灰色の雨
都営線は車両の幅が狭いのか、対面する人の顔が他の私鉄の車内よりも近いように感じる。
腰を下ろした真ん前にいる女の目が私を捕らえた。
彼女は私と同時に腰をかけた赤いバーキンを持った女に目を遣り、私がお尻を右に左に動かし6つ先の駅に到着するまでの座り心地の良さを確保し終え目を上げると、ゆっくりと眼球だけを動かし私を捕らえた。
私は気に留めることもなく残り少なくなった読みかけの本を開き、その文字の間に目を落とした。
降りる駅が近くになった頃、目をあげてみると、その女はまだ私を見ていた。
あれからずっと私を見ていたのか、あちらこちらに目を遣っていたのかは分からないけれど、女の目はまるで死んだ魚の様に膜がかかったように、
最後の一呼吸を探しもがくように口を開けているが息の音は聞こえない。
ただ静かに口をポッカリと開け、瞬きもせず目を開いている。
もう一駅本を読めるはず、もう一駅でこの本は読破の予定なのに、私は本に目を落とすことも無く、しおりを挟むことなく本を閉じた。
私をずっと見つめる右目から漏れるように泪が彼女の乾いた頬を濡らした。
また一筋、一筋と右目から濡らし続ける。乾ききったコンクリートの壁をつたう雨の様に、泪さえも死んでいるようにそれは灰色だった。
口からは涎が流れ続ける。
力が尽きているのか、彼女はそれを拭くことも無く、ただ私を見ている。
「東新宿。東新宿。」
しまったと振り返ると
強い風が私を避けるように抜けて、電車は次の駅へと発っていく。
大丈夫ですか?など優しい言葉などは柄じゃない、でも差し出せばよかった。
差し出せなかったコートのポケットに入ったままの街頭でもらったティッシュを握りしめながら地上出口に向かうと雨が降っていた。
今朝テレビの中のパステルピンクのコートを着たキラキラしたお天気お姉さんは今日は洗濯日和だと言っていたのに。。。
無料のものは何でも受け取るのに、お金など一銭もかからない心を差し出すのに躊躇してる自分が情けなくて雨を仰いだ。
洗濯日和の太陽などどこにも見えない。
雨は灰色の空の高く、より高いところから降り続け、わたしの乾いた心に降り注ぐ。
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