魔法管理局物語

此花 しらす

第1話

 薄暗い路地裏を数人の男たちが走る。行く手を遮っていたパリバケツを蹴飛ばし転がるパイプを飛び越えて、ただ闇雲に入り組んだ道を走り回る。

この廃墟街に長年住んでいる彼らでさえ、すでに自分が今どこにいるのかわからなくなっていた。

「ねぇ、いいかげん鬼ごっこは終わりにしましょう」

 男たちの頭上で突然声が響いた。

 弾かれるように声のした方向を男たちが見上げる。

 そこには中性的な顔立ちの少女がいた。

 真っ白なファー生地のジャケットに黒いキュロットスカートに、肩から真っ赤なストールを長い方を左に寄せて左腕を隠して羽織っている。そしてその姿に、似合わない少女と背丈と同じく位の高さの木の棒を手にしていた。しかし、それらのことは男たちを驚かすには値しなかった。

 少女は何も無い空間に逆さまに立っていた。そして重力も逆さまになったかのように髪や服などもまったく乱れていなかった。

「まったく、あんまり手間をかけさせないでよ・・・・・・」

 少女はやれやれといった顔で、男たちを見回した。

「おい、いったい何者だ!てめぇ!」

 リーダー格の男が少女を怒鳴りつける。

「はいはい、えーと、あんたが『(青き)新風と自由の翼』のリーダーね。んで残りの二人は、作戦参謀ね」

 男の怒声を軽くいなして少女が男たちの顔を棒で指しながら告げていく。

 男たちは一瞬ぽかんとした顔をした後、慌てたようなそぶりで口々にしゃべりだす。

「なっ、なに言ってるんだ、俺たちは『(赤き)新風と自由の翼』なんてそんな崇高な集団じゃねぇ!」

「そうだ!この世界を変えるために日夜努力している正義の集団のわけがねぇだろ」

「あたりまえだ!腐った元老院をぶっ倒して、新たな世界を作る正義の集団なんて知りもしないぜ!」

 少女は心底どうでもよさそうな眼で男たちをねめつけると、くるりと半回転して、地面に降り立った。そして、手に持った棒を肩に担ぐと。

「青でも、赤でも何でもいいけど、暴力に頼った形で世界を変えるとかやらないでもらえないかしら・・・・・・ここんとこそんなやつらが、魑魅魍魎のごとく湧きに湧いて私の睡眠時間が削られる一方なんだから・・・・・・」

 言いながら少女はストールの裏側を漁って手帳のようなものを取り出し、男たちに見せた。

 手帳の正面には法律書とその前で組み合わされた羽ペンと剣の紋章が描かれており、紋章の上に管理局組員手帳と書かれていた。

「か、管理局員・・・・・・」

 男たちの誰かが小さくつぶやいた。

 アカネはめんどくさそうな眼をしたまま、手帳をぱらぱらとめくって、事務的な口調で話し出した。

「管理局第三警備小隊所属 アカネ・ミナツキです。あなたたちには国家転覆罪の容疑がかかっております。詳しい話を管理局にて伺いたいため、ご同行願います。」

 言い終わると手帳を閉じて、ストールの中に仕舞い込んだ。

「って、訳だけどどうすんの?」

 億劫そうに半開きになっていた目が釣りあがり、三人の男をにらみつける。

「ぐっ・・・・・・」

 男たちはたじろいで一歩後ろにさがる

「逃げようとしても・・・・・・無駄よ」

 男たちの目の前で話していたアカネの姿が一瞬で消え、後ろから声が聞こえた。振り返ると先ほどと変わらない姿でアカネがそこにいた。

「にっ・・・・・・」

 男たちは完全にアカネの勢いに飲まれていたが、参謀役の一人がつぶやいた。

「任意同行だ!容疑ということは手配とかはまだされていないはずだ!それだったらついていくかいかないかは、俺たちに決定権があるはずだ!」

「おぉ!そうだ、こんなことがあったらそう言えってあの人が言ってもんな、よく思い出した!」

 そう言ってリーダ格の男が任意同行だ、任意同行だと騒ぐ。

「あの人?あの人って誰のことよ?」

 アカネが通った声で男の声を掻き消し質問する。

「あの人は俺たちに、革命の仕方を・・・・・」

「まて、あの人の話はするなって言われただろ!」

 参謀格の男がリーダが口を滑らせようとするのを押しとどめた。

「そうだった・・・・・・とにかくだ!俺たちはついていかない!帰らせてもらうぞ」

 そう言って、三人はアカネの横を通り過ぎようとする。

「あぁ、そうそう、帰る前にこれだけ見ていって・・・・・・」

 すれ違った刹那、三人に聞こえるか聞こえないかの大きさの声でアカネがつぶやいた。

「えっ?」

 とっさに男たちが振り返ったのと、耳をつんざくような轟音が響いたのはほぼ同時だった。

 アカネは棒を地面に打ち下ろしたような格好をしており、叩きつけられた地面はアスファルトを陥没させ、あたりに大きな亀裂を生じさせていた。

「暴力に訴え出るなら私を倒せる自信ができてからにしなさい・・・・・・管理局には、私以上の人間がたくさんいるんだから・・・・・・」

「ひっ・・・・・・」

 男たちは腰を抜かして、地面にへたりこんだ。

 アカネは再び棒を肩に担ぐと、男たちの前にしゃがみこんだ。

「わかったかな?」

 そして、男たちに本日最上級の笑顔を送り、立ち上がってその場を立ち去ろうとした。

「まったく、なっちゃいねぇな・・・・・・」

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