第9話 待ちに待ってない街
人曰く
魔物は人類に仇なす存在であり、淘汰されるべき生命。
それらを産み出し、この世界を支配せんとするは諸悪の権化、“魔王”。
それに全人類の中で唯一対抗できるのが、“勇者”。
勇者曰く
『魔王が可愛い女の子ならいいのに』
ドラフの戦士曰く
『殺すぞ』
そして、人曰く。
人間は魔物を食べる。
その意図、それは魔物を討伐し乗り越えた“死線”を己の体に刻み込むためらしい。
自身を窮地へ追い込んだ相手を取り込むことで、“死線”を“経験値”に変換する事ができ、それによって人間は己の身体能力、及び魔力の増強を図るのだ。
それには
現在の人間と魔物との関わりを知らされた僕は道を歩いている。
晴れ渡った空。鳴く鳥。囁く草原の声。
平和だ。魔物1匹見えやしない。
ただ1つ、魔物として察知するべき違和感は、僕の前と隣に人間が歩いている事だ。
隣には先端が貝のように渦巻いている木製の杖を振り、藍色のローブの裾を地面スレスレで揺らすイリー。
同色のつばの広い尖り帽子を被り、見た目は完全に
その前には見上げる程の巨体を深緑のマントにスッポリと包ませた僧侶。
マントの裾から顔を覗かせている同色のブーツの奥、先頭に控えるのは、深海を思わせる深い青色の鋼鎧と燃え盛る火炎のような紅い鎧。
兜のないそれらからは、それぞれ黒色の髪と、灰色の長髪、その両サイドから生える角が露わになっていた。
昨晩、勇者のひと言によりパーティーに加入した僕は、困惑を極めながらも今、とりあえずは、暫定的に、パーティーの一員として籍を置いている。
そして刀剣を装備しながら眠りについたエンゼに怯えながら迎えた夜明け、傍目から見れば正に絶体絶命。危機的状況。
これから勇者達の腹に収まるのは目に見えている。
(…なんでこんな事に…)
人間に従っているこの状況を見られれば、僕の現場復帰の可能性は完全に潰える。
そうなれば、僕はこれから先勇者と一緒に
魔王と戦う事になるかもしれない。
ここから先は想像の限界だが、もし倒されても、倒されなかったとしても、僕が終わりを迎えている光景だけは、安易に頭に浮かんだ。
先行き暗い自分のこれからに向けられた僕のため息は、鱗を抜け外に噴射される。
フシュッと小気味好い音を聞いたイリーは、笑顔を浮かべながら鼻から息を吐き、僕の真似をしながら隣を歩いていた。
「で?これからどうするの?」
「そうだな…。街抜けて次の大陸に行くか!」
「……余計な寄り道したら殴…いや、殺すからね」
「物騒な言い直しだなぁ…」
勇者とエンゼの会話を聞き流しながら、僕は項垂れた首を振り歩いた。
そう、今向かっているのは“街”。
拠点と一本道で繋がっている場所だ。
「…で?街に行くとして“こいつ”どうすんの?」
エンゼが剣の柄に触れながら僕を一瞥くれる。
体が強張るのを感じながら、僕はその視線と自分のそれを絡めた。
「んー、ま、何とかなるだろ」
「なっ!?んとかなるわけ…」
「ほれ、もう見えてきたぞ」
「待ちなさいよ!!ちょっと!!」
エンゼの言葉を背中に受けながらも、勇者はさっさと前へ歩いて行ってしまう。
その先には確かに強くなった人間の臭いと、家屋が見えた。
そしてその“街”の出入り口近くに2つの人影があるのを認めた。
それから少しして。
「よーぅ、ご苦労さん」
「労いの言葉、誠に恐縮であります!勇者さま!」
「おう、今日中にはこの大陸抜けるからよ、利用させてもらうな」
「はっ!勇者様方のお役に立てるとはこの街の誉れとなる事でしょう!ごゆるりと準備を整えていかれてください!」
厳格そうな顔をした2人はフルフェイスの兜、鉄の鎧を揺らし、手に持っていた
勇者、エンゼ、僧侶と続々と2人の間を抜けていく中、いよいよ僕とイリーの番になった。
小柄なイリーの陰に隠れるように、忍び足で歩く。
が、そんなささやかな抵抗がこの2人に通じるはずもなく、
「ぬっ!?」
「魔物だ!!早く街の中へ!!」
2人の内、1人がイリーの背中を押し、街の中へと放り込む。
フルフェイスの奥から放たれる鋭い視線は、僕の存在を射止めるやいなや
街の出入り口を塞ぐように刃を交差させ、2人はこちらににじり寄ってくる。
僕はその殺気と威圧感に気圧され、その歩幅分後ろに下がる。
(早く…早く……)
突然張り詰めた空気感に僕は早くも耐え切れず、胸の中で勇者の言葉を懇願した。
汗でジットリと濡れた鱗鎧の内側に響くその声が届いたのか確認する手段は、ない。
僕はただゆっくりと後ろに下がる以外に許された行動はなかった。
「「覚悟っ!」」
重なった怒声で火蓋は切られ、2人は両手槍を引き絞り、矢のように突いた。
「待ちな兄ちゃん共!」
2人の余韻を掻き消すように、また、1つの声が上がる。
背後からかけられたそれは、誰のものであるかは明白で、その声に2人は動きを止めた。
止められた切っ先が風圧を帯び、僕の鱗を撫でる。
汗ばんだ体を抜ける風は僕を冷やしたはずなのに、汗は先程よりも勢いを増して噴き出た。
「勇者様…小型と言えど魔物です。今すぐに討滅せねば…」
「まぁ待てよって。そいつは他の魔物とは訳が違うんだからよ…」
僕への殺意を薄める事なく、若干声を震わせ落とされた男の言葉に、勇者は変わらず明るい声で続けた。
「そいつは…
「…
「し、しかし…勇者様のパーティーに“
“
人間以外の生き物を手懐ける事を意味する言葉。その技術は専門的かつ高度で、それが職業として成り立つほどだ。
その役割は特殊で、
だが一般的にそれは獣などを標的にしたもので、魔物を対象にしたものはない、というのを後から聞いた。
「お前ら……俺は勇者だぞ?」
「……だからと言って…」
「勇者に
勇者は指を振りながら「甘いなぁ…」と言葉を落とし、こちらに歩み寄ってくる。
「お前ら、勇者は何で勇者って呼ばれてると思う?剣を振り回すだけなら
「それは…勇者様は“精霊魔法”を…」
「そうだそれだ。
「…!」
「俺は勇者だ!お前らの物差しで決められねぇのが俺だ!常識ってもんを打ち壊してんだよ俺は!」
そう言い、勇者は男達に向けて親指をグッと立てた。
衝撃を受けたような、納得したようなしてないような、そんな顔をしながら男達はゆっくりと槍の刃を上げ、元の位置に戻した。
「……く、くれぐれも…。危険のないように、お願い致します…」
「おっ!わかってくれたか!ありがとう!来い、マス!」
そう言いながら出入り口に戻る男達を尻目に、勇者は僕を呼ぶ。
僕はまだ拭う事のできない汗をそのままに、その間を抜け、街の中へ入った。
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