ブラコン王女はお兄様の好みを知る
志希
1.お時間を少し下さいませ
皆さま、初めまして。
わたくしは一の大陸クォーリスティリア王国の第一王女、ヴィヴィ・エフィー・クォーリスティリアと申します。以後お見知りおきを。
さて、早速ではありますが少々お時間を頂きまして、わたくしのお話を聞いて下さいませ。
わたくしにはお二人のお兄様がいらっしゃいます。
第一王子であり、王太子でもあられるリヴィクお兄様はわたくしより十も年上です。ですから、というと言い訳のように聞こえてしまうかもしれませんが、わたくしにとってリヴィクお兄様は少々近寄り難いお方です。
言葉を交わすこともそれほど多くありませんので、リヴィクお兄様について知っていることといえば、リルヴィお兄様より多少背が高くて、リルヴィお兄様より少しだけ博識で、リルヴィお兄様と同じくらい努力家でいらっしゃって…。あとはお父様とよく似た黒の髪と同色の目の色をしてらっしゃる方ということぐらいでしょうか。
口数はそれほど多い方ではありませんわね。かと言って極端に無口というわけでもありませんし、言葉を交わせば優しい方だと分かります。
そして紹介もしないうちに何度か口走ってしまいましたが、リルヴィお兄様がわたくしの二人目の兄でこの国の第二王子です。
リルヴィお兄様はわたくしとは二つお年が違います。お母様とよく似た金の髪と、優しい緑の目はまるで宝石のように美しいのです。
背はわたくしよりずっと高くて、日々課せられる勉学も剣の稽古や乗馬、ダンスの練習も欠かさず励まれています。あれほど体を鍛えていらっしゃいますから背だってもっともっと高くなられますわよ! 将来はリヴィクお兄様を越えられるはずですわ! 身長だけの話ではありませんのよ? リルヴィお兄様は知能だって高いのです!
そんなお兄様は忙しい合間を縫って、わたくしのことをいつも気にかけてくださるんですのよ。もっと幼い頃なんて、時間を見つけては一緒に遊んで下さいました。今でもお茶の時間を共に過ごしてわたくしのお喋りに付き合って下さいますわ。ね、とっても優しい方でしょう?
もちろん、お兄様はわたくしにだけ優しくして下さるわけではありません。仕える侍女の失敗をさり気なく補い助けていらっしゃるので、お兄様は侍女たちにも大変慕われているのです。
「殿下があと五年でも早く産まれていれば…」と年頃の侍女が口にしているのを聞いたことが何度かあります。…早く産まれていたら何だと仰るんでしょうね? ああ、少々幼過ぎて憧れの方だと口にし辛いってことですわね! そんなそんな、恥ずかしがることなどどこにもありませんのよ? お兄様がまだ幼くても、素晴らしい方なのは事実ですもの! 憧れて当然、尊敬して何が悪いのでしょうか。
女性は数人集まれば自然とお喋りになるものですわ。そんな彼女たちの話にはよくお兄様が登場なさいます。
「迷い込んでいた仔猫がいたじゃない? リルヴィ殿下が飼い主探して無事に引き取られていったらしいわよ」
「この間のお茶会! 転びそうになってたご令嬢をさっと助けてらっしゃったわ。あのご令嬢、絶対リルヴィ殿下に惚れてたわ。殿下、素で王子様だもんなぁ」
「リルヴィ殿下って器用よね~。さっきね、姫様に花輪作ってあげてるの見ちゃった! あのお二人、本当に絵になるわ…。あそこだけ切り取って額縁に入れておきたい。というかああいうところこそ、絵に描いておくべきだと思わない!? 保存しないなんてもったいない!」
「リルヴィ様も随分男の子っぽくなられたわよね。この間リヴィク様との剣の打ち合いされてるの偶然見ちゃったの。腕前はまだリヴィク様には敵わないようだったけど、何度も挑まれてて素敵だったわ」
などなど、彼女たちのお兄様の話題は尽きません。
余談ですが、仔猫の話はわたくしがお兄様に零したことがきっかけでした。…だってとても気になっていたのですもの。
お茶会の件も知ってますわ。その場でわたくし、見てましたから。あのご令嬢、お顔を真っ赤にしてらしたわ。けれど侍女の話は間違いですわね。彼女、その瞬間にお兄様に落ちたわけではありませんもの。あの方は最初からお兄様を狙っています。片思いですけれど。当然です。
お兄様お手製の花輪は頂いた日から数日の間、とても大切にしてましたのよ。永久保存しておきたいとは思いましたが、花は生き物。ダメになってしまうのは自然の摂理です…。絵の方はですね、もちろん残して頂けるならとても嬉しいのですが日常風景をいちいち絵師に頼んで描いてもらっていては切りがないといいますか…。いえ、お兄様のお姿なら何枚残されてもいいとは思うのですが!
リヴィクお兄様との剣の打ち合いですか。日頃鍛錬に精を出していらっしゃるお兄様ですから、例え敵わずともそれは真剣に──。
……え? リルヴィお兄様がリヴィクお兄様と剣の稽古、ですって?
お、お待ちなさいな。わたくし、それ知りません! 知りませんわよっ!? いつですか!? あなた、わたくしの知らないところでお兄様の雄姿を見たというの…!? ずるいですわよ!!
…と、少々妬けてしまう話も時々聞くことになります。
ええ、もちろんその後お兄様にお願いして、剣の稽古を見学させて頂きました。リヴィクお兄様はその場にいらっしゃいませんでしたが、師との打ち合いでも十分お兄様の雄姿を拝見できましたので、わたくしより先に見た侍女に妬いてなんかいませんのよ? ええ、妬いてません。
幅広く慕われるお兄様ですから、当然同年代の子どもからは特に慕われています。城では月に一度か二度ほどお茶会が開かれるのですが、そこに招待される子女にお兄様はとにかく大人気ですの。
リヴィクお兄様は少々お年が離れていますからお茶会は別なのですが、リルヴィお兄様とわたくしのお茶会は合同で催されるのです。
そのお茶会の目的はわたくしたちの将来のためらしいのですが、正直に言いますとわたくし、お茶会は嫌いです。
どうしてってそんなの決まっているではありませんか! お茶会中、お兄様のお傍にはたくさんの人が集まるのです。お兄様が人気者なのはとても誇らしいですしわたくしも嬉しいのですが…。初めはは男女関係なく集まる一団が、いつの間にかお兄様のお傍には女性ばかり群がっ──ごほんっ、女性ばかりになってますのよ。
しかも! しかもですよっ!! 右腕と左腕にそれぞれ一人ずつくっついてらっしゃるの! 何でかあれは!
わたくし、知ってますのよ。いつも右腕に絡みついているあの方は、公爵家筆頭で宰相のレイル・グレス様のご令嬢、ロサリーザ様ですわ。見事に巻かれた金の髪もサファイアのような青い目も綺麗ですのに、その性格はとても美しいとは言えません。あの方、お兄様に近寄ろうとする女性には牙を向けるんですのよ。
その牙にも怯まず負けず、左側を陣取る女性はファベル伯爵家のご令嬢で名前はリリア様。数代前の王妹が大恋愛の末にファベル家へ降嫁した事実がありますから、彼女にも僅かではありますが王家の血が流れてますわ。
それが理由かは分かりませんが、穏やかに微笑んでいれば優しい緑の目がお兄様と似ているような気が致します。……いえ、今の言葉は忘れて下さいな。わたくしの目の錯覚、といいますかそもそもあの方が穏やかに微笑んでらっしゃることが滅多にないことですので。
彼女たちが堂々とお兄様の両腕を定位置にしているのは、お二人がお兄様の婚約者候補であるからです。
わたくしも詳しくは教えて頂けなかったのですが、リルヴィお兄様の婚約者にと名を挙げられているご令嬢は他にもいらっしゃるそう。けれどグレス公爵家やファベル伯爵家を敵には回せず、実質はお二人の一騎打ち状態なのだとか。
はい! わたくしはここに異議を申し立てたいと思いますっ!!
リルヴィお兄様は王太子ではありません。ですからお兄様の婚約者に王太子妃としての素質を求められることはないですが、それでも王子妃になることを前提とした婚約ですのよ。大人は気付いていないかもしれませんが、お二人が同年代の女性に向ける態度は「可愛い嫉妬」で許される話ではないのです!
お兄様と少し言葉を交わしただけでお呼び出し。お友達と一緒に囲って「あんた何様? 立場弁えなさいよ」というような内容の言葉を浴びせるだけで終われば幸いで、言葉だけで終わらず手が上げられることまでありますから大変恐ろしいことですし、そういうことをしていらっしゃる方が将来わたくしの義姉になられるなんて…。そんな、そんなっ! 大問題ですわ!
お兄様を愛していない方など論外ですが、お兄様を愛しているだけでもいけません。素晴らしいお兄様にはやはり素晴らしい女性を迎えてほしいのです。努力家なお兄様と一緒に、リヴィクお兄様をお支えして下さる優しい方を。
だって、わたくしはお傍にいられないのです。お兄様をお支えしたくても出来ないのですよ。
わたくしは単なる王女なんですもの。蝶よ花よと可愛がられ大事にして頂いていますけれど、しょせんは国のための駒なのです。
…あら、どうして湿っぽい話になったのでしょうか? わたくしの話はいいのです。ええと、そう、お茶会が嫌いな理由をお話していたのでしたわ。これで分かって頂けましたかしら?
そういうことですので、わたくしはお茶会が開かれる度にロサリーザ様とリリア様のお二人に取って代わる素晴らしいご令嬢がいないか探しているわけですが、あまり成果は上げられていません。
絶対、お兄様に相応しいお方がいらっしゃるはずなのにどうしてでしょうか。こんなに探しても見つけられないのなら、お茶会以外で探すべきかもしれません。そうなると狙いは…お母様のお茶会でしょうか?
お母様のお茶会の開催はわたくしたちの定期的なお茶会とは違って、お母様の気分に左右されます。そしてその日その日で招待客も変わってきますから、新しい出会いがあっても珍しくないようです。
人伝の情報で申し訳ないのですけれど許して下さいませ。だってわたくし、お母様のお茶会に参加したのは本当に幼い頃のことで記憶もはっきりしておりませんの。え? そもそも幼い頃のことなんて覚えていられない? あ、そうですわよね。そうでしたそうでした。わたくし、うっかりしておりましたわ。
お母様のお茶会の主な招待客はやはり女性です。年齢はとても幅広く、下は十代、上は…いえ、上のお年は女の秘密というものですよね。わたくし、そういう空気はきちんと読めましてよ?
とにかく幅広いわけですけれど、お母様と同年代ぐらいのお客様が多いのです。そしてそのお客様には大抵「お連れ様」がいらっしゃいますの。
お茶会というのは呑気にお茶を飲んでお菓子を食べているだけではありません。最近の流行や誰それの恋愛話など、大して重要な話には聞こえない談話を繰り広げながらも話術を駆使して様々な駆け引きが行われています。些細な話題が政に関係してくることもあるそうです。
そんな恐ろしい女の戦場にやって来る「お連れ様」というのは、大抵がまだ十代の若いご令嬢でした。
──そういえばわたくし、自分の年齢を皆様にお伝えしていませんでしたわ。わたくし、もうすぐ7歳になりますのよ。これで自然とお兄様方のお年もお分かりになるでしょう? リヴィクお兄様は17歳、リルヴィお兄様は9歳です。
「お連れ様」が十代のご令嬢が多い理由、お分かりになりまして? ええ、その通りですわ。彼女たちやお客様は空席である王太子妃の席を狙ってらっしゃるのですわ。
ですから正直、リルヴィお兄様のためにお母様のお茶会へわたくしが出席しても、目的を果たせる可能性はとても低いのです。年上はダメ! などとは申しません。けれど流石に15、16歳のご令嬢をお兄様に紹介するのは……、嫌です。嫌です、嫌です! 大体「お連れ様」は全員リヴィクお兄様狙いじゃないですか! リヴィクお兄様がダメだったからリルヴィお兄様でいいや、なんて考えで近寄って来る女なんていりませんっ、却下です却下!
ごほん、失礼致しました。わたくしったら人前で取り乱すなんて。
お母様のお茶会はやめましょう。やはり定期のお茶会で相応しい方を見つけるべきですわよね。
そうなると、次回のお茶会の招待客を見直そうかしら。このまま大人に任せておくと、本当にロサリーザ様かリリア様がお兄様の婚約者になってしまいますわ。お二方ともお兄様と同い年の9歳で、性格矯正の可能性がないわけではないのですが、正直期待はできません。
『ヴィヴィ様にもそろそろ兄離れして頂いた方がよろしいのではありません? いつもお兄様と一緒にいてはヴィヴィ様の視野も広がりませんわ』
『リルヴィ様も時には「兄」の時間から解放されてもいいと思いますよ。どんなに素晴らしいお兄様にだって息抜きは必要ですもの』
ロサリーザ様もリリア様もお兄様にそう囁いていらっしゃいました。わたくしがいない場所で。…いいえ、正確には彼女たちがいないと思っている場所で、ですが。
わたくし、自覚してますのよ? リヴィクお兄様という比較対象がいらっしゃるから余計に分かっておりますの。わたくしのリルヴィお兄様に対する少々行き過ぎた愛着心ぐらい。
けれど、仕方がないではありませんか。だってお兄様は格好いいのです。「わたくし」が迷子になった時に手を引いて下さったのです。「ヴィヴィ」と名前を呼んで下さったのです。わたくしが「わたくし」を見失わずにいられたのは間違いなくリルヴィお兄様のおかげなのです。
あの時からわたくしにとってお兄様が特別で一番になりました。お兄様が大好きで、お兄様と一緒にいたくて、お兄様のお役に立ちたくて。
わたくしはいつだってお兄様の幸せを祈っています。
だからこそ、彼女たちの言葉が胸に深く突き刺さって抜けないままなのです。忘れようにも忘れられません。
もしあの時逃げ出さずにお兄様の返事を聞いていれば、こんなに胸を痛めなくてもよかったのではないかと思わなくもないのですが、それはわたくしが「お兄様ならこう返事をしてくれるはず」という考えがあるからでしょう。
『僕がヴィヴィと一緒にいたいからいるんだ。妹離れが必要なのは僕も一緒だよ。ヴィヴィとの時間が僕の息抜きなんだ』
わたくしの願望と、お兄様の本音が正反対でしたら。
そしてその本音をもし聞いてしまったら。
そう思うだけでとても苦しくなりますし、手も足も震えてしまいます。ほら、想像するだけで涙さえ浮かべられますのよ。こんな状態なのにお兄様の返事を聞くだなんてできるわけがありません。
こそこそと意地悪なことをする人も、言う人も、わたくし嫌いです。お兄様だってそんな方を好ましいとは思わないはずなのです!
………あら、そういえばわたくし、お兄様の好みをそもそも存じ上げない気が致しますわ?
たっ、たたたた、大変ですっ! これは一大事ですよっ。こんな大事ななことをどうしてわたくし、忘れてしまっていたのかしらっ!?
お兄様! お兄様はどちらにいらっしゃるの!?
「おにぃさまぁぁぁ~っ!!」
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