2.お兄様にお伺い致しますわ!

「姫様、大きな声ではしたないですよ」


 ピシリと注意を促して来たのはわたくしの侍女、セリサでした。

 彼女はわたくしより七つ年上の14歳。家は子爵家で、行儀見習いとして三年前に城へ上がったそうです。わたくしつきになったのは二年前なのですが、当時から年齢に似合わず落ち着いていて、そして誰に対しても例外なく遠慮を見せない態度にも変化はありません。

 わたくしの機嫌を伺ってばかりの侍女に少々嫌気がさしていた当時のわたくしは、そんなセリサを気に入って、以来一番の信頼を置いていると言っても過言ではないのです。


「セリサ、お兄様が今どちらにいらっしゃるのか知らないかしら!?」

「リルヴィ殿下でしたら、本日はご学友の方々と遠乗りへ出かけていらっしゃると仰ってましたよ、姫様が」

「…あら? …そうでしたわね、お兄様は乗馬も得意ですから昨日から楽しみにされてましたわ! でもセリサ、わたくしが聞きたかったのはね、そういう意味ではなくてまだお帰りにならないのかしらってことなのよ?」

「申し訳ございません、姫様。私、朝から片時も姫様のお傍から離れておりませんので、殿下がお戻りになられたかは分かりかねます」


 無表情のままわたくしの質問に答えてくれるセリサの言葉はとても丁寧です。

 丁寧、なのですが。


「セリサ」

「はい、姫様」

「率直にどうぞ仰って?」

「私がリルヴィ殿下のお戻りを知っていたらおかしいですよね。姫様ってばお馬鹿な冗談はよして下さいませ」

「……」

「……」


 セリサはこういう人です。ええ、知っておりますよ。二年の付き合いになりますからね!


「……お兄様を捜しに行きます」


 少々項垂れてしまうのは見逃して下さいな。

 お兄様に会えば、すぐ浮上致しますから…。



 お兄様を捜して広い城内を歩き回るのは非効率です。

 そこでわたくしはセリサを引き連れて、真っ先に厩舎へ向かいました。


「ごきげんよう、クギー」

「おや姫様。ディリカに会いにいらしたんです?」


 厩舎の入口で見つけた人影に声をかけると、彼は笑顔と一緒に返事をくれます。

 少し小柄なクギーは、馬に限らず動物が大好きな方です。元々は騎士として城に上がったそうなのですが、騎士の仕事より馬のお世話の方が自分に合っていると気付いて転身したのだそう。元騎士なのですからもう少し体格はがっしりしていても不思議ではないのですが、クギーは出会った時から筋肉とは無縁に見えるひょろりとした体つきをしています。本当に不思議です。


 そして彼の言うディリカというのは、わたくしの愛馬の名前ですの。月毛の雌馬で大人しくてとてもいい子なんですのよ。ただ人見知りをする臆病なところもありますから、接する時に注意が必要なこともあります。

 わたくしはディリカと相性がとてもよかったみたいで、初めから避けられることなく体を撫でさせて貰えました。ふふっ、これはわたくしの自慢なのです!


 姫様、大人しい馬にまで侮られてるんじゃありませんか? なんて言っていたセリサの言葉なんて忘れました! 自慢といったら自慢ですのよっ。ディリカとは仲良しなんですからね! 本当ですよっ!


「ディリカにも会いたいのですが、今はお兄様を捜しているんです。クギー、お兄様は遠乗りから戻られましたか?」

「ああ、リルヴィ殿下でしたら先程クレスヴァーを置いて、城へ戻られましたよ」

「そうなの! ありがとう、また今度ディリカに会いに来るわ。それまであの子のことよろしくね!」

「はい、お任せ下さい。──ああ、姫様! 慌てて転ばないで下さいよ!」


 お兄様の情報を早くも手に入れ、わたくしは挨拶もそこそこに手を振りながらクギーと別れます。


 それにしても、彼も少しわたくしに対して失礼ではないかしら? わたくし、慌てて転ぶなんてことしませんわ。もう7歳になりますのよ。転んだ時からもうすぐ一つ年をとるのです。わたくし、きちんと成長してますわ!

 いえ、でもわたくしを心配してあのような言葉をかけてくれたのですから、ここは目を瞑りましょう。…ふふ、なんて。最初から怒っていませんわ。


「お兄様、戻ってらっしゃるみたい!」

「ええ、そのようですね」

「ということは、きっと汗を流されるはずよね! 湯殿に向かわれたのかしら?」

「姫様、まさかとは思いますが行きませんよね? 待ち伏せもしませんよね?」

「……セリサ、あなたわたくしを何だと思っているの?」

お馬鹿なかわいい姫様しゅじんですよ」


 珍しくにっこりと微笑むセリサです。

 可愛い主人。…さて、これは言葉通りに受け止めていいのでしょうか? どうにも素直に受け取るとわたくしがバカを見るような気がしてなりません。気のせいですか?


 お兄様の元へ急いでいる足を止めて、ついセリサの顔をジッと見つめますが彼女の笑顔は変わりません。…珍しい笑顔だからこそ胡散くさ……、いえ。いいえ、ここは信じるというのも大事ですよね。


「…本当にそう思ってますの?」

「もちろんです。わたくしはこれからも先も変わらず姫様にお仕えしたく思っておりますよ」

「…そう。ありがとう、わたくしもセリサがいてくれるととても嬉しいわ」


 例えこの場限りの言葉だとしても、セリサの言葉が嬉しかったので信じることに致しましょう。


 行儀見習いとしてここにいるセリサはもうじき成人を迎えます。彼女は子爵家のご令嬢ですから、いつまでもわたくしの傍にはいられないでしょう。

 この国の女性は成人した15歳から22歳ほどが結婚適齢期と言われているのです。そして貴族に産まれた女性は十代のうちに嫁ぐのが通例となっています。セリサも当然例外ではありません。…わたくしの侍女をしていたからと、行き遅れの理由にされたくもありませんし。


「お兄様のお部屋へ行きますわ」

「畏まりました」


 行き先を告げて、わたくしはまた急ぎ足で歩き出します。


 淑女は滅多なことがない限り走ってはならないのです。ドレスの裾を翻さないよう、優雅に、気品よく歩くことを礼儀作法の先生から何度も教えられましたの。忘れてなどいませんわ。


 けれど今は急いでおりますのよ。湯浴みを終えたお兄様が自室に戻られたその後、お部屋に留まられるとは限らないのですもの。

 少々裾が乱れてしまいますが、ごめんあそばせ?



「ごきげんよう、リルヴィお兄様」


 湯浴みから戻られたお兄様をお部屋で待っていたわたくしを見て、お兄様は一瞬キョトンとしたお顔をなさったけれど次の瞬間には甘い笑顔でわたくしを歓迎して下さいました。

 さすがですお兄様、その笑顔一つでわたくしの胸はキュンキュンします。幸せです!


「ヴィヴィに出迎えて貰えるなんて思ってなかったよ。何かあったの?」

「お兄様にお聞きしたいことがありますの」

「聞きたいこと? 何かな、僕に答えられる?」

「もちろんです。お兄様にしか答えられないことですのでお待ちしてましたの! ですがその前に、先触れも出さず無断でお部屋でお待ちしましたこと、謝罪致します。ごめんなさい」


 礼儀作法の先生からは簡単に頭を下げてはいけないと教えられていますが、わたくし、その理由を未だに納得できておりません。


 先生が仰るには「王族は国の象徴であり、王族の考えが国を作っています。頭を下げるということは、間違いを認め謝罪するということです。しかし王族が間違っていたということは即ち、今日の国の在り方が間違っていると告げているようなもの。それは余計な火種を撒いてしまいます。ですから簡単に頭を下げてはなりませんよ」ということらしいのですが…。


 確かにこのクォーリスティリアは「王国」と名乗っていますし、政の最終決定は国王に委ねられています。国王がいなければこの国は成り立ちません。…いえ、実際にはたくさんの臣が日々話し合い、政策を立てておりますから国の運営自体はどうにでもなるのだと思いますが。


 国に欠かせない人が謝罪する。それは民にとっては衝撃的なのかもしれません。


 けれどやはりわたくしは思うのです。悪いことをしたら謝るべきだと。

 国の形や外交の関係上謝罪できないこともあるでしょう。それは仕方のないことだと割り切れますが、それと個人的な謝罪が同じだとは思えません。


 …と、納得できません分かりませんと先生に反論致しましたところ「王族の権威を守るためでもあるのですよ」と言われました。権威が大切なことはわたくしにも分かります。それがなければ人々を導くことに支障を来たすこともあるでしょうから。


 その点については納得しました。ですので先生には分かりましたとお伝えしたのですけれど。

 権威以外のことについては全く納得などできていません。いえ、実のところ謝るべき側が謝らないのは逆に権威──というか信頼ですわね──を落としそうだと思うのですが、どうなのでしょうか。


 そんなふうにいろいろと考えてしまうわたくしは理解できているのかいないのか、自分でもよく分かっていないというのが事実でしょうか。


 恐らくこの話に関してはわたくし、一生をかけても納得できないのだと思います。悪いと思うなら謝る。それが人として当然ですのよ。違うと言われても、わたくしにはそれが当たり前の常識なのです。


 大体、人々を導く王族が悪いことをして謝らないなんて変な話じゃないですか。国は法によって罪を犯した人を罰するのです。それを当然の形に定め、子どもたちにも謝罪は大切なことなのだと教えていくのに、王族は頭を下げてはいけないと教えられるのですよ。おかしいですよ。理解不能です! ──…あら、わたくしやっぱり理解できていないようですわ。先程自分でも分からないと言ってしまいましたがこれではっきり致しましたわね!


 閑話休題。

 わたくしが頭を下げるとお兄様は小さく笑って、わたくしより少し大きな頭で撫でて下さいます。


「気にしないで。ヴィヴィならいつだって部屋に来ていいんだよ」


 お兄様もわたくしと同じように、いいえ、もっと厳しく謝罪してはならないのだと教えられているはずです。それなのにお兄様はいつだってわたくしの「ごめんなさい」をこうして受け入れて下さいます。

 本当にお兄様は優しくて、素晴らしい方です。大好きです!


「ありがとうございます、お兄様」

「うん。それで、ヴィヴィは何を知りたいのかな?」

「はい! わたくし、つい先程大切なことを聞き忘れていたことに気が付きましたの。お兄様、お兄様はどんな女性を好まれるのでしょうか?」

「…………うん?」


 あら。わたくし、何か尋ね方を間違えましたかしら? そんなに分かりにくくお聞きしたつもりはないのですが、お兄様の麗しいお顔が少し傾いていらっしゃいます。



「お兄様はどのような見た目と性格の女性がお好きですか?」


 ならば、と分かりやすく尋ね直してみると、お兄様のお顔が真っ直ぐに戻りました。よかったです、きちんと伝わったみたいですよ。


「…ヴィヴィ?」

「はいっ」

「まず、どうしてそんなことを知りたくなったのか、僕に教えてくれるかな?」


 優しい微笑みと共にお願いされました。

 滅多にないお兄様からのお願いです! これは張り切ってご説明しなければなりません!


「お兄様の婚約者の候補に、ロサリーザ様とリリア様が筆頭として挙げられていますでしょう? けれどわたくし、お兄様にはもっと相応しい方がいらっしゃるのではないかと思いますの。少し前から良い方がいらっしゃらないか探しているのですがなかなか見つからず、もしやお茶会にまだ招待されていない方がいるのかもしれないと気付きましたの。──それで、次回のお茶会の招待客を見直そうと思うのですが、わたくしそもそも、お兄様が好まれる女性がどのような方なのか知りませんでした。お兄様の婚約者になられる方ですもの。お兄様の意思を無視するわけには参りませんわ。ですから、教えて下さいませ。お兄様はどのような方がお好きですか?」


 一部話せないことがありますので、そこだけは切り取らせて頂いてお話したところ、お兄様はゆったりとソファーへ凭れかかりため息のような吐息を零しました。

 その表情が何やら少し愁いを帯びていて、色気のようなものが見え隠れしているような…? お兄様…! そのような、わたくしをドキドキさせてしまうお顔をお見せにならないで下さいな! わたくしの、わたくしの息が止まってしまいますわ!


「──ヴィヴィ?」

「は、はいっ」

「ヴィヴィが僕のことをとてもよく考えてくれているのはよく分かったよ。ありがとう」

「い、いいえ! 当たり前ですのよ、わたくしお兄様の妹ですものっ。お兄様にはいつも笑っていてほしいのです!」

「うん、そう願ってくれるヴィヴィだから僕も正直に話すよ。ただし、今から話すことは他言無用だ。いいね?」

「もちろんです! セリサも約束ですわよ!」


 このお部屋にはお兄様とわたくしの他に、セリサとお兄様の侍女であるイルミアがいます。お兄様を主人としているイルミアは確認せずとも誰にも話さないでしょう。セリサだってわざわざこうして告げなくとも分かっているはずですが、お兄様との約束に万が一のことがあってはなりません。

 十二分に注意することは大切なのです。お兄様に嫌われるようなことはできませんのよ!


「僕はロサリーザ嬢もリリア嬢も選ぶつもりはないんだ。理由はいろいろあるんだけど一番の大きな理由は、二人とも僕と一緒に大切なものを守ってくれそうにないから、だね」

「大切なのもの、ですか? …そうですわよね、陰口を言うようで嫌なのですけれどお二方とも嫉妬深い方々だと思いますの。お兄様に笑いかけられたという理由だけで、お友達と一緒になって囲ったりなさって…。下位貴族のご令嬢に対してでさえそうなのですもの。今のままでは大切な民を思いやる姿なんて、とても想像ができませんわ…」

「ああ、うん、まぁそれもあるにはあるんだけど。…ああ、いいや。そういうことにしておこう」

「お兄様? あら、わたくし何か見当違いでもしまして?」

「ううん、いいんだよ。気にしないで」


 にこにこと笑いながら首を左右に振るお兄様。その笑顔にキュンとします。素敵です。


「そういうことだから、ヴィヴィは何も心配しなくていいんだ。僕はあの二人だけは絶対に選ばないからね」


 ヴィヴィに間違ってもお義姉様なんて呼ばせることにはならないから安心して、とお兄様が告げた瞬間のことでした。


「──…っ、は、はい…」


 背筋にゾクッとしたものが走ったような気がしたのです。ちらりと視線が背後を確認してしまいましたが、もちろんそこには誰もいません。セリサとイルミアは今、ドア付近の壁際で並んで待機中ですし。

 …でも先程の寒気は何だったのでしょう?


「それでね、ヴィヴィの質問の答えなんだけど」


 お兄様の声にハッと意識を戻します。これから先は一音だって聞き漏らせませんよ!

 ジッとお兄様を見つめて耳を傾けると、何故かお兄様は苦笑を零されました。…わたくしの様子はそれほど呆れるものでしょうか? お兄様のことをただただ知りたいだけなのに! あ、違うんです。違うんですのよ? お兄様の幸せのためですの。決して、わたくしの興味だけで尋ねているわけではないのですよ…?


「僕は結構偏食だと思うんだ」

「…へんしょく?」


 偏食、とは…好き嫌いの偏食のことですわよね? あら? わたくし、お食事のお話はしておりませんのよ。因みに、お兄様は甘いものを好まれます。逆に辛いものは少し苦手なようですわ…って今はこのお話は関係ありませんわね。


「あー、少し変わってるって言いたかったんだ。好きな食べ物の話じゃないよ」

「あ、はい。分かりました…。ではお兄様が好まれる変わった方とはどのようなお方ですの?」

「…賢いことは賢いけど、抜けてるというか天然というか」


 お兄様がそう言った時のことでした。今まで空気のように控えていた侍女の二人がいる方角から何かが聞こえて来て、反射的にそちらに視線を向けてしまいます。お兄様の言葉に集中しようと決めたそばからこうだなんて、わたくし、集中力に欠けていますわね。反省です。


 それはさておき、視線の先では相変わらずセリサもイルミアも真っ直ぐ前を向いて控えています。表情も安定の無表情です。物音を立てるようなものも見当たりません。…気のせいでしょうか。

 首を傾げつつも、わたくしは姿勢を正します。今度こそ集中ですよ!


「一応物事を深く考えているようだけどちょっと外れた答えを導きだしたり、逆に突拍子もなく予想外な言動をしたり」

「……っ」

「っ…」

「素直で可愛いんだけど、素直過ぎて時々いたずらしたくなったり」

「ふっ…」

「はっ…」

「真っ直ぐ一途に見つめて僕を信頼してくれる、少しぐらいお馬鹿な子──が僕の好みかな?」

「あっはははは、ダメ、もうダメー!」

「ちょっ、イルミアさんっ、止めて下さいって! 釣られるじゃないですかーっ」


 …何故でしょうか。せっかくお兄様の好みの女性がどんな方なのか情報を得られたというのに。


 台無しです、台無しですよっ、セリサ、イルミア! 何なんですか、どうして今まで空気だった二人が大笑いしてるんですっ!

 これでは知らなかったお兄様の一面を新たに知ることができた喜びを噛みしめられないではないですか!


「リルヴィ様、誰もがこっそり思ってることをそんなにはっきり言わないで下さいよぉ」

「そうですよ殿下。もう的確過ぎて、お腹痛いです」

「うん? でも知りたがったのはヴィヴィだよ? 僕は正直に話しただけだからね」

「正直すぎますって。こう言う時は「素直で可愛くて一途な、少し天然かもしれない子」で十分ですよ」

「イルミア、それは僕の好みの子とはちょっと違うよ。賢いけどいたずらしがいのあるお馬鹿な子が好きなんだから」

「ぶっ…あははははっ、やめて、止めて下さいー!」


 …どうしましょう。何だかわたくしを除く三人が一緒に楽しんでいる空気ですよ。わたくし、これまで空気はきちんと読める人間だと自負して参りましたが、間違っていたのでしょうか。今、この場の空気が読めません。

 状況が全く分からないのです、どうしてですか…? 助けて下さいませ。わたくし、わたくしも仲間に入れてほしいですわ!!

 けれどここで「わたくしも入れて下さいませ!」とは言えません。いえ、それを言ってしまうとよく分かりませんが余計に笑い声が大きくなるような気がしてならないのです。

 結果、わたくしはこの状況の中一人途方にくれるしかありませんでした。


「…お兄様」

「ヴィヴィの質問には答えたけど、満足できたかな?」

「……何やら釈然としませんが。もう一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「うん、どうぞ?」

「お兄様の好みの方というのはとても具体的だと思いました。…もしかしてもうお兄様の心にはどなたかいらっしゃるのではありませんか?」

「ははっ、どうかな。当たってるけど正解でもないってところだね」

「どういう意味でしょう?」

「うーん…。…僕とヴィヴィは同じ。それが答え、かな?」


 お兄様の答えを聞いてもわたくしにはよく分かりません。

 お兄様に好きな方がいらっしゃるのだとすれば、わたくしはどうしたらいいのでしょう。余計なことをして火種を撒くのは嫌ですのよ。だからこそはっきりさせたいと思いましたのに、言葉遊びのような答えしか下さらないのでは立ち往生しかできなくなってしまうではありませんか。


「ヴィヴィ、そう難しく考えることなんてないんだよ?」

「お兄様…」

「僕は僕自身がいずれ婚約者を見つける。父上も母上も無理に今決める必要はないと言って下さったんだ。だから僕は今まで通り、ヴィヴィが傍にいてくれるだけでいいんだよ」

「今まで通り…ですか? お茶会でも?」

「そう。ロサリーザ嬢とリリア嬢はある意味僕の役に立ってくれてるんだ。二人のおかげで他の令嬢は無理に近寄って来ないからね。…ヴィヴィがやきもち妬きっぱなしになってしまうけど、一二時間のことだから許して? お茶会の後はもちろん一緒に過ごそう」


 ね? と微笑まれた瞬間、わたくしの頭は沸騰致しました。お兄様、お兄様お兄様っ、わたくしが妬いていたのご存知だったのですねっ!!? ぅひゃぁあああ、恥ずかしい、恥ずかしいですよ! お兄様への愛着心が異様だと自他共に知れ渡っておりますが、ご本人から告げられると恥ずかしさ倍増ですのよ!!


「…ご、ごめんなさい、お兄様。わたくし、ただの妹なのに…」

「そんな悲しいこと言わないで。ヴィヴィは僕の大事な妹だ」

「でも、わたくし…お兄様なのに、嫉妬してますのよ。普通じゃありませんわ」

「──それなら、僕を嫌いになってみる?」


 そう言われた瞬間、心がヒヤリとしました。


 大好きなお兄様を嫌いになる。それはどんなに努力してもわたくしには不可能だと分かっていますのに、心の底から絶対に嫌だと叫び声が上がりました。目には薄らと涙まで浮かんでしまいます。


「嫌、です。いや…っ、わたくし、お兄様を嫌いになんてなれません! 好きです! ずっとずっと大好きですわっ!!」

「僕もヴィヴィが好きだよ。普通じゃなくてもいいんだ。ヴィヴィが僕を好きで、僕がヴィヴィを好きで。ただそれだけのことだよ、何も問題なんてない」

「はい、お兄様!」


 温かい微笑みと一緒に、わたくしの気持ちを受け入れて下さったお兄様は最高のお兄様です。ますます好きになりました!

 今日はなんて素敵な日なのでしょう。

 お兄様のお好きな方がどのような方なのか知ることが出来ましたし──あら、そういえば微妙に話を逸らされたような気が致します? いえ、きっと気のせいでしょうね。お兄様は今まで通りでいいのだと仰いましたもの──、わたくしはこれからもお兄様のお傍にいていいようですし。


 幸せです。とっても、とぉーっても幸せです!



「イルミアさん。この兄妹の会話聞いてると、私イケナイ想像してしまうんですがどうしましょう」

「セリサ、大丈夫。あんただけじゃないから」

「というか姫様も大概ですけど、殿下もですよね。大丈夫ですか、この兄妹」

「平気平気。相思相愛であっても家族愛拗らせちゃってるだけだから。どっちかが国を出ることになると大変かもしれないけど、姫様も多分ここに留まることになりそうだし」

「え、そうなんですか? いろんな噂がありますよね。グレス公爵家嫡男との婚約だとか、そうじゃなくて相手は二の大陸の王子だとか。中には笑えない噂も耳にしましたよ、私」

「──王太子妃にってやつでしょ」

「………王太子殿下はどうなんです?」

「姫様はともかく、リヴィク様は従兄妹だって知ってるわけだしね。少なからず意識してらっしゃるように見えたわ。ま、女として見てるわけじゃなくて、今のところ姫様の落ち着きのなさにハラハラされてるだけのようだけれど」

「流石に17の男が7歳の幼女にムラムラしちゃまずいですし、今はその程度でよかった…ということにしておけばいいのでしょうか」

「そうね。問題はもう少し先よ。姫様ってばいまいち自分の容姿に対して自覚がないし、あと4、5年もすれば体つきも女になってくるわ。姫様が15になられるまでリヴィク様が待てるかしらねぇ? ──そういえばセリサはどうするのよ。もうすぐ15でしょう?」

「私ですか? 15になったら幼馴染みと結婚することになってますが、彼も同い年なんですよ。暫くは跡継ぎのことも考えなくてよさそうなので、姫様の侍女を続ける予定です」

「…それ、姫様に話していないでしょ? この間姫様、リルヴィ様に相談されてたわよ。セリサが行き遅れになるのは嫌だけど、別れるのも嫌なの、どうしようって。……あんた、姫様の不安に気付いてたわね?」

「ふふっ、可愛いですよね、私の主人。笑顔も困り顔も拗ね顔も不安顔も怒った顔も、どれも可愛いなんて最強だと思います。それにあのお間抜けさですよ。滅多にいないと思いません?」

「…リルヴィ様と姫様に負けないくらいあんたも大概じゃない」

「女はいつだって可愛いものが大好きなんですよ。イルミアさんだって姫様のこと好きでしょう?」

「………否定しないけど、私はあんたほど性格悪くないわよ? 姫様のあの笑顔が好きなの。ずっと笑っててほしいくらい。…それなのにあんたもリルヴィ様も、どうして困らせたり泣かせようとするのかしら。私には分からないわ…」

「気になる子にちょっかいを出すのは、そう珍しいことでもないと思いますけど」

「ねぇ、それ思春期の少年だよね?」



Fin.

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