第3話ある日の森の夜[3]

「なんなのよ!あの女が結界壊すからびっくりして、つい魔力大きく使っちゃったじゃない!というか、公安がくる前に逃げたいんだけど」

「同感。あんなの保護区レンジャーにいなかったよ。新人かな」

「あーもう!来るんじゃなかったー。あの象いい霊力だったのに魔道具化の途中で死んじゃうし!誰よ、撃ったやつ。白象は撃つなっつったのに!」

 

 黒い布を頭から被り口元を隠す男に女はそう愚痴をこぼす。女の黒髪に良く映える金簪の装飾鎖が風に揺られシャラシャラと音を鳴らす。彼女たちの三十歩ほど先にはフード付ケープを身をまとい銀色の細い棍棒を構える女がいた。彼らは前方の敵への目線はそらさないまま会話を続けた。


「そもそも、その派手なイデダチやめて欲しかったな。目立ちすぎ」

「だって、私の結界が解かれるなんて!!普通ありえないんだもの!」

 簪の女がうるさいわねという空気を言外に含め強い調子で切れ長の目の男に言う。


 植物が生い茂る森の中にも太陽の光が地面までよく届く空が抜ける場所がたまにある。落雷での倒木などによって空隙が生じたスペースだ。俗に「ギャップ」と呼ばれる森のその一角で武器を構える女と二人組が対峙し、お互いの気を押し合いながら攻撃の間合いを測りあっていた。



「僕はともかく、貴女がここで公安に姿を見られるのはまずいだろ。僕があれに攻撃をしかけるから、その内に逃げなよ。これは結構な貸しだけどね」

 そう言うと男は手の中に小さな光の玉をいくつか作り始めた。


「いいわ。借りはもちろん返すわ。契約成立よ」


その声が終わるのと同時に男は前に飛び出し、女はそのまま後方に飛び暗闇の中に消えていった。



 その簪の女が逃げだす半刻ほど前の頃。森のざわめきが黒い虎に乗る男の耳に届きはじめると、森の上を飛んでいた彼の前方に突然白い光の粒子群が大地から現われ飛び舞った。


(魔導力!?戦闘?なんだ!?)


「沙慈!許可の出ている力か?!」

青い石を沙慈と呼び、慌ててナカハラが問う。

「少々お待ちください。――ひとつ、許玉を検知しましたが……不明な力が2人ほど。あら許可、和乃国籍ですね」

「な!?なんで邦人が……」

「我々、小者ではわかりかねます」

「ともかく、一応公安と保護区のやつらにも通報しとけ。行くぞ」


 ナカハラの目が戦闘訓練を受けた人間特有の鋭い目付きに変わり、光が発生したあたりに急行する。気配を感じようとナカハラが感覚を研ぎ澄ました時、突如黒い大きな鳥が森から飛び出してきた。大きな二獣があわやぶつかるかの距離でお互いを確認しあう。鳥の背に乗る黒い布を羽織る女は慌てたように顔を布のすそで覆い隠した。金簪を挿す女と大きな鳥はスピードを落とすことなく空へ駆け上がり、ナカハラ達と距離を開けていった。



(あれは、華乃国の……)


「壮介さま、邦人はまだ森に」

 黒鳥の去った方角をじっと見つめるナカハラに女の声が諭す。

「わかってる。こんなバレバレの恰好で国際問題を発見するとややこしいんでね。むしろ見なかったことにしたいぐらいだ」


(さらに長い夜になりそうだ)

 白い光が放たれたあたりにナカハラはまず向かった。降りると暗い森の中にひどく血生臭い異臭が漂う。白象とサバナ象の二頭が罠であろう人工的な穴のくぼみの中に倒れていた。サバナ象一頭の顔が丸ごとえぐり取られ、白象は銃で撃たれた後に息絶えたようだった。


(あいかわらず、むごい)

 象牙目的の密猟だ。死んだ象では肉も牙も硬直して扱いづらいから生きているうちに顔ごと牙を抉りとる、とこの地の自然公園の保護官が言っていたのをナカハラはよく覚えている。


 ナカハラは目を背けず象を見つめる。彼が沙慈に命令し魔動力で死骸を清めるとあたりの空気の血生臭ささは消え清浄化した。それから白象に牙がまだあることを確認をすると人目から隠す結界を張る。そして和乃国の出身らしく両手を胸の前で合わせ、成仏してくれ、とつぶやき拝む。しばらくの後、ふいに入った意外な人物からの連絡を左手の情報機器から受け取ると、少し驚いた様子で情報主のもとへと急いだ。

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