ランドセルとグー

始発駅で出発を待つ電車の外に、赤いランドセルを背負った女の子がいた。

真っ白のシャツに紺色のスカート、白い帽子をかぶり、白い靴下にスニーカー。

衣替えの季節だとはいえ眩しすぎるその白と折り目が新しいスカートからすると、女の子はおそらく小学1年生で、初めての夏の制服なのだろう。

その赤いランドセルは、彼女が背負っていると言うよりも、彼女がランドセルに背負われているといった方がしっくりくる。

私が子供の頃、ただただ大きく重く感じたあのランドセルは、小学校を卒業するころになると、私の成長が縦横ともに豊かだったせいもあるだろうが、小さく感じた。私のランドセルには何が入っていたのだろう。

田舎で極々庶民的に育った私は、高校を卒業をするまで通学は徒歩かチャリンコで、電車通学なるものに度々憧れた。

都会で生まれ育つ子供にはあれくらいの歳から一人、或は同じ年頃の子供同士で電車やバスに乗ることに抵抗はないのだろう。小学高学年になっても電車に乗るだけで私はドキドキしたものだ。

田舎の子供と都会の子供は大人になる速度も過程も違うのだろう。と、ぼんやり考えていると、女の子の様子がどうやらおかしいことに気が付いた。

どうやら、何かを失くしたようでオロオロしている。

「どうしたかな?」

私のお尻が電車のシートから拳一つ分宙に浮く頃には女の子の異変に気付いた通りすがりの人間が彼女に声をかけた。

鬱陶しいほどにお節介好きな大阪人もこういうシーンになると、自身が助けを求めなくて親切にしてくれるというのはありがたく、傍観している人間も心温かくなる。

私は温もりがこもったシートにお尻を戻した。

ひざまづいて話を聞いてやっている若い女性は頑なに結ばれた女の子のグーを柔らかく包み、帽子で隠れた女の子の顔を覗き込む。

小さな拳を包み込んだ女性の手が「大丈夫。大丈夫。」と言うように波打つように上下に揺れる。

どうやら、首からぶら下げているパスの中の定期券が見当たらないと言う話のようだ。

駅員さんが到着し、大きな手を女の子の肩に置きながら中腰になった。

女の子はもう一度、小さな拳に力を入れ直し帽子のツバごしに仰ぎ、胸いっぱいに勇気を吸い込む。


がんばれ。


涙を堪え、肩で息をするたびに、沢山のノートや教科書が入った重みも加わって赤いランドセルが前後に動く。


ふんばれ!


ひざまづいていた優しい女性は立ち上がると、柔らかな手で女の子の頭を撫で、駅員さんは女の子の小さな拳を大きな手で包み込み、彼女の手を引いて駅長室へと去っていく。


女の子の背中で前後に揺れるランドセルが気のせいかさっきよりも小さく見えた気がした。


ギュッと結ばれた女の子の手にはランドセルにはれない何かがある。

ランドセルに入った夢や未来を叶える大切な何か。

ソレを放すな。

キミが背負ったランドセルが日に日に小さくなり、大人になってその手に持つカバンがどんどん変わり、カバンの中身も変わって行ったとしても、ソレは自分の手の中に持って生きて行くんだ。


負けるな。


ギュっと握り締められた女の子の手は心配してひざまづいて話を聞いてくれた女性の優しい手や、駅員さんの大きな手、たくさんの大きな手に包まれて守られている。

小さな手が大きくなるまで、守られている。

いつかキミの手が大きくなった時、誰かの小さな手を包み、守っていく。


大切なものは手の中に...。温もりは手から手へと...。

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