第三話 その頃一方...

 この世の不純な物を全て混ぜ込んだ様な空の色。

 足元には、ガラクタや人骨等がところ狭しと敷き詰められている。

 ここは『凡ての物の墓場』だ。

 ここは、元々はとても強大な力を持つ王国だったそうだ。

 しかし、ある日一夜にして国は壊滅した。  あらゆる伝記や時代書を紐解こうとも何時、何故、どの様にしてその国が『全ての物の墓場』となったのか、解明できていない。

 原因は歴史の闇に埋もれ、誰にも知られることはない。


 そんな地を、俺は歩いていた。

 こんな所に好き好んで来る奴など殆どいないが、並べく顔を見られないようにローブを羽織っている。

 理由は罪人、キュース・フラニケル・ユースを回収するように、国から指令が送られてきたからだ。


 元々処刑は見せかけのものだ。

 権力を持たない非力な者を、虚偽の罪で罪人に仕立てあげる。

 罪人にとっては言われもない罪だが、架空の証拠は沸くように次々と出てくる。

 国をあげて罪人を作り上げるのだ。逃げられるわけが無い。

 そうして人目のない場所に送られた罪人を国は回収し、秘密裏に他国に売り付けたり、奴隷として扱うこともある。果ては、人体実験の雛形としても使われる事があるらしい。

 「くそが...」

 一人呟く。


 そんなことをする国へ。

 目をつけられた幼馴染みの不幸へ。

 事実を知りつつも、何も出来ない自分へ。


 「グゥゥ...」

 『つまらない事を考えずに、早く歩け』とでも言わんばかりに、俺の後ろを歩いている犬が吠える。

 −−いや。犬ではない。

 歯。目。唇。耳。体毛。腕。足。指。皮膚。筋肉。

 それらは全て、によって形成されている。

 そしてその、犬の形をしている肉塊は媒介と魔力を通して操作でき、視覚も共有することが出来る。

 これは、人体実験の成功例らしい。

 今この時も、国のお偉いさん方はどこか安全な所からこの肉塊を操作して、俺を監視している事だろう。

 「力を持ちすぎた奴ってのは、ろくな事しないよなぁ...。案外ここも、そんな事で滅んでたりしてな」

 肉塊が聴覚を共有されて無いのを良いことに、俺はそう嘯く。

 近くにあった誰のかも知らない頭骸骨を足で小突き、俺はまた歩きだした。


↻↻↻↻↻


 それから、十分ほど歩いた。

 ここはどこを向いても同じ様な景色しかなく、目印が無ければ迷ってしまいそうになる。

 「グゥゥ、ガウ!」

 今回の場合は、間違った方向に進もうとすると肉塊から訂正が入るので、こいつが間違えてない限り正しい方に進んでいると思う。

 (まぁ、迷ったとしても『これ』が有るからな)

 そう思いつつポケットに手をあて、『それ』が入っているのを確認する。

 『それ』は澄んだ青色をした水晶玉だ。

 だが、ただの水晶玉ではない。水晶には、表面だけでなく内側までびっしりと溝が彫られている。

 掘られた線は植物の蔦を連想させる様に複雑に絡み合い、芸術作品の様な美しさを醸し出す。

 だけど、俺だってこいつが綺麗だから持ってきている訳じゃない。

 この水晶は、俺の故郷で取れた双子昌石ふたごしょうせきと呼ばれる水晶だ。この水晶は形成される時に根元の部分で二つに分かれ、互いに共鳴する性質がある。

 これはその片割れだ。

 そして、水晶にはしる精緻な模様は魔紋まもんと言われる物だ。


 魔法とは、何人もの人族が魔族の使う特殊な技術を研究、解明した末に手にいれた技術だ。

 魔力を変換、放出し世界の事象に干渉する方法。それが魔法だ。

 だが、人族の中でも約半数程の者しか魔法を使う事が出来ない。

 人族は皆、体内に魔力を保有しているが、魔力を変換出来る素質を持つ者が少なかった。

 魔力の変換と言うものは、魔力で編み出した“陣”に魔力を通して変質させる事だ。

 昔の人族はどうにかして、素質が無い者達も魔法を使えないか考えた。


 そうして開発されたのが魔紋だ。

 魔紋は擬似的に“陣”と同じ働きをする。魔力を通せば、魔力を変質し、放出してくれる。

 しかし、魔紋を刻む技術は秘匿され、魔紋の刻まれている物は数が少ない。

 なので今では、魔紋の施された物は貴族の中で嗜好品として重宝されている。

 だが、この魔紋付きの水晶は魔力を通しても魔法を発動することはない。

 この水晶に刻まれている魔紋は、血を媒介にした術者の安否を知ることが出来る物だ。

 そして、血を媒介にした者が近くなればなるほど、魔紋の反応が激しくなる。


 そして、この魔紋にはキュース・フラニケル・ユースの血が使われている。

 対象が近くにいるときに魔力を通せば、赤く光る。対象が近ければ近いほど、色は濃く、光は激しくなる。

 俺は水晶に魔力を通してみるが、反応は依然として無い。


 自然と溜め息が漏れた。

 

↻↻↻↻↻


 さらに十分ほど歩いた。

 相変わらず辺りは殺風景で、まるで生気と言うものが感じられなかった。

 だから始めに“それ”を見たときは目を疑った。

 「...はっ?」

 白い少女が佇んでいた。

 状況を端的に表すならこう言うべきだろう。

 遠目で分かりにくいが、少女が笑みを浮かべながらこちらを見ていた。全体的に統一された簡素な白色の服を着ており、肌の色は病的なほど白かった。顔立ちは整っており、みとれて呼吸をするのを忘れてしまいそうだ。

 しかしここは『凡ての物の墓場』だ。

 実力に秀でた者でも命を落としかねないこの地を、少女が一人で、武器も持たず、防具も着けずにいるなど、はっきり言って異常だ。

 「罪人か?」

 俺達の国の様に、罪人を『凡ての物の墓場』に転送する国も無いわけではない。

 だが、基本的に罪人は罪が判決されるまで投獄されているものだ。

 投獄されている間、満足に食事も取れず、固い床では心行くまで寝れず、そしていつ来るかも分からない刑執行の日に怯えて過ごさなければならない。

 そんな生活は人を心身ともに蝕んで行く。

 しかし、少女はそんな罪人特有の陰もない。その事実がよりいっそう俺を警戒させる。

 「どういうことだ...?」

 「教えてほしい?」

 「⁉」

 注意を怠った訳じゃない。

 視界はずっと少女を捉えていたはずだ。

 だが、少女は気付けば私の前に立っていた。


 半ば無意識に体が動いた。


 「フッ!」

 日頃の鍛練によって体の一部の様に扱える剣を、少女目掛けて振り抜く。

 剣は狙い違わず、

 少女の首へと吸い込まれていった。

 剣にかかる確かな手応え。

 そして、少女の頭と胴体が音もたてずに別れた。


 「...呆気なかったな」

 剣には血飛沫一つ付いていない。

 魔力によって代謝を上げ、瞬発的に加速、威力を増幅させた剣の一撃は、痛みを感じる間も無く対象を斬る。

 剣を抜けば、自然に魔力で体を強化するぐらいに、子供の頃から反復練習を行ってきた。

 そのお陰で、今では剣の腕だけなら国で一二を争うぐらいだと自負している。


 けれどもいくら強くなろうとも、いくら頑張ってみても、救いたい人を救うことすら出来やしない。

 物を、他人を、親しい人を、傷付けるしか出来ない。

 ...俺はいつから間違えたのだろうか?


 「はぁ、アホらしぃ...」

 止めた、止めた。

 今はユースを回収するのが先決だ。

 肉塊の案内は...というよりも、

 「肉塊はどこにいった?」

 辺りを見渡してみた。

 思ったよりも直ぐに目的の物は見つかった。

 肉塊は斬られていた。まるで、首だけが重力に引っ張れたかの様に、頭と体が分離していた。


 そして、少女の死体は何処にも無かった。

 「アハッ♪」

 後ろから少女の笑い声が聴こえた、気がした。

 背中に軽い衝撃を感じ、


 俺はそのまま気を失った。

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異世界の異分子達 unknown @engel-des-rades

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