自愛≦慈愛≦磁愛

私のモットーは「己が己の一番のファンであれ。」だ。

世の中の全員が自分を嫌いになっても、自分自身が自分を好きでいてやることが単純に一番大切だと思うから。

関西の女というのは、その趣旨がかなり強いように思う。

ほんの2、3日前のこと、私は大阪駅に向かうバスを待つ列に並んでいた。

私の前には3人のオバハン、もとい、おば様が並んでいて、聞きたいわけでは無いけれど、関西、大阪の女性は声が大きいので、話が筒抜けに聞こえるのです。

「いやー。あんた変わったTシャツ着てるやないの!」

私の目には、どこにでもある長めのTシャツ。

「これTシャツちゃいますねん。チュニック言いますねん」

それを聞かされた2人のおば様も私もポカーンとしている。

ポカーンとしている理由は、チュニックを知らないからではなくて、チュニックをお召しになったおば様があまりにも恰幅が良く、通常ダブダブなはずのチュニックがTシャツ、私にはチビTにしか見えない。

恰幅の良いおばさまが、そんな事も知らないの?貴方たち。と言わんばかりに叩き込む。

「悪いねんけどな~、一応、これ1万円以上しますねん」

それを聞かされた2人のおば様たちは「へぇ〜」と返す他、言葉はおろか、擬音語も見つからない。「悪いねんけどな~」というのは、チュニックがチュニックとして見えない事へのチュニックへの謝罪か?

私はその様子を後ろで聞き必死に笑いを堪える間に、梅雨もまだ明けてもいないのに、真夏がやってきたかと思うほど、人以上に汗を掻くこの恰幅の良いおば様に尊敬の念を抱き始めた。

何故なら、ここまで幸せな人は居ないと思うから。

デブと決定付けて言われるよりも傷つくだろう「チュニックをTシャツ」、見ず知らずの傍観者の私にはチビTと本気の間違いをされている事も気づかず、値段の自慢までできるのだから、最強に幸せな人だ。

嫌味で言ってるわけではなく、そこまでの無神経さを持てる事は奇跡と言っても過言じゃなく、その悪く言えば図太さ、よく言えば自分を愛する気持ちに私は敬意を持ち始めたのだ。


私の身近な周りにもこのおば様のように自分を愛して止まない友人がいる。

不思議と、そういう人に共通する事は、自分だけを愛しているように見えども、愛があまり余って外に流れ出すように、博愛主義と言って良いほど万人万物に慈愛を持っていること。

そして、そういう人の周りには必ずと言って良いほど人が集まる。

まるで磁石が砂鉄を収集するように、磁愛する。

長嶋茂雄さんなんて、典型的な良い例じゃないかな?

自分を大好きそうで、また人を愛す。

だから、そのキャラクターゆえに、たとえ生粋の阪神ファンであったとしても彼を嫌いと言う人に会ったことがない。


恰幅の良いおば様も2人のおば様友人とお出かけしていたわけだから、

彼女の自愛力は慈愛力、磁愛力なのだろうと無理やりだけど、希望も込めて思いたい。


生きていく中で、お叱りを受けたり、夢に破れたり、恋に破れたり、病気になったり、ぶっちゃけ良いことだけが起こるわけではない。もしかすると、困難や問題を乗り越えることの方が多いかもしれない。

人と比較しては劣等感を感じて落ち込んだり、嫉妬したり。そんな惨めでカッコ悪い自分を鏡で見ては嘆息したり、涙を流したり。なんで、自分だけ?と思うことがあったとしても、自分が自分の1番のファンであって欲しい、ありたい。

自分を信じ、自分を愛し、大切にすれば、自愛は慈愛になり、磁愛していくはずだから。


「見えへんかったわ。後ろの人もわろてはるし」

3人の視線が同時に私にあたる。

「お姉さん。これ1万円以上に見えへんか?」

最後部座席に座る私。うしろに女性はおろか、人は居ないが、私はとりあえず後方確認してみる。

やっぱり、誰もいない。

確認し終えて前方に目をやる私を三人の視線が突き刺す。

私ですか?ですよね?

「見えます!めっちゃ見えます。」

磁愛された。

「見る人が見たら分かってはるわ。」満足そうに唸るおば様。

「ちなみに、なんぼやと思うの?」

「1万800円とかですか?」

「あんた、800円て消費税やないの。上手いこと言うな…」

窓が割れそうな笑い声がバスを震わせた。

磁愛のパワーが外へひろがり、隔たりを壊し、さらに大きな外へ...。

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