第11話抱っこ犬に成るために
それは、大きな建物だった。
白く艶やかに光る柱、地面。
人で溢れかえるその場所には、『冒険者ギルド』と文字が彫られ、その溝を厳かな金色が埋めていた。
扉が取り払われ、大きく口を開く出入り口を行き来する人々。
その人達は銀色に光る鎧を着ていたり、自身の身の丈と同じくらいの剣を背負っていたり、汚れていたり、血を流していたり。
様々な人々が、それぞれの事情を抱え歩いていた。
足元をそろそろと蜥蜴のように歩く僕のことなど、視界にも入らないと言わんばかりに、ある人は瞳を輝かせて、ある人は生気の失せた目をしながら。
むせ返るほどの血の匂い。これは多分、
「…おい、あれ…あの鎧…あの剣…」
「あれって…まさか勇者か…?」
今その中に入ろうとした時、僕の上でさざ波をつくる声から、不意に僕の知っている言葉が聞こえた。
その方向に目を向けると、狐のような耳を持つ、“獣人”と耳の長い“エルーン”の青年が先頭を歩く勇者に視線を送っていた。
「…あ」
その視線に気が付いたのか、勇者は突然こちら振り返った。
そして
「ジャンバラ。ワンちゃん抱っこしてやってくれ」
とだけ言い残すと、また前に向き直った。
その直後、浮遊感。
その浮遊感に気が付いた時、僕の視界はいつもの何倍にも高い場所にあった。
「…ジッとしてろ…」
僕の耳のよこで
前方に背中を向け、僧侶の肩に手をかけるような形で持ち上げられているようだ。
が、視界が高くなったという事はもちろん体も上に上がっているという事で。
「おい!あの魔物生きてるぞ!!??」
もちろん、こんな叫び声があがるのも至極当たり前の事なのだ。
「キャァァァァ!!!???」
「誰だ!?“戦果”討ちもらした奴!!?」
「ギルドの職員はどこだ!!??早く!!」
雫打たれた水面のように波紋を広げる人々。
僧侶と僕を中心に人々の波はポッカリと穴を開けた。
ああ…またこれか。
どこの誰の目に触れても、どこも何も変わらない反応。
命を狙われる恐怖よりも、ため息が口から漏れた。
「……俺たちは、勇者の
僧侶は僕の頭の横でそう言うと、再び歩みを進めた。
そして
(くさ…い)
果てしなく臭い。
僕の体長よりも遥かに高い天井、広い横幅、奥行き。
その大広間の隅から大理石の少しの傷に染み込むまで、満遍なく、一寸の違いもなく、その“匂い”は、僕の鼻を曲がらせた。
広間に響く人々の声よりも鱗の隙間に入り込むそれら。
吐き気を催す僕を他所に、勇者達は進んでいく。
少しすると、木製の長机の前で止まった。
「よっ、
「はい…。…あっ!勇者様ではないですか!」
勇者は片手を上げながら口を開く。
声をかけられた眼鏡の獣人は、その姿を見るなり慌てたように椅子から立った。
その人の胸には『受付』と書いてあるネームプレートが下げてあった。
「おう、勇者だ。今資金繰りに難儀しててよ、稼げるのないかな?」
「あ、え〜っと…。報酬金が高いものでしたら……。あっただいま『5番』カウンターにて承っております」
「おう、ありがとな」
何かが書き留められた紙と、勇者の顔を交互に見ながら、眼鏡の獣人はそう告げる。
案内を聞いた勇者は、また片手を上げてその獣人の横を抜けていくのであった。
「ジャンバラはあそこで待ってた方がいいんじゃない?」
後に続こうとする僧侶に、前を歩くエンゼは指をさしながら言った。
確かに、これ以上臭いの深い場所に近付けば色々とブチまけかねない。
ジャンバラは無言で頷くと、勇者達とは逆の方向に歩くいていく。
そして出入り口付近の壁にもたれると、僕を持ったまま目を瞑った。
落ち着いた所で、僕は周りを見渡す。
やはり、ここは『冒険者』の仕事場で間違いないようだ。
『冒険者』。耳にした事のあるその言葉の意味は、
魔王を倒すのが勇者の使命なら、冒険者はその配下を皆殺しにする事がそれになるだろう。
そして先程聞こえた
それを行う場が、この
(あれってゴーレムの…)
1人の男のヒューマンが抱えているのは、未だ拍動し続ける“ゴーレムの心臓”。
あれを渡し、一体彼はどれくらい稼げるのだろうか。
…
『敵』であるのだろうか、『金のなる木』なのだろうか。
……後者であったとするなら、僕は……
天井から下げられた光石に照らされる、そのヒューマンの顔を見ながら、僕はぼんやりとそう思った。
しばらくして戻ってきた勇者達に声をかけられ、僕らはまた中央広場に戻ってきていた。
「よっしゃ!、じゃこれから
快活に笑いながら黒髪を揺らし、懐をまさぐる勇者。
そして1枚の紙を出すと、こう言った。
「“竜狩り”だ!!」
それが、僕の初めての
この度無所属魔獣になりまして。 海産キクラゲ @amazon9919
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