第2話ある日の森の夜[2]

 非公式の会食が終わり無事要人たちを送り出したのを確認すると、ナカハラは外に待機させておいた黒い虎の背に乗り込んだ。手綱を少しひいて満天の星空が晴れ渡る空へと誘導する。乾期に入った大地の埃をもつ空気がほほをかすめる。


「あったか?」

「いえ、在住者にも渡航者にも名前はございませんでした」

「やはりないよな。記憶になかったからな。なんで偽名なんか……」


 下界の騒音がもう届かない静寂な空の空間に留めた黒虎の背でナカハラはうーんとうなる。もう少し国内の方から調べてみましょうか?と彼が右手首にはめる金の腕輪の青い石が白い光を放ちながら女の声で丁寧に受け答えをする。


「いや、明日カルロさんに聞いてみるよ。魔導の気を感じたのでな。同族臭というか……」

「ならば、世界手形をお持ちの方か。お忍びだと本人が情報開示を嫌がるケースが多いですからね」

「あんな小娘が?」

「小娘って。あんなにデレデレだったじゃないですか……。呆れますわ」

「いや、うん、確かに。我々庶民には情報が来ないケースといえば世界手形保有者の可能性はあるなー。うん」

「あの方には品がございましたもの。万が一相当のお偉いお方でしたら報われぬ恋ですわね」


 青い石はそう揶揄すると続けざまに、わたくし賭けてもいいですわ、恋ですわ恋、と主をからかった。腹心の部下にからかわれた男は恋愛はすでに手いっぱいだとあしらいつつ「何か気になるんだ」と声が有る様な無い様なつぶやきをした時だった。ヴ――と低い振動音が左手の指ぬきの白いグローブから鳴る。同時にグローブ上の細いラインに赤く光る短線が繰り返し走った。持ち主が左の人差し指と中指で空に円を描くと空中にディスプレイが現れる。


「最上、どうした?」

 画面に映る部下の血相をかえた様子にただならぬ気配を感じナカハラはそう声をかけた。

「中原書記官!戻ってきてください――」

「……聞きたくないが、なんだ」

「そ、それが、ギャラガー長官が何者かに誘拐されたそうです……」

「なんだって?!」

「ご本人から無事だとは連絡入ったようなのですが、何らかの取引をせねばならなさそうな感じで…。利乃国やつら、お前らのせいだってカンカンです」

「なるほど、八つ当たりもいいところだが同じ身分として気持ちはわかるぞ……」

「共感してる場合じゃないですよー。ファッ○・○ァックうるさいんです―。こういうの面倒だから、加藤財務大臣の方が誘拐された方がみんなうれしかったかもーっとか思うんですよねー」


 情けない顔をしながら大胆なことを言う部下にナカハラは深いため息をつき、お前な……と呆れながら話を続ける。


「とりあえず、ご無事が確認できたのは良かった。救出に関しては和乃国もできうる限りの支援をすると、なにより俺が全面協力すると言っとけ」

「承知しました!!」

 ほっとした顔でモガミは安堵の表情を浮かべ元気な声になる。では早速!と彼が通信を切ろうとすると壮介は手をあげそれを制止する。少し考え込む様子の上司にモガミは、他に何かと心配そうに声をかけた。


「――それから。あと早急に小島をカルロさんの店に呼んでほしい。いや、明日の朝までに、この件に関しての事情をカルロさんから聴きだせと言っとけ」


 小島書記官に?いいですけどーと部下が何やら疑問を口にしかけると上司の男は画面を手で払い、空中のディスプレイを雑に閉じた。


(まったく長い夜になりそうだ。)

 ナカハラはそう思いながら「コテツ行くぞ!」と黒虎に声をかけ、彼が前傾し虎の背にはりつくと空飛ぶ獣は急降下をはじめた。星明りだけの夜。目下は青みを帯びない漆黒の森の暗闇。

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