二話
ショルダータックル。
その痩躯ではあまり威力がなさそうにも思えるが、その加速と痩躯には余りにも不釣合いな怪力がつくりだすその破壊力は人の体一つぐらいなら、一瞬で吹き飛ばす事ができる。破壊する事ができる。
雨夜もそのつもりでぶちかました。
はずだった。
人体一つを一瞬で吹き飛ばせられる程度のそのショルダータックルは、しかし、敵の靴底を少し削る程度で、止められてしまう。
止まった。
止められた。
強化して、強化して強化した肉体を利用したぶちかましを、止められた。
「なっ!?」
「あとは頼む、ね……?」
今まで避けられたこともなければ、止められた事もなかった一撃。
それをあっさりと受け止められ、狼狽していると、その頭上で敵は呟く。
「さっきまでの話を聞いて、『後は頼む』ね。あんた、やっぱり何か知ってるでしょ?」
「さ、さあ。なんの事でしょうかね? さっぱりわからないなー」
雨夜はそう誤魔化しながら、彼女から距離を取る。
彼女は、髪をくしゃくしゃと掻く。
「いや、もし仮によ? 本当に何も知らないとしたら、ならどうしていきなり攻撃してきたのって話なんだけど、しかも律儀に目隠し《ブラインド》までしてさ」
「うっ」
その最もな意見に、雨夜は思わず呻いた。
これは攻撃を仕掛けたのは早計だったかなと、雨夜は今更ながらに後悔した。
しかしまあ、後悔した所でやり直せる訳でもないし、ここは仕方ないと腹を括る事にしよう。
後ろを見て悔やむ暇があるのなら、前を向いて足掻いた方がよっぽど有意義だ。
「ああそうだ、僕はその青髪の女子に覚えがある。昨日、街中で、偶然たまたま、出会した」
「偶然たまたま、街中で出会したような相手の為に、あんたは人を攻撃してくるの?」
「まあな、そういう性格なんだ僕は」
見ず知らずの相手でも、自分の為に頑張っちゃう性格なんだ。
それよりも。と雨夜は話を区切った。
「自慢じゃないけどさ、僕のそのタックル。今まで避けられたことも受け止められた事も無かったんだぜ? 力持ちなんだな」
「ん、そりゃあ私は超能力者だからね」
超能力者。
また同じワードが出てきた。
今日はよくそのワードを聞く日だな。
「その怪力からみて、あんたも……いや、その髪色とあいつを庇う所から見て、あんたは欠陥能力者かな?」
「御名答」
「しかしなるほどね。こんな誰も知らないような、辺鄙な場所に隠れるっていうのは、まあ名案といえば名案かな」
良かった、まだこの街が『欠陥能力者の街』だと言う事だけは、まだバレていないようだ。
自分が欠陥能力者だという事と、小坂井を庇っていることはバレてしまったけれど、まあそれはすぐにバレただろうし、良しとしておこう。
「それでそこの欠陥能力者」
「……なんですか?」
「青髪、どこにいるの?」
ゾクリと、悪寒がはしった。
それは、彼女の髪色が茶色から赤色に変わったから――ではない。
確かにそれにも驚いた。
しかし、そんな外見の変化など気にならないほどに、些細なことだと錯覚してしまうほどに、彼女が纏うその
明らかに『異常』だった。
『異常』が『日常』であるこの街でさえ、『異常』と感じ取れるその空気。
まるで、今までの自分の常識がすべて通用しないような、全くを以って別のルールで彼女は象られているような。
そんな妙な感覚が、雨夜の全身を支配する。
ごくり、と雨夜は生唾を飲み込む。
そしてゆっくりと口を開いた。
「……知らな――」
視界が一瞬、真っ暗になった。
意識が体から離れて飛んでいく。
それが元に戻ってきた時には、雨夜の体は部屋の床の上で倒れていた。
頬が燃えるように痛い。首が引き千切れたみたいに痛い。
その痛みで、雨夜は自分が頬を殴られて、そのままぶっ飛んだのだと理解した。
「っ……!」
殴られた頬をさする。
燃え盛るような痛みを発していた頬は、本当に焼けていたようで火傷の跡が残っていた。
「どうして……?」
「嘘を言うなよ」
雨夜の体がぶつかって、壁に空いた穴から超能力者は片膝ついている雨夜を覗き込む。
「欠陥能力者如きが超能力者に嘘をついていいと思ってんの?」
もう一度聞くよ? と、彼女は言う。
「青髪はどこにいるの? 私に――
「ほ、本当か……?」
「本当、私は今まで嘘をついた事ないから」
あんたと違ってね、と矢霧は付け加える。
「あんたたちは嫌われているけど、それでも一応、人間だからね。退治しすぎると超能力者のイメージが悪くなるのよ」
戦隊ヒーローの敵役が、殆ど怪獣型をしている理由は、結局の所、後味の悪さがあるのだろう。
トカゲみたいな形をしている化物が爆発するならともかく、人型の――というか人間の化物が爆発したら、それがもしも悪役だったとしても、やっぱり後味が悪い。
彼女も多分、そういう事を言っているのだろう。
「……でも、小坂井の居場所を教えたら、あいつを退治するんだろ?」
「もちろん」
「じゃあ教えない」
「あっそう」
矢霧は首を傾かせて、指で空中にオレンジ色の
それを見て、雨夜は身構える。
「『戦塵の
果たして――そのオレンジ色の
爆発したそれは、矢の形を象り、その矢先は確かに雨夜を捉えている。
「矢……?」
「右足」
矢霧がそう言った直後、右足の太もも辺りに激痛がはしった。
それはまるで炎に焼かれたような――事実、炎に焼かれた激痛が、足から這い上がってきた。
「ーーッッッ!?」
見てみると、右脚の大腿部に、さっきの炎の矢が突き刺さっていた。
視認した事で、遅れてやってくる激痛に、雨夜は目を見開き、膝の皿が割れるんじゃないかと不安になる勢いで片膝をついた。
「それで、喋る気になった?」
矢霧は再び、空中にオレンジ色の
今度は二本。
爆発して、矢の形を象ると、その矢先を雨夜に向ける。
「あんたが青髪の事を知ってるのはもう分かってんだから、隠し続けてもただ痛いだけよ?」
「……知らな」
「右手」
右手の甲を、炎の矢が貫いた。
「あ……ッ!?」
「どこに、いるの?」
手の甲を貫いている炎の矢を引っこ抜こうとするが、炎を掴むことなんて出来るはずもなく、握っても掴むことは出来なかった。
――まあ、炎だしな。掴めるはずもないか。
――ならどうして、手の甲を貫けるんだよって、新しい疑問が湧くわけなんだが。
「答えないのなら、今度は左脚を――」
「ス、ストップ。ストップ!!」
右脚の膝をつき、炎の矢が刺さったままの右手をだらりと垂らす。
そんな状態で雨夜は、左手を前につきだして、左脚に炎の矢を放とうとしている矢霧を制した。
「言うから、あいつの居場所を言うから、攻撃をやめてくれ」
「……じゃあ早く言いなさい」
ここで攻撃をやめる辺り、矢霧はまだ小坂井の居場所を特定出来ていないのかもしれない。
雨夜はそう判断しながら、ふう、と息を吐く。
もちろん、『居場所を言う』というのは嘘だ。
少しでも落ち着く時間を手に入れるための虚言。
そもそも雨夜も、小坂井と汐崎がどこに逃げたかは分かっていないのだ。
いや、おおよその予想はつくが、それでも『ここにいる』と断定することは出来ない。
だから雨夜に、小坂井を裏切って生き残るという道は、そもそも存在さえしない。
したとしても、果たして雨夜がそれを選択するかと聞かれれば、首を横に振るが。
さて、それじゃあこれからどうするか。
少し考える。逡巡する。
雨夜は一回瞬きをしてから言った。
「その前に一つ質問。超能力者、どうしてお前は、小坂井を狙う?」
「どうして? 決まってるじゃない」
嘲笑うように、矢霧は言う。
「それは私が『ヒーロー』だから」
「『ヒーロー』……」
矢霧は自分の胸に手を当てながら不敵な笑みを崩さずに言う。
「あいつを恨んでいる人がこの世にいるから、あんたらみたいな無条件に嫌われる
存在がいるから、私たちヒーローは出向くのよ」
「それは、その『あいつを恨んでいる人』のためか?」
「そんな訳ないじゃない」
矢霧はすぐさま否定した。
「どうして他人のために動かなきゃいけないの。私は私のためにしているの。『ヒーロー』とかそんなの、利用できる肩書きだから使っているだけ」
「……あっそ」
愛想なく、素っ気なく聞こえるだろう軽い返答。
しかし雨夜の表情には確かに怒気が含まれていた。
『どうして他人のために動かなきゃいけないの。私は私のためにしているの』
雨夜はヒーローに憧れるのをやめている。
部屋の本棚に特撮ヒーローのフィギュアが並んでいたり、冷蔵庫にヒーローのデフォルメされた顔が印刷された磁石がはってあったりしても、雨夜は『憧れる』のをやめている。
なぜなら自分がヒーローにはなれない事を理解しているからだ。
――僕はヒーローに向いてない。
――それは重々理解している。
――けど。
「おい、超能力者」
「なに?」
ヒーローって言うのは、困っている人を助ける人のことだ。
ヒーローって言うのは、他人を利用しようと考えない人のことだ。
「お前は、ヒーローなんかじゃねえよ」
言って、雨夜は床を強く踏みつけた。
震脚。
踏みしめた地面を震わせるその技は、効果通り部屋を震わせ、ボロボロのアパート全体を揺らす。
柱一本に体重を預けただけで崩壊してしまいそうなボロボロのアパートは、いとも簡単に自壊した。
――これ、大家さんに怒られそうだな。
――いや、怒られるですむか?
崩れるアパートの中、雨夜は階下の部屋に着地する。
右脚と右手には炎の矢が突き刺さったままだが、脚は引きずりながら歩けばいい。
今雨夜が早急にすべき事は、自室に飾っていたヒーローのフィギュアの回収――ではなく、いや、確かにそれも重要事項の一つではあるけど、そんな事をしている暇があるのなら、今はこの惨事に乗じて少しでも遠くに逃げないと。
フィギュアの方は、血涙を流しながら我慢するしかない。
またここに来た時に、無事であることを願うだけだ。
大丈夫、ヒーローというものは不死身かと錯覚してしまうぐらいの頑丈さも、売りの一つなのだから。
「そうと決まれば、さっさとここから逃げないと――?」
片足を引きずりながら一歩進んだ所で、雨夜は脇腹に違和感を感じた。
痛みを感じた。
それこそ炎で焼かれたような痛み。
「あ……?」
口元から血を流しながら、雨夜はそんな事を呟いた。
激痛の元である脇腹からは、炎が噴きだしていた。
いや、剣の形を模している炎が、雨夜の背中から脇腹にかけて、貫いている。と言った方が正しいのだろうか。
――だからさ。
――どうして炎が人の体を貫けるんだよ。
そういえば小坂井は、超能力者には『代償』がない――『不具合』とか『不都合』とか『不便』とかが排除された能力だと言っていた。
それを取り除くと、こんな感じになるのかと、自分の脇腹を貫く炎に触ろうとしながら考える。
炎はまるで、雨夜からの干渉を拒絶するように、彼の手をかわし、しかし彼の体を離そうとはしなかった。
「誰がヒーローじゃないって?」
背後からする声。
矢霧燈花は特に焦りを見せずに言う。
「超能力者に歯向かってくるなんて、馬鹿な事をするわね」
「歯向かった……覚えはないけどな……」
「出会い頭にぶちかましをして、最後には自分の家を破壊して私を落とそうとした。それを歯向かってないって、よく言えるものね」
「……」
確かに、言い返せなかった。
そんな気力も雨夜には残っていなかった。
ただ雨夜に出来る行動は、首だけを動かして振り向くだけだった。
激痛で歪むその視界には、炎の剣を構えている矢霧と。
その背後から今まさに襲いかかろうとしている高坂鋼屋の姿が、映っていた。
***
「『
高坂鋼屋の能力は、言ってしまえば『爆発』である。
爆発を発生させることが出来る欠陥能力だ。
代償は分かりやすく、体内の酸素の消費。
掌の内側という、比較的小さな爆発。
しかしその威力は、人一人を気絶させる程度には充分なぐらいに、尋常ではない。
ただし。
それは『相手が普通の人間である』という前提の話だ。
例えば相手が、欠陥能力から『不具合』とか『不都合』とか『不便』とかが排除された存在だったり。
例えば相手が、肉体強化を標準装備していたり。
例えば相手が、『戦塵の
百八十度。
ぐるりと、変わる。
「次はなに、誰?」
爆発によって生じた黒煙の隙間から、矢霧の目がぎょろりと動いて、高坂の顔を見た。
「マジかよ……!」
炎の剣に貫かれた雨夜を携えたまま、矢霧は首だけを動かして後ろを覗きみて、高坂は思わず後ずさった。
「なんなの、この街では出会い頭にとりあえず攻撃するのがルールなの?」
「いや、そんな世紀末な街じゃあねえな、そいつが少し珍しいだけだ」
「ふうん、というか、なにこの街。こんなに欠陥能力者が住んでるの?」
「ん、この街? ああ、なるほどな。悪いか? 嫌われ者同士、仲良くしておいてもいいだろ?」
こいつはこの街に住んでいる住人ではないらしい。
そう判断した高坂は、矢霧の話に合わせるように話しながら、冷や汗を流す。
雨夜に少し野暮用があって、彼の住むボロアパートに向かってみたら、そのボロアパートが崩れていて、その中で雨夜が炎で串刺しになっていた。
そんな状況を見て、突発的に動いていた時はなんとも思わなかったが、今になって、間近で彼女の全容を見ると分かる。
彼女は『異質』だ。
「なあ」
歯向かってはいけない。抗ってはいけない。
高坂は自分に言い聞かせながら、雨夜救出に踏みだす。
「そいつは俺にとって大事な友達なんだ、だから、その、離してくれないか?」
「こいつ? 別に良いけど、もう虫の息で何も聞けないし」
矢霧は雨夜の体を貫いている炎の剣を消すと、雨夜の体を蹴飛ばした。
雨夜の痩躯はいとも簡単に宙を舞い、高坂の前にどさりと音をたてて落ちた。
高坂はすぐに駆け寄って、まずは息の確認をする。
確かに虫の息ではあったが、しかしちゃんと息はしていた。
朦朧としているものの、意識もまだある。
さすがは動かない体を動かす『
「良かった……」
「そいつもう話せないし、丁度いいや。ねえ、あんた。青髪がどこに行ったか知らない?」
「青髪? ああ、あの子か」
朝、雨夜が連れていた二人の女子のうち、一人の女子の顔を思い浮かべる。
うん、確かに青髪だった。
「知ってるけど知らねえ。青髪っていうのが、誰の事を指しているのかは分かるけど、そいつが今どこにいるのかは知らねえ。これは嘘じゃない、本当のことだからな?」
「ふうん……」
きっぱりと否定する高坂に、矢霧は疑いの眼差しをむけながらも適当に頷く。
「じゃあやっぱり、さっき大声をあげてた時に逃げたのか。こいつがいなかったら、さっさと終わったのに」
矢霧が眉をひそめて、なにやら文句を言い続けているのを見ながら、高坂は近くで倒れている雨夜の体を持ち上げて、背負った。
その行動に、矢霧は不機嫌そうに口元をピクリ、と動かす。
「ちょっとあんた。何してんの?」
「ん? いや、急いで病院に連れて行こうとしているだけだけど?」
雨夜を背負って、位置を調整するように高坂は体を動かす。
体から力が感じられなくとも、軽い雨夜の体は簡単に持ち上がる。
「はあ?」
比較的焦ってるような、そんな口調を聞いて、矢霧は悪態をつく。
「何言ってんの、確かに離してあげたけど、逃がすつもりは更々ないんだけど」
「なっ」
「だって考えてみなさいよ、こいつはもしかしたら知っているのに隠しているかもしれないでしょ? あんただって、知っているのに嘘をついているかもしれない。だから、逃がすつもりはない」
「あー、まーそうだよな。うん、人は嘘をつける動物だからな。もしかしたら、嘘をついているかもな……」
高坂はちらりと背負っている雨夜を見る。
顔は真っ青で、背中から脇腹にかけてぽっかりと風穴が開いていて、そこから血が溢れでている。
誰がどう見ても、瀕死の状態だった。
高坂は少し考える。
そしてそれを実行に移すまでには、そうは時間はかからなかった。
「じゃあ逃げる!」
『灼花』花雷!
高坂は、地面を靴底で思いっきり叩いた。
瞬間。
地面がまるで風船のように膨らんだかと思うと、そのまま爆発した。
オレンジ色の熱と、眩い光の固まりが辺りを覆い尽くす。
もちろん高坂はこの程度の攻撃で、矢霧が倒れるとは毛ほども思っていない。
相手が一体何者なのかはさっぱり分からないが、自分の能力とは、狙いすましたかのように相性が悪く、なおかつ地力に圧倒的な差がある事は高坂の目から見ても明らかだった。
だが、相手にダメージを与えられなくとも視界を奪う程度の事は出来る。
そもそもこの技は、攻撃用の技ですらない。
花雷は、音だけでなく『ネギ坊主』の先のような光をだす、昼花火の一種で、大きく開くもので直径五メートルから十メートルの光の固まりを、一瞬にして描くことが出来る。
そんな花火のような光と轟音が、間合い数歩という超至近距離で爆発したのだ。
超能力者の強靭な肉体をもってしても、流石に数瞬、視界が真っ白になり音が消える……はずだ。
その隙に高坂はきびすを返して逃げだした。
体内の酸素が一気に抜けて、すぐに息が切れ始めるがそれでも高坂は、少しでも遠くに、ボロアパートからは見えない、死角になっている位置まで逃げたのだった。
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