第10話 銭っ子がなければただの浮浪者

 「おお…勇者様だ!」

「やぁやぁどうもどうも」

声。

「勇者たまぁ〜!」

「おうおうかわいいねぇ」

声、声。

「昨日はすごかったわねぇ…。今日もイッパツ……どう?」

「おおお愛するジュリアちゃんの為なら何日連続だって…」

「フッ!」

「あだぁっ!!?おい!フルスイングは止めろ!!エンゼ!!」

声、声、声。

僕は声の波の中にいた。

道行く人、人、人、人。角の生えた人。耳と尻尾が生えた人。小さな人。大きな人。普通の人。子供。大人。青年。少女。老人。

この世にいる人間の全部が集まって、凝縮されているのを見ている気分だった。

僕らはその中を、歩く。

 「ゆ、勇者様…っ!?そ、それは…?」

過ぎていく声の中にはもちろん僕を指差し、恐れを押し込めて投げかけられるものもあった。

僕はその度にビクリと肩を跳ねさせ、声の主を見ないように項垂れ歩く。

そんな僕の居心地の悪さを尻目に、勇者はその声らに笑いを返していた。

 自身の影と土色に染まる視界の中、僕は今一度今後の指針を決めていた。

勇者はずっと魔王城を目指して旅を続けている。

そして現在、何故だかわからないが僕らは今魔王城がある大陸とは違う大陸にいる。

だが裏を返せば、その距離分魔物と対峙する事になるという事だ。

どこかの戦場にだって赴くかもしれない。

それは、チャンスだ。

 目の前に広がる暗闇から必死に目を背ける様に掲げた希望を胸に、僕は顔を上げた。

少しだけ高くなった耳には相変わらず漣のように声が押し寄せる。

僕は、その中を歩いた。

なるべく真っ直ぐに前を見て。

声の中を。声の中を。



 「よーしじゃ、この辺でいいだろ」

しばらくすると、勇者は広場で歩みを止めた。

噴水のあるその丸い広場にはベンチなどが設置してあり、地面も綺麗に整備されていた。

ぐるりと見渡すとこの広場から道がいくつも伸びており、どうやらここが街の中心のようだ。

 「えー…ここで重大発表があります」

「…」

「ねぇマスー。お洋服欲しい?」

「はいそこの魔女っ子ちゃんよく聞いてー」

手を高々と挙げる勇者に、ジロリと訝しげな視線を向けるエンゼと、僕に抱きつくイリー。

パーティーの意識が自身に向けられた事を確認すると、勇者は再度口を開いた。

 「えー諸事情によりー。…えー現在パーティー内の資金が底をついております!というわけで!クエス…」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

広場に木霊する少し低い女性の悲鳴にも似た怒号。

殺意すらも思わせるそれは噴水の水を揺らし、勇者の続き言葉を貫いた。

「あんたっ!あんた資金全部使ったの!?いくらっ…いくらあったと思ってんの!?」

「ざっと5000万くらいか?」

首を傾げながら答える勇者の体がその後地に伏したのは言うまでもない。


「……ヒューマンの心臓っていくらかしら…」

剣が抜かれる金属音に混じって聞こえるその呟きを、僕は聞こえなかった事にした。

「待てって!悪かった!俺が悪かった!!酔ってたんだって!マジで!!落ち着いてくれ!!」

もう若くもないだろう体を必死に折り曲げ、勇者は青い鎧を揺らしながら叫んだ。

悲痛を塗り固めたその懇願に、エンゼは哀れみにも似たため息を吐き出し、剣を収める。

 「…で?」

エンゼは剣を握っていた右手を頭に当て、勇者に続きを促した。

「まだ続くだろう魔王城へのこの旅!道具やら装備やら宿泊費やら!銭っ子がなけりゃ到底続けられるわけがない!!」

「はい!勇者先生!質問です!」

「はい!!なんだいイリーちゃん!」

立ち上がり大げさな身振り手振りで演説する勇者に、僕の隣のが手を挙げた。

「勇者がいつも飲んでるお酒や、女の人にあげてるお金は何費に入りますか!」

「魂の洗濯費だ!!!」

偶に体も洗うが、と小声で呟き勇者はまた続ける。

 「と!いうわけで!!財政難に陥ってる我がパーティーを救うべく!!1つ!!!」


ー金稼ぎをしようと思う!


と言い、勇者が指差した先。

そこには大きな建物が、建っていた。

 勇者の青い鋼鎧が指差した先、その蒼い輝きの先には大理石のような白い色を放つ、建物があった。

丸い広場から伸びる道の1つの奥にあるそれには、多くの人間が出、またそれよりも多い数が入っていっていた。

「あら、ここにも集会所ギルドあるのね」

「おし!じゃ、行くぞ!」

エンゼが目を細め集会所ギルドを眺め呟きを落とすと、勇者は振り返り、その道を歩き始めた。

「……ま、あいつの都合で癪だけど、無いと困るもんね…。癪だけど。……あ、すごいムカついてきた」

ブツブツと言いながら、エンゼは紅い鎧を鳴らす。

「………行こう」

少しだけ後ろに顔を動かし、僧侶は深緑のマントを揺らした。

イリーは無言のまま僕に笑顔を向け、駆け出す。二本の足が少しずつ遠のいて行くのを見ながら、僕は地に手足をつきながら、歩き出した。

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