第4話ある日の森の夜[4]
目立つ衣服のふたりが出会い頭の衝突にひやりとしていた頃。危険を察した動物たちが去り戦闘が始まる寸前の空間は少し静かになっていた。
「君って僕の好みだから、もうちょっと遊びたかったけど。そろそろ時間切れかな」
そう言うと男は大きな炎を創り出した。
「……こんなところで、そんな強い火炎魔術を使うな」
「そう、取引をしよう。僕は、目的のためなら山火事なんて知ったことじゃないよ。乾期に入ったしね。結構、燃えるんじゃない?」
男はニヤッとした顔で挑発する。
「……だからお前らみたいのは嫌いなんだ」
「僕は君のこと好きだけどな。ということで、逃してくれるかな?」
不敵な笑みを浮かべ理不尽を突き付けてくる相手に銀棍を持つ女は不快感をあらわにする表情をした。そして何かを我慢するかのようにグッと棍棒を持つ手に力を入れこんだ時だった。空から青い光が落ちてくると創り出された火炎を絡めとり一気に消滅させた。和乃国の魔導外交官の制服を着た男が火炎の主の腕をとりながら背後に回る。痛いな、おとなしくするから、と切れ長の目の男は声を発した。魔導官か?暇なんだな、と悪びれる様子もなく捕まった男は背後の男に話かける。「縛式!この男を不正魔道利用の現行犯で捕縛しろ!」と悪びれない男の言には構わず、制服の男がそう命令すると青白く細い炎が出現した。細長い炎は覆面の男に巻き付き縛りあげた後、その男の顔に巻かれた黒い布を外す。するとそこには涼しげな細い目元によく似合う銀髪の美男子が現れた。
地面に座らせられた銀髪の青年は飄々とした様子で制服の男を見上げると、正義感に燃える美人の顔をゆがめてみるのは悪くなかったよ、と満足げな顔をする。飄々とした男のその言葉を聞くと縛式と呼ばれた炎のような生き物がさらにきつく縛り上げる。男はうっと片目を少し細めると、わかったよ、と気のない返事をした。
「まあ、捕まってもすぐ釈放になっちゃうと思うけど。君らよりもこの国の公務員の方が取引は簡単そうだ」
反省のない言葉の羅列を聞き、言葉の主に美人と評された女が苦々しい顔をしていると空にざわつきができた。彼女は制服の男と共にその方向を見る。五名ほどの編成で保護区レンジャー部隊と公安警察部隊の先行メンバーが到着したのだった。その様子に双方ともが捕縛した男から目を離した隙だった。異変に気付いた黒虎が唸る。虎の主が振り向いた時には男の姿は消え、縛式と呼ばれた青白い炎は光を失い白い蛇に戻ると徐々に姿を薄くし消えていった。
「うん、気に入っちゃった」
闇に紛れ気配を隠し脱出の機会を見計らう切れ長流し目の銀髪の男は、先ほど対峙した美人を目下に観察すると口元に笑みを軽く浮かべた。
「アヤさん!書記官!」
先行隊への一連の事情説明が終わりナカハラとアヤが解放されたのを見計らって、つい先ほど白豹に乗って到着した肌がよく日に焼けた少女が二人に駆け寄ってくる。そして、勢いよくアヤに抱き着くとお二人ともご無事でよかったと安堵の表情をみせた。
「アスハ、ごめん。あの子守れなかった」
「とんでもない。こちらこそ、駆けつけるのが遅れてしまって。今日は見張っていた場所以外でも密猟が発生して……」
少女はそう言いながら悲しそうな表情を浮かべた。
「結界のレベルが高くて気づけなかった……」
「アヤさん……気持ちはわかります。でも一人では絶対ダメです。わかってください。私達にもどうにもならないことは多いんです。貴女に何かあったら、それこそ……」
言葉を詰まらせるアスハに、うん、ごめんと申し訳なさそうにアヤが答えた。
「葛城保護官とアヤさんは知り合いなんだね」
「あ、はい、ナカハラ書記官!この度はご連絡とご助力ありがとうございます。えーっと、はい、アヤさんには色々よく森の植物のことを教わっていて」
「そんな!私は食用かどうかとかしかわからない。アスハは効能をよくしっているんだから。そっちの方がすごい」
「謙遜しないでください!まず食べて大丈夫か、からですから!」
(なるほど、有名な研究者っぽいな。確かに世界手形の可能性は高い)
そう思いながら、お互いに尊敬をしあう二人の姿を微笑えましくナカハラは見つめた。
談笑に一息つくと、アスハは「ここからは私たちの仕事ですから」と二人に帰宅を勧めた。
「ナカハラ書記官、経過に関しては明日」
「わかった。では僕は、彼女を送ってお暇するよ。頑張って」
「はい!では!」
ナカハラ達は異国の地で自然保護に励む同朋に頼もしく気持ちをはせながら白豹に乗り空に翔る少女に手を振った。
「さて、送っていくよ。モリヤマ・アヤさん」
「助けてくれてありがとう。あの時のカードで助かった」
「言ったろ、旅先も邦人を守るのも仕事。まあ、君が位置情報をオンにしてくれたおかげどね。ともかく無事で何よりだ」
「こんなに早く世話になるとは思ってなかった」
「まあ、魔導力の主が君だと分かった時はびっくりしたけど」
そう言いながらコテツの前方にアヤを乗せる。時計の針が頂点で2つに重なるその頃。5時間前とは比べ物にならない和やかな空気の二人を背に、七色の艶を持つ黒い虎は銀河の帯が見える夜空へ駆け上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます