三話

 十年ほど前、とあるニュースが日本中を震撼させた。

『中国地方が、壊滅的状況に陥っている』

 テレビでは連日に渡り特集が組まれ、そこで何度も同じ映像が流された。

 映しだされていたのは『凍りついた街』だった。

 街中にあるもの全てが氷に覆われていた。

 車も道も建物も空も人も、街を形成するもの全てが凍り凍えて、死んでいた。

その幻想的ながらも、人に恐怖を植え付けるには充分な光景をつくりだしたのは、あろうことか、小さな小さな、六歳ぐらいの男の子だった。

 見るからに無害そうな――男の子だった。

 その事件を皮切りに、世界中で異変が起こり始めるようになった。

 不思議で不可思議な、まるで冗談のような絵空事が巻き起こるようになった。

 原因は出来損ないの能力を与えられてしまった人たちだった。

 肉体的精神的問わず、出来損ないの異能を与える代わりに、とにかく代償を求めてくる能力。

 人類が幾度も夢見て、大国が大金をつぎ込んでまで創りだそうとしていた『異能』。

 それは突如としてこの世に出現したかと思うと、そのまま暴走を始めた。

 まるで事前に約束でもしていたかのように、全員が全員、暴走を始めた。

 それは能力者自身が代償を払えなくなるまで延々と続き、その間に周りは甚大な被害を被った。

 それの結果が『中国地方壊滅』であり、それの結末が『能力者の迫害』だった。

「別に彼らだって、好きで暴走した訳ではないのだから、そんな目くじらを立てなくても」

 なんて意見も無かったわけではないけれど。

 ほとんど皆無に近かったけれど。

 それは少数派であり、その他大多数は当然のように欠陥能力者を嫌った。

 友達に家族に人に。

 嫌われて恐れられて迫害されて。

 彼らは日の下で堂々と、生きることが出来なくなっていた。

 いきなり与えられて、その癖それがもたらしたのは『居場所の喪失』なんていう悲劇だけ。

 手に入れた所で損でしかない、手に入れなかった方が幸せだっただろうその能力を、異能力者たちは自虐するように『欠陥能力』と名づけた。

 そんな事件から数年の月日が過ぎ、一部の欠陥能力者は、変装して一般人の中に紛れ込み、隠れるようにして生活している。

 幸いにも身体的変化は一部の欠陥能力者にしか体現する事はなく、したとしても髪の色が変わる程度だったので、帽子を被ったりかつらを被ったりして誤魔化すことが出来た。

 そして、そういった居場所さえ無くなってしまった欠陥能力者たちはどこにいったのかと言えば、人が住むことが出来なくなるまで破壊し尽くされた中国地方だった。

 自分たちがこうして居場所を無くした原因が、新しい居場所になるというのは中々どうして皮肉なものだけれど、もう誰も住んでいない広大なその土地は、欠陥能力者たちが身を隠すにはうってつけの場所だった。

 そんな中国地方の深い深い、山奥の更に向こう。

 よっぽどの事があっても、よりつく人がいないほどの奥地。

 嫌われ迫害された欠陥能力者たちが、その身を隠すためにつくった街が、そこにある。

 現在の人口は二千三百人。

 その全員が欠陥能力者。

 すなわちこの街では『超常』こそが『日常』なのだ。

 

***


「それで、その子はどんな風貌をしているのかな? そもそも私たちと同じ欠陥能力者なの?」

「見た目は……まあ、可愛い女の子」

「へえー」

「髪の色が変色していたし、同族で間違いないとは思う」

「どんな色だった?」

「青色。ちょっとくすんでいる藍色っぽい髪」

「へえ、綺麗な色だね」

「僕は色素の抜けた黒髪。なんか白髪が混ざっているみたいでイヤなんだよな」

「いいじゃない、カッコいいよ。灰色」

 あはは、と笑いながら汐崎は言った。

 笑われると冗談みたいな感じで、誉められている気がしないんだけどな、と雨夜は心の中で愚痴った。

 雨夜と汐崎が通う学校から、自転車で十五分くらい行った先、住宅街から少し外れた位置に、雨夜が住んでいるボロアパートは建っている。

 この街が出来る前からずっとそこに建っていると言われても信じてしまいそうな、ボロボロのアパートだ。

 そこに二人は、雨夜の自転車で向かうことにした。

 遠いので雨夜が乗っている自転車の後ろに汐崎がしがみつく形で移動する。

 つまり、二人乗りだ。

 友達と二人乗りなんて、そんな、正に青春のような出来事が体験できるとは思ってもみなかった雨夜は、心の中で快哉を叫んだ。

 簡単に言えば、心中で、ガッツポーズをとった。

 そんな目をキラキラさせている雨夜を、後ろから見ていた汐崎は口元を少し緩めて微笑んだ。

「あはは、なんだか楽しそうだね」

「そりゃあ友達と一緒に帰っているんだから、自然とテンションがあがるさ」

「あれ、雨夜に友達なんていたっけ?」

「傷ついた! 友達だと思っていた人に遠回しに友達じゃないって言われて傷ついた!」

「でも実際私としては、雨夜にはもっとぐいぐい人と交流してもらいたいんだけどねー。友達は四人。同級生だと、私一人っていうのも、寂しいでしょ?」

「ムリムリタニンコワイ。イインチョウトモダチ。ソレダケデイイ」

「意気地無しめ」

「いくじなしで結構」

 クスクスと、雨夜の背中で汐崎は笑う。

「それにしても、サドルって重要だったんだね。揺れでお尻が痛いよ、じんじんする」

「……なにをご所望ですか?」

「うーん、例えばきみの空っぽな鞄をクッション代わりに貸してくれるとか?」

「空っぽと決めつけるな」

「え、でも授業をマジメに受けてないし、教科書とか持ってないでしょ?」

「決めつけるな」

 実際、雨夜のバックの中身は空っぽだけど、それでも見栄ははりたいものだ。

 そうこう話している間に、雨夜が暮らしているボロアパートに到着した。

 木造二階建て。

 トイレ共同、風呂あり(ただし使えない)、裸電球、形だけのシンク、今時珍しいボットントイレ、幽霊が出ると曰くつき、隣の物音が聞こえてしまうほどに薄い壁の家。

 家賃は一万円。

 雨夜が住んでいなければ、危険とか立ち入り禁止とか、そんな看板が乱立し、安全第一のフェンスで取り囲まれているだろう、そよ風が吹いただけで崩れてしまいそうなぐらい、ボロボロの骨董アパートだ。

「まあなんていうか、なんというか。雨夜の家には何度か来たことはあるけれど、あれだね。来るたびに十年経過しているみたいにボロボロになっていくね」

「それは言い過ぎ……とは言い切れないのが困り物だな」

 ボロアパートの入り口で、それを見上げながら汐崎は思わず愚痴る。

 雨夜も否定しきれず、隣で苦笑いを浮かべた。

「うわ、なにこの階段、赤錆だらけじゃない。昇るたびにぎしぎし音が鳴るよ」

「気をつけろよ委員長。そこの階段は壊れていて、踏み外す可能性もあるから」

「ほんと、危ないなー。この廊下も歩く度に軋むし」

「ああ、そこに体重かけたら抜けるから気を付けろ」

「あ、あぶない……」

「委員長。そこの柱に触ったら、このアパートが倒壊するから気を付けろ」

「……引っ越したら?」

「金があったらな」

 雨夜は『雨夜維月』と書かれたプレートが引っ掛けられた、自分の部屋の前に立って鍵穴に鍵をさしこむ。

「起きてるかな、運んできた時気絶していたんだよな」

「気絶した女の子を自室に連れ込む。ふむ、犯罪かな?」

「不可抗力だ。その場に放っておいても良かったんだぞ」

「きみはなにかな、空から落ちてきたなんて普通ではない女の子を、しかも気絶しているというのに、見捨てられるほど鬼畜な人間なの?」

「じゃあどうすればいいんだよ……」

「まあ」

 汐崎は少し間を取ってから、口元を少し緩めた。

「きみがそんな悪い子だとは思ってないけどね」

「……む」

 雨夜は少し頬を紅潮させてから、ドアを開いて中に入る。

 六畳一間の部屋で、家具は本棚と丸型のテーブル以外殆ど置かれていない簡素な見た目。

 本棚にはラノベと漫画と、それと特撮ヒーローとかのフィギュアが並べられている。

 そんな部屋一面に、冷蔵庫の中に片付けておいたはずの食品が、そこらかしこに散らかされていた。

 それ全てにかじった跡があって、意味もなく散らかしたというよりは――食い散らかしたと言った方がただしいのだろうか。

「んなっ……!?」

 シンクを見てみると、インスタントの焼きそばを作ろうとして失敗したのか、そのうけの中に、麺がぶちまけられている。

 作り置きしておいた麦茶は床にこぼれ、この一ヶ月を生き延びるために買い込んでいた食料の殆どが、無くなっていた。

「な、なな……っ!?」

 顔面蒼白になりつつ、雨夜は冷蔵庫の方を見た。

 人様の貴重な食材を荒らしている本人は、冷蔵庫の中に這入り込もうとしているのか、もそもそと体全体を揺らして、冷蔵庫に上半身を突っ込んでいた。腰まで伸びたくすんだ青色の髪が、体にあわせてふらふら揺れる。

「えっと、雨夜。落ちてきた女の子って、彼女?」

「多分……」

 雨夜に続いて部屋に入ってきた汐崎は、その奇妙というか、珍妙な生物をまざまざと見ながら、呆気にとられる。

「……ぷはっ」

 雨夜の声に反応したのか、それとも単に苦しくなったのか、またはその両方か、青髪の女子は冷蔵庫の中から顔をだした。

 見てくれは小柄で、恐らく雨夜と同い年か、一つ下かという感じ。

 肌は純白で髪の色はやはり青。かなり長めで、お尻を床につけて座っている今、毛先が床について広がっている。

 あどけなさが残る可愛らしい顔をしていて、その口周りにはケチャップとか、チーズとか、キャベツとかがくっついていた。

 彼女はけぷっ、と赤ん坊のようなゲップをした後、ようやく雨夜と汐崎に気づいたようで、目をぱちくりさせて、二人の顔を下から覗きこんでくる。

「あ」

 青髪の女子の、可愛らしくて薄紅色の──食べ物のカスとかがくっついたりしている唇が、ゆっくりと動いた。

「あなた達……誰?」

 それはこっちの台詞だ。

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