第二話 人族と魔族
「罪人、キュース・フラニケル・ユース!前へ!」
私はその声を聞き、一歩、また一歩と目の前の階段を登って行きます。
『裏切り者!』
『この売国者め!』
『いい気味だ!』
辺り一面を囲んでいる市民達は、私を罵倒し、糾弾します。
私が階段を登るにつれて、声は苛烈さを増していきますが、私には真っ直ぐ前を向き階段を登る事しか出来ません。
頂上に着くと、広場が一望出来ます。
「静粛に!」
祭服を着た男が、魔法具を通して国民達に叱咤します。
今まで罵倒を言っていた人々は、不承不承というように口を閉じていきます。
広場には夥しい程の人が集まっており、まるで一体の巨大な生物の様に私に憎悪を向けて来ます。
私の隣にいる神官が、紙に書かれている文字を読み上げていきます。
「罪状を述べる。罪人キュース・フラニケル・ユースは、不当な武器・薬品の所持、他国への情報流出を行い、国家への反逆を企てていたことが調査により明らかになった。よって、罪人の地位を剥奪すると共に、最高刑『凡ての物の墓場への追放』に処す」
「私は反逆を起こそうなど思っていません!」
私はついに堪えられずにそう叫んでいました。静寂の中で私の声だけがやけに大きく聴こえます。
「誰も私の言うことに耳を貸してくれない!この国を愛し、国王を尊び敬い、国民を慕っています!なのに何故...!」
私の言葉は、けれども最後まで言われることはありませんでした。
体の右側に浮遊感。
腕と太ももの燃えるような感覚。
傾く視界。
受け身も取れず、処刑台に打ち付けられた私の目の前に、血に濡れた剣先が突き付けられます。
突然の流血沙汰に沸く民衆の声に混じり、剣の持ち主が私に語りかけます。
「虚言によって、民を誑かそうたってそうはいかない」
痛みによって、生理的な涙が溢れてきます。
滲んだ視界では曖昧な色彩しか認識できません。
しかし、聴こえてくる声から、私は私の腕と脚を斬った人が誰か、すぐに理解出来ました。
「クラン...? 何故...?」
クランは私の古くからの親友です。
親友です...。
親友のはず...でした......
「......」
クランは私の問いに何も答えず、遠ざかって行きます。
私は呆然としたまま、衛兵に左腕を引っ張られ魔方陣の中心へと乱暴に投げ出されます。
涙と出血により歪む視界は、もはや意味を為しません。
私は、そっと目を閉じました。
↻↻↻↻↻
...あれ?
...眩しい...朝日......?
...何が...誰が...どうして...
「あぁ...」
そうでした。すべて思い出しました。
目を開きます。
私は何かに寝かされているようで、柔らかな感触が背中に感じられます。
視界いっぱいの丸太の木々は、多分私がいる部屋の屋根だと思います。
まるで、今までの記憶はすべて夢だったかのようです。
「...でも、やっぱり、夢では無いのですね」
クランに斬られた腕と脚は存在しておらず、代わりに真っ白な包帯が巻かれていました。よって、私がクランに斬られた記憶は真実であるようです......ところで、
「誰が治療を...?」
「どう?」
「はひっ⁉」
とりあえずベットから降りようと思い、四苦八苦している私に声がかけられました。
(良かった。優しそうな声...)
声のする方へ視線を向けると、
「大丈夫?どこか痛むとこない?」
「あっ。大丈夫で...す......?」
優しい笑みを浮かべている、美しい女性がいました。
微かに目尻が上がりつつも、柔和な印象を与える金色の目。黒く艶やかな髪。服の下からでも分かる細くしなやかな四肢は、目や髪と相まっていたずら好きな黒猫を連想させます。
そして、彼女の頭には形の良い角が生え...。
つ...の?
「魔族‼」
私は意識を集中。すると私と魔族の間の空間に、青白い光を放つ二重の円が形成されます。
「古より我らと共にありける焔よ。我の呼び掛けに応じ、姿を現せ!アース!」
空中の円に手をかざし詠唱すると、円は融解するように解れ、まるで植物の蔦のような複雑な形を作ります。
これで、私がイメージをするだけで、この魔族ぐらいなら易々消し炭に出来ます。
私が今行ったのは“魔法”の行使です。
始めに、魔法の基礎となる“陣”を具現化。そして、詠唱とイメージ、魔力によって“陣”を変質させこの世の事象を書き換える。これらを総称して“魔法”と言っています。
魔法には属性があり、人によって得手不得手があります。私は、どの魔法もそこそこといった感じですが、魔力の消費が他の人よりもだいぶ多いです。
まぁ、魔力も他の人より多いので気にしたことは有りませんが。
余談ですが、昔の人属は魔法を使えなかったそうで、『魔族が使う外法』が縮まり、“魔法”と言う名称になったそうです。
今でも、魔法を使えない人属がいるそうです。
意識を剃らしてきましたが、そろそろ目の前の問題に方をつけるべきですね。
もしかすると、目の前の彼女が私を助けてくれたのかも知れません。
...いえ。魔族にそんな者は居ないでしょう。となれば、私はここでどのような扱いを受けるか分かりません。知りたくもありません。
なので、とりあえず優位に立ち、現状片腕片足の私に有利に話を進めれるように魔法を展開したのですが...。
「良かった。元気みたいやね~」
魔族は、可愛らしい笑みを浮かべて喜んでいました。
状況ににつかない無邪気とも言える笑みに、私は動揺しました。
魔法を向けられる事は、たとえ人族だとしても立派な敵対行為なのですが...。
「あっ。自己紹介がまだやったね。私の名前はクーラ。よろしくね」
「...私はキュース・フラ...。キュース・ユースと言います。ここは、どこでしょうか?」
地位を剥奪された私には『フラニケル』と名乗る資格はありません。
その事実を再確認すると共に、胸の内に虚無感が広がります。胸に沸き上がったきた感情に集中が途切れ、魔法が空気に融けるかのように掻き消えます。
魔法が消えても、目の前のクーラさん(?)は襲ってくることも有りません。
「ここは私の家だよ。ユーちゃんは久し振りのお客さんかな」
「ユーちゃん?」
「ユースだから、ユーちゃん。...駄目?」
「いえ。別に駄目と言うわけでは...」
「ならユーちゃん!よろしくね!」
そう言って差し出される彼女の手。
私は、反射的にその手を取っていました。
↻↻↻↻↻
『ちょっと待ってて!』
そう言って、クーラさんは壁へと走って行きました。何をするのだろうと思っていると、クーラさんは壁に頭から突っ込んで行きました。
そして、クーラさんは壁に飲み込まれる様に消えていきました。
部屋を静寂が満たします。
私はクーラさんの居なくなり静かになった部屋の中で、自分の手を見つめていました。
「...とても暖かったです」
クーラさんの手は、綺麗で、柔らかく、暖かかったです。
魔族だと始めは警戒していたのですが、人族と変わらず。いえ、むしろ人族と何ら違いは有りませんでした。
『魔族には気を付けろ。魔族は人族の敵だ。魔族と仲良くするなどもってのほかだ』
子供の頃から、ずっと大人に言われてきた事です。ですが、人族にも良い人族、悪い人族があるように、魔族にも良い魔族、悪い魔族がいるだけでは無いのでしょうか?
少なくとも、クーラさんからはそのような企みも悪意も感じられませんでした。
「......」
人族から罵られ、傷つけられ。
魔族から心配され、励まされ。
私は何を信じれば良いのでしょう?
脳裏によぎるのは、私の生まれ育った国のこと。
私は産まれた時から、フラニケル家の当主としてふさわしい様にと、様々な教育を受けさせられました。私もそれを当然のことだと思い、きっと死ぬまで私は国の外の世界を見ないだろうと思っていました。
今でも、国に戻りたいという気持ちが無いと言ったら嘘になります。
「......」
今でも国の王を、国民を慕っています。その事実は変わりません。
...ですが、彼らを憎んでない気持ちが無いと、言い切る事は出来ません。
↻↻↻↻↻
「ユーちゃん♪」
ベットの上で、上体を起こしながら考えにふけていると、目の前の丸太の壁が揺らぎクーラさんが現れました。
あの壁の向こうは、どこに続いているのでしょうか?
両手には小さな土製の器があり、お粥が湯気をたてていました。
「お腹空いてる?」
お粥からする少し甘い匂いに、私はお腹が空いていることを自覚しました。
「空いています」
「なら...。フゥ~、フゥ~。 どうぞ♪」
クーラさんはお粥を匙で掬い、冷ました後に私の口元に匙を近付けてきました。
「えっ、と。私一人で食べれますよ」
「駄目だよ!片腕だけじゃあ食べにくいって。火傷でもしたら大変だよ」
ちょっとした言い合いの後、言い負かされて結局クーラさんに手伝って貰いお粥を頂きました。
お粥は水の代わりに牛乳が使われており、具材には一度乾燥させて甘味を増した果物が散りばめられ、とても美味しかったです。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
↻↻↻↻↻
それからは、クーラさんと沢山の事を話しました。趣味はなにか、好きな・嫌いな食べ物はなにか等、まるで昔からの友達と話しているかの様で、あっという間に時間は過ぎていきました。
この家の事も教えてもらいました。
この家はクーラさんの家で、半分を生活空間に、もう半分を私を治療してくれた部屋に使っているそうです。
二つの部屋は、クーラさんが魔力を流さないと繋がらない様になっているそうです。
まるで金庫に使われる魔法のようです。
そんなに厳重にして、一体何をしているのでしょうか?
私がざっと見渡した限りでは、怪しいものなど無かったのですが...。
夕飯も、お粥をクーラさんが食べさせてくれました。
そして今、
−−チャポンッ
「ふぅ...」
お風呂に入っています。
「湯加減はどう?」
「ちょうど良い湯加減です」
「それは良かった」
...クーラさんと二人で。
時は少し遡ります。
『少し汗臭いですかね...。お風呂に入りたいです』
『お風呂?有るけど...一人で入れる?』
『...多分無理ですね。少なくとも左腕は洗えないかと』
『なら、一緒に入ろうか!』
と言う成り行きで、クーラさんと二人でお風呂に入っています。
クーラさんが先に体を洗っています。
私は先に湯に浸かっているのですが、クーラさんは惜しげもなくその裸体を見せつけています。
無駄な肉のついていない四肢に、控えめな胸。濡れて艶を増した髪から垣間見える整った顔は、女性でも息をのむ程神秘的で美しく感じます。
「......ユーちゃん?どうかした?」
「! い、いえ別に...」
『クーラさんの裸に見とれてました』なんて言えるわけ無いじゃないですか!
不思議そうな顔をするクーラさんの視線を感じつつ、私はよりいっそう浴槽に身を沈めました。
「ふっ、ふっ、ふっ。覚悟は良いかな~?」
「...お手柔らかに」
「まずは髪の毛からね」
クーラさんが体を洗った後は、私の番です。
椅子に座っている私の後ろには、両手に髪の毛を洗う透明な洗剤を手に垂らし、膝立ちになっているクーラさんがいます。
鏡の中のクーラさんはその両手を、私の頭へと持っていきます。
「......ん」
「~♪~~♪」
−−ワシャワシャワシャワシャ
お風呂場を、クーラさんの鼻歌と洗剤を泡立てる音が満たします。
他人に髪を洗ってもらう機会などまるで無かったのですが、自分の意志どうりにならない頭皮への刺激は気持ちよく、少しくすぐったく感じます。
「これぐらいでええ?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「じゃあ流すね~。目瞑ってね~」
少し名残惜しいと思いましたが、クーラさんに髪の毛をお湯で流してもらいます。
洗剤を流してもらい顔を上げると、鏡越しにクーラさんと目が合いました。
クーラさんはいたずらを考え付いた子供の様な、嬉しそうな顔をしています。
...嫌な予感。
「じゃあ次は体やね♪」
「えっ。あ、クーラさん!」
今まで死角に入っており見えなかったクーラさんの両手には青い洗剤が大量に垂らしてあり、クーラさんはその両手を私に押し付けてきました。
「うわっ!すべすべやな~。羨ましいわ~。これが年齢の差ってやつかなぁ~」
「ちょ!タオルを使って下さいよ!やめっ...」
「それにこの、けしからん胸!何食べたらこんなに実るんやろうなぁ...。少しぐらい分けてほしいわぁ~」
「あっ...。ちょっと!止め、て...」
クーラさんは洗剤まみれの手で私の体を洗って(?)きます。
私はクーラさんの手を防ごうと思うのですが、洗剤で手が滑り上手く防ぐ事が出来ません。
「何て言うの?柔肌と言うか、珠の肌と言うか...。 羨ましいわぁ~!」
「きゃあ!ちょ...やめっ...あっ、だめ」
「ほれほれ。ここか⁉ここがええんか‼」
「~~~~~~‼‼‼」
結局、クーラさんの魔の手を止めることが出来ず、
...体の隅から隅まで洗われました。
↻↻↻↻↻
「ごめんなさい」
「全くもう...」
お風呂からあがってクーラさんもやり過ぎと思ったのか、素直に謝ってきました。
「まぁ、今回は許してあげます」
「...ホントに?」
「ええ。なのでそんな暗い顔をしないで下さい」
「ありがとう!嫌われたらどうしようかと...!」
「こんな事でクーラさんを嫌う訳無いじゃないですか」
「ユーちゃん...。 (ふふっ。チョロい)」
「? 何か言いました?」
「いや、別に。何も言って無いよ?」
「そうですか...」
『こんなことでクーラさんを嫌う訳無いじゃないですか』
自分の無意識に発した言葉は、私自身を驚かせました。
クーラさんは今日初めて会った相手、しかも魔族です。
...信じていた人達から排斥され、心の拠り所を求めていたと言ったならそうかも知れません。
ですが、クーラさんは私が無礼な行為をしても嫌な顔をすることもなく、片腕片足の使えない私の手伝いすらしてくれました。
彼女は魔族として生まれましたが、本質は善だと私は思います。でなければ、あんな屈託の無い笑みを浮かべることなど出来ないと思います。
...それに私自身、『良い魔族』がいると信じていたいのです。
−−ギィィ~、バタン
考え事をしていると、この家の玄関から誰か入ってきました。
「お帰り~♪フェルちゃん」
「フェルちゃ...ん? ひぃぅ...」
そこには『悪魔』がいました。
闇夜に紛れ、体の輪郭は曖昧です。
ですが、細められた眼光は抜き身の刃物を思わせるかの如く鋭く、体のそこらじゅうから血を滴らせています。
切れ味の悪そうな刃物。殺傷よりも苦痛を与えるであろう剣を、手に握りしめています。
存在するだけで、他人を死に絶えさせ、地獄に引きずり込んでしまいそうな...
「きゅぅ...」
そこまで知覚した私は、あっさりと意識を手放しました。
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