようだ。


 ちなみにルイが選んだのは、一番小さくてシンプルな銃だった。


 小さいね? とぼくが言うと、だからいいんだよ、とルイは言った。ミミン以上に嬉しそうな顔をして。まあ、それはぼくも同じなんだけど。


 ミミンは取っ手にルビーが埋め込まれている、大きな白いデリンジャーを選んだ。


 重いよと男の人に言われたけれど、車くらいなら片手で持ち上げられるミミンにとっては、むしろ軽すぎるはずだ。


「「「ありがとうございました」」」


 銃をもらったぼくらは声を揃えて、ニッポン式のお礼をした。これは親日派だっていう叔父さんから教えてもらったんだ。


 男の人は、いいんだよこれくらい、と言ったあと、お願いだから、我々のことをルパン殿には言わないでおくれよ、と三回も言ってそそくさと去って行った。


 ベントレーがミニカーくらいの大きさになったとき、いつの間にか後ろに立っていた叔父さんが、ぼくらに声をかけてきた。


 叔父さんは発明した小さな道具で、崖下から登ってきたってことだった。その気になれば空だって飛べるのに、あいかわらず変わってる。


「それよりも、誰だね? あの連中は」


 今にも見えなくなりそうなベントレーに目を凝らしながら、叔父さんがそう尋ねてきた。崖を登ってきたにしては、白いハットと服のどこも汚れていない。


「言っちゃいけないことになってるんです」申し訳なさそうな声でルイが答える。


「なぜだね?」


 叔父さんは片眼鏡の周りの皮膚に、ぐっと力をこめた。正確には日光避けのための、人革マスクの皮膚なんだけど。


「銃をもらったからです。叔父さんから、殺されたくないみたいです」


 叔父さんは、ぼくらの服の穴を見た。


「それなのに撃ってきたのか?」


「ひとり、気が狂ってしまったそうです」


「ねえ叔父さん、今日も兵隊さんはいるの?!」


 三メートルくらい跳躍後、叔父さんの肩にすとっとまたがりながらミミンが尋ねた。


「ああいるよ。隠れてるよ」


「たくさん?」


「たくさんだよ」


 そこで思い出したミミンが、男の人たちが、バンビを撃ち殺したことを叔父さんに伝えた。


 それが叔父さんの逆鱗げきりんに触れたようだ。


 叔父さんはすぐさま男の人たちを追って殺すように、指笛と手の動きで、部隊に命令をした。


 ガサリ、と上の方で音がした。


「……あの、叔父さん。ぼくらは、言ってません」ルイが叔父さんに言った。


「ああ、ルイたちは言っていない。殺すのは、私の勝手だ」


 はい、とルイが答える。それならよかった。ぼくはほっと胸をなで下ろした。


 頷いた叔父さんは、ぼくらがもらった銃を順番に見た。


 叔父さんはぼくの改造銃を見たときに、なかなかいい出来で、確かにこれを作った男は、狂っていたようだと言った。


 人間にとって気が狂うということは、ぼくらの存在に近くなるから、頭がいいことになるのだそうだ。


「それにしても、よく殺さなかったな。偉いぞ」


 叔父さんは、ぼくらを褒めてくれた。それでぼくらは得意になった。我慢できずに殺してしまうんじゃないのかって、ずっと不安だったからだ。


 ぼくらは父さんから預かってきた、現金と宝石と債権を叔父さんに渡した。これで無事に任務完了ということになる。


 革袋を差し出しながら叔父さんが言った。


「それでは、もう行きなさい。決して途中で人間を殺したりしないように。いたずらに騒ぐと、この時代にいられなくなるからね。約束できるね?」


「「はい」」「はい!」


 叔父さんは頷いた。「ではサタン様に、くれぐれもよろしく伝えておくれ」


 ぼくたちは、またはいと言ってから、革袋を持って帰り道をたどり始めた。


 ルパン叔父さんは、見えなくなるまで後ろに立っていた。


 しばらく走ったあとで、さっきの男の人たちと、ひっくり返ったベントレーが、ゴウゴウと燃えているとこに出くわした。どうやら事故に見せかけて殺されたようだ。


 男の人たちはみんな火だるまになって死んでいたけれど、女の人だけは、燃えないままでまだ生きていた。


 止めを刺されなかったのは、胴体から下が、なくなっていたからだろう。


 ぼくはちぎれた腸をズルズルと引きずりながら、必死で起き上がろうとしている女の人と目が合った。うつ伏せだったからか、自分の下半身がなくなってしまったことに、どうも気が付いていないらしい。


 ぼくはルイに言ってスピードを落とさせて、すれ違いざまに、「あの、ないですよ、足」とジェスチャーを交えて女の人に教えてあげた。


 女の人は、首をひねって自分のない下半身を見た途端、カエルのような声を出しながら、白眼を剥いて死んでしまった。


 そのあと、あれからずっとお母さん鹿が横に座っていたらしいバンビの死体のとこに行って、叔父さんからもらった革袋の中の血を、叔父さんから頼まれた通り、一滴残らずトポトポとバンビの傷口に垂らしてやった。


 するとバンビは、ピクピクと動きながら生き返った。うん、やっぱり叔父さんの血はよく効くようだ。


 無事に生き返ったバンビは、愉しそうにジャンプしながら、お母さん鹿と一緒に林の奥へ消えて行った。


 こうして、ぼくたちの初任務こと、はじめてのおつかいは、問題なく終わったんだ。


 その夜、ぼくは自分の下半身がないことに気が付いた瞬間の、女の人の顔と声を思い出しながら、改造銃の聖書を抱きしめたままでベッドに入った。


 その女の人の顔が、ぼくのお母さんと似ていることに気が付いたのは、間違って自分の顎裏を撃ってしまった瞬間だった。


 ぼくたち三兄妹さんきょうだいのお母さんは、それぞれが別な悪魔なのだ。


【『はじめてのおつかい。』〈了〉】

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