Wの悲劇を半周すればW
「あの
羨ましいと言うより、恨めしそうに某ハンバーガーショップが販売し出したソフトクリームの新商品を嬉しそうに手にもって歩く女性を横目に私は仕事に向かっていた。
新商品が発売される度に長蛇に並んで待ったりすることのない性分だ。新しいものや話題の物に関心が無いわけではないが、そこまでして企業の商戦に踊らせる必要もないだろうし、人の興味や関心など「人の噂も七十五日」より早く過ぎ去っていく。過ぎ去った頃に、列が短くなった時に手にすれば良い、食すれば良いと思う。
何がそんなに、羨ましいのか?こんな暑い日に美味しそうに、とても嬉しそうにソフトクリームを食べることができると言う事が、仕事に向かうという対照的な状況にある私には極端に子供じみているが、羨ましい。
女性がいざ一口目とソフトクリームを口の高さに持ち上げたとき、どう言うわけかソフトクリームが床に落ちた。
無情にも少しオレンジに色づいたクリームの上にコーンがダイブするように落ちたソフトクリームの数歩先に「清掃中」の札が床に置かれてあり、モップを持った清掃の男性が磨いたばかりの床に落ちたソフトクリームに反応して手が止まった。帽子を深く被り俯いているせいで目の表情は窺えないものの、「あっ。」と言ったのだろう、おそらく年配だろう男性の口がぽかんと丸く開いている。
「やっちゃったね。」さっきの恨めしさに近い羨ましさが瞬時に吹っ飛び、芽生えた別の感心がぽかんと開いた私の口から洩れた。
女性にしてみれば、まだ口にしていないソフトクリームを落としてしまい、その上、自分の目の前で現在進行形に誰かが丹念に労力を注いだものをダメにしてしまった。たとえて言うならば、誰かが1時間かけて並べたドミノを一つ倒してしまったような感じだろうか。その上、その一部始終を労力を注いでいた本人に見られているわけだから、逃れようがない。
私はその先がどうなるのか気になるものの、電車の時間も迫っているだろうと腕時計を見た。
女性はカバンから何やらチラシのような紙を出して膝を折り、アイスクリームを掬い始めた。電車に乗り遅れそうな私は、振り返りながらその場を離れた。清掃の男性が近づくと女性は立ち上がり、何か笑いあっているようだ。
その後きっと清掃の男性が再びモップを掛けたのだろうけれど、あの女性には何か良いことが起こるような気がする。
お金を出せばサービスが得られるのが当然だと思い、勘違いも甚だしい人間が多い中、サービスとは人の労力で、人の労力をお金を払って頂いているのだと思う人間も多くはないだろうが、まだこの世の中にいる。
小さな間違いや過ちを鬼の首を取ったかのように苦情を申し立て、挙句に土下座を強要し、事もあろうかそれを動画サイトにに投稿する輩は間違いなく世の中のカスだ。でも、例えば、大型ショッピングモールでショッピングカートの整理をしているシルバー世代の労働者に、人生初のアルバイトをハンバーガーショップで始めた高校生のアルバイトに「ありがとう」といえる人間はどれくらい世の中にいるのだろう?
わたし自身も、常日頃から低頭平身で感謝の心に溢れた人間というわけではないから先ずは自分を見つめ直すべきところだけれど、そういうわたし感謝の心に起伏がある半人前の私自身も含めて、あらゆるサービスはお金払っているから享受して「あったりめぇーよ」と思っている人間は、土下座を強要し動画サイトに投稿する輩の「予備軍」と言っても過言で無いようにも思える。
そう思うと、さっきの若い女性はそれを良く心得ているように思え、単純な私は、そんな世の中はまだ捨てたものではないと思うのです。
「ご乗車ありがとうございます。」改札口で挨拶をする駅員さんに返す。
「お疲れ様です!」
Wの悲劇の半周先にある物。それはもしかすると、
。そんなまだ捨てたものではない世の中の小さな事を再確認する機会なのかもしれない。
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