異世界の異分子達

unknown

第一話

 私の名は、ヨシュア・ガンダーラ・フェルトと言う。

 元貴族だ。



 周りには私以外の生き物は見られない。

 足元には、瓦礫の山、刃の半ばで折れた剣、ひしゃげた王冠、何百年も前に滅んだとされる王国の旗など、過去の栄光の亡骸がそこらじゅうに足の踏み場も無い程散らばっている。

 ここはクローエル。人族の間では『凡ての物の墓場』の名称で呼ばれている。

 この場所は、かつて栄華を誇りこの世界の大部分を統一していたとも言われる王国の成れの果てだ。

 人族はともかく魔族もあまり近寄らないこの場所だが、しかし一方で良質な『素材』が見つかる事も多々ある。

 目で見て、手に取り、使えそうなものは背中の籠に入れていく。

 「...ん?」


 そんな過去の遺物の中で、少女が仰向けに倒れていた。

 簡素な白い服を染め上げる鮮烈な朱。夕焼け色の空よりも濃いその色は、微かに、でも確かな生の鼓動が見てとれる。

 少女は右腕と右脚を失っていた。

 壊れ、廃棄された人形を彷彿とさせる。

 傷口は少女の着ている服によって隠されているが、出血の度合いからして腕と脚が失われてから、あまり時間は経って無いように見える。

 「ふむ...」

 人族の処刑にクローエルへの追放というものがあるらしい。

 大方この少女も処刑され、ここにいるのだろう。

 土も水も空気すらも汚染されたこの地には、木はおろかまともな水も存在しない。

 何の準備も無くクローエルに訪れたなら、それは自殺行為に等しい。実際、私も行動に支障が出ない程度で、出来る最大限の準備をしてここにいる。

 このまま、見逃せば少女は呆気なく死んでしまうだろう。


 普通の魔族なら、人族がどんな状態だろうと手助けなどしないだろう。むしろ、その状況を楽しそうに傍観する者がいても不思議ではない。


 『人族を助けるなんて、お前は変わり者だ』


 過去に知人から言われた言葉を頭に思い浮かべながら、私は人族の少女の服を傷口の少し上辺りまで捲りあげた。

 上質な絹織物を彷彿とさせる珠のよう肌は、右側の腕と脚には存在しない。

 切り口は鋭利な刃物で切断されたかのごとく滑らかだ。

 「ほう...」

 つい、嘆息が漏れでる。

 この少女を斬った者は中々の腕利きだと思う。

 しかし、いくら切り口が綺麗だといっても腕は肩近くを、脚は太股半ばで斬られており、太い血管も少なからず損傷している。

 このままでは目を覚ます前に、出血多量で死んでしまうだろう。

 私は手荷物の中から幾つか端切れを出し、切断された箇所の少し上をきつく縛った。

 これでひとまずは大丈夫だろうが、このままで居るわけにもいかない。

 再び手荷物を漁り、今度は表面に薄く緻密な模様の彫られた青色の水晶を取り出す。

 左手でしっかりと握り、右腕を少女の胴に通し、抱き抱えながら唱える。

 「ユーアリアへ」

 途端に、視界が青白く染められ急激な浮遊感に襲われた。

 視界一杯の青白い光がおさまると、クローエルとはうって変わって豊かな自然溢れる場所にいた。

 足元には足首にかかるぐらいの草が一面に生えており、辺りは背の高い山々に囲まれている。

 そんな土地の真ん中にポツンと山小屋が建っていた。

 私は少女を抱えたまま山小屋へと近付いた。

 今日用事が有るのはこの小屋の住人だ。

 −−コンッコンッ

 「あい」

 ドアをノックすると、軽い音と軽い声が返って来た。

 「誰?」

 「私だ」

 「いや、誰よ?」

 目の前でドアが少し開く。

 ドアの隙間から、角と目がひょっこりと出てくる。

 「久しぶりだな、クーラ」

 そう言うと、この家の主は嬉しそうに微笑み、ドアを開いてくれた。

 闇夜を連想させるような黒髪に、イタズラっ子の様なつり目。肉付きの薄い体は乱暴に扱うと折れてしまいそうな程華奢だ。

 彼女の名はクーラ。

 彼女は魔族のサキュバス種と言われる種族だ。

 サキュバスは他者の魂を食み、自らの糧とする。

 サキュバス自身あまり好戦的な種族では無いため、他者の命を奪うことは少なく、分泌液に含まれる魂を主に食す。

 そして、サキュバスは支援的な魔術の扱いに長けている。

 「なんだフェルちゃんか。お入り」

 

 彼女に言われた通りに小屋の中へと入った。

 小屋の中は仕切りが無く一つの大きな部屋があるが、この小屋の 外見よりもだいぶ狭く見える。

 彼女はそんな部屋を脇目もふらず通り過ぎ、小屋の壁面へと近付いていく。

 「んで、今日は何の用事~?」

 「彼女の腕と脚を元に戻せないか?」

 「...彼女?」

 クーラは私の方に振り返り、私の右腕に抱えられた少女を見て目を丸くした。

 「うわ~!これは酷い。この痕は...ギロチンかな?」

 傷口を見ながらクーラがそう呟く。

 「何で斬られたかは後回しだ。簡易的な止血はしたから、治療を頼む」

 「へいへい。じゃあ、治療室へご案な~い」

 部屋の壁面に右手を掲げ、クーラがそう嘯く。

 途端に、クーラの掌が月の光を連想させるような乳白色の光に包まれる。

 木で出来ていた壁面が水滴の落ちた水面の如く揺らぎ、融けるかの様に消えていった。

 今まで壁が存在していた場所には揺らぐ水面の様な薄く透き通る膜がある。

 その膜の向こう側は凹凸の無い白い壁面に四方を囲まれ、病院などに置いてあるような白いベットが二つ置かれている。

 一方は目一杯広げられたシーツが盛り上がっており、顔や性別は分からないが誰かがベットに寝かされている事が分かる。

 ベットのすぐ近くの棚の上には、薬草や鉱石等がところ狭しと並べられている。

 クーラが歩きだす。

 私はクーラの後を追いかけるように歩を進めた。

 

 彼女は山小屋の空間の半分を居住空間として使い、もう半分をこの様に実験に使えるようにしているらしい。

 クーラは何の実験かは教えてくれないが、こうした設備から鑑みるに医療や治療関係だと思われる。

 「じゃあ、その子をベットに寝かせて」

 「分かった」

 出来るだけ慎重に、けれども迅速に少女をベットへと寝かせる。

 「それじゃ、向こうに行ってて」

 「分かった」

 私の役目はここまでだ。

 私はクーラの言う通りの仕事を行う。クーラはその見返りに治療を行ってくれる。

 私とクーラは初めて会った時からそんな関係だ。

 元の木造の建物に戻ると、先程まで治療室が見えていた場所には丸太造りの壁面があった。

 「これで大丈夫だろう」

 クーラの治療の腕は確かだ。それは身をもって体感している。

 私は手頃な場所にあった木製の椅子を引き寄せ腰掛ける。

 私は少女の治療が終わるまで、そうして待つことにした。


↻↻↻↻↻


 「ふい~。疲れたぁ~」

 壁掛け時計の短針が2周程回った頃。

 木で出来た壁が沸き立つ様に揺らめき、盛り上がる。

 少女の治療が終わったらしく、そこからクーラが伸びをしながら出てくる。

 「どうだ?」

 「第一声がそれかぁ~。私頑張ったのになぁ~~」

 「...治療ありがとう。クーラにしか頼めない用件だったから、とても感謝している」

 「なら、ちょっと栄養補給させて」

 そう言って、クーラは椅子に座っている私の膝の上に、向かい合うようにして座る。

 私は顔を右に向け、目を閉じる。

 クーラは腕を私の首にかけ、そのまま私にしなだれかかってくる。

 首筋を温かい吐息が撫でていく。

 

 「それじゃあ、頂きます」

 首筋に微かな痛みが走り、生暖かい舌がその上を何度もなぞる。

 歯によって傷つけられた皮膚に滲む血を、クーラは一心不乱に舐めとっていく。

 −−ピチャッ ズズッ

 静かな空間に響く音は、どこか官能的で背徳的だ。

 

 私はならべくクーラへの意識を逸らすために、別の事を考える事にした。

 そもそもクーラがこの様な事をしている理由、それはサキュバスの生態に関係している。


 他者の魂を食べる。

 そもそも魂とは何なのか、現時点ではよく分かっていない。

 だが、この世に存在するほとんどの物に宿っているとされるもの。それが魂だといわれている。

 動物や植物、水やそこら辺の石ころでさえも魂と呼ばれるものを持っている。

 ここで重要になってくるのは、魂はどんなものにでも存在することだ。

 言うなればサキュバスはどんなものからでも食事をすることが出来るのだ。

 しかし、魂の摂取とはそう簡単にもいかないらしい。


 まず、無機物は基本的に魂の総量が少ない。

 そこら辺の石ころや木で一日を過ごす為の魂を摂取しようとするなら、半日はずっと食べ続ける必要があるという。

 後、とても不味い(クーラ談)らしい。

 無機物が駄目なら有機物と思うのだが、残念ながら植物も(無機物と比べると多いが)含んでいる魂は少ないらしい。


 となれば、残るは生物だ。

 生物ともなれば、サキュバスは平均的な人族の男性の魂を搾り尽くすにより、半月は生活出来るらしい。

 だが、生物にとって魂が無くなる事は死と同義だ。

 かなり前に、とある国の住人が一夜にして魂を抜かれる事件が起きたのだが...まぁ、その話はいつかの機会に。

 魂の抜かれた生物は、動かなくなる。

 呼吸をし、血が体内を廻り、体が栄養を欲する。だが、自らの意思で動き出すことは決して無い。

 既存の蘇生法では蘇生させることも出来ず、ただそこに有る事しか出来ない。

 正に、とでも言うべきか。

 もし、サキュバスが生物の魂を搾り取って生活していたなら、今頃は至る所にそんな死体があっただろう。

 しかし、そんなことをしていれば、危機を感じた他種族にサキュバスが滅ぼされるか、他種族が搾り尽くされサキュバスの食べるものがなくなるか。

 どちらにせよ、そのままだとサキュバスは滅びる運命にあった。

 そこで、サキュバスは種族内である決まりを決めた。

 ❬対象の命を脅かす程の魂の搾取を禁じる❭


 「...ぷはぁ、美味しかった。ありがとね」

 どのぐらいの時間が経っただろうか。

 貧血によって軽いめまいを感じ始めた位に、クーラの食事は終わった。

 「それにしても、今日はいつもより量が多くないか?」

 「いやぁ、ごめんごめん。久しぶりな新鮮な魂だったから。フェルちゃんは大丈夫なの?」

 「大丈夫だ。体が丈夫な位しか取り柄が無いからな」

 「なら...もうちょっと吸ってもいいよね?チラリ」

 「...丈夫と言っても限度はある。後、声に出してチラリと言うのは...」

 「えぇ~...(*´・ω・)」

 残念そうなクーラだが、流石にこれ以上は私の体が持たない。

 私は脚の上に乗っているクーラの脇に手を入れ、床の上へと降ろした。


 さっきの話の続きだが、魂は枯渇さえしなければ自然に治癒する。

 ここで、話は変わるが『血』という物について少し考えてみて欲しい。

 血と言われて皆は何を思い浮かべるだろうか。

 生きるために必要不可欠、栄養や酸素を身体中に巡らせる......、そして、『生物の体内を循環している』。

 その事実は、血が生物を構成している要素の一つであり、また、血が生物の一部であるという証明であるとも言える...はずだ。

 クーラからの受け売りなので詳しくは分からないが、要するに血にはかなり多くの魂が含まれているらしい。

 そして大抵の生き物は、血が少しばかり無くなっても死ぬこともない。

 血も、血に含まれる魂も時間が経てば回復する。

 よって、クーラ達サキュバス族は労働力の見返りとして、血を求めるようになった。

 ...余談だが、基本的に生物を構成している物は魂が多い。

 なので、まぁ、生殖器から出るものにも多く魂が含まれており、その...なんだ。

 水商売をいたしているサキュバスも、少なくは無いらしい。

 なのでサキュバスを総称して『淫魔』と呼んだりする地域もある。

 まぁ、クーラを見ているとサキュバスの全員が全員そういう訳でないと思うが。

 「さて、あの娘が目覚めるまでしばらく時間かかりそうだけど、...泊まってく?」

 「ああ。そうさせて貰うことにしよう」




 [こうして、物語は始まった]

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