二話

「空から女の子が落ちてきた?」

 午前の授業も終わり、昼休憩。

 食堂組のクラスメートは授業が終わった直後に、凄まじい勢いで外にとびだしていく。

 残った弁当組は、仲良く机を並べてよく分からない会話を展開している。

 そんな中、周りの声に負けないぐらいの声で、汐崎美咲しおざきみさきはそう言った。

「うん、空から」

 対して、その話題をきりだしてきた少年、雨夜維月あまやいつきは、あっさりと返す。

「いや、そんな気楽な感じに言われてもね……」

 汐崎は少し呆れた風にそう言いながら、自作の弁当箱を開いた。

 文庫本サイズの、小さな弁当だ。

 汐崎美咲しおざきみさき

 委員長。

 異能によって幸運を手にした少女。

 自前の艶やかな黒髪を肩胛骨辺りまでのばした凛とした風格の持ち主で、規律に忠実な、真面目の塊。

それこそ、清廉潔白を旨としているような優等生である。

「えっとつまり、それってどういう事?」

「どういう事って、そういう事だよ。空から女の子が落ちてきた」

「またそんなベタな話だね」

 汐崎は嘆息した後、苦笑いを浮かべた。

「驚いたか?」

「創作の中ではよく聞く話ではあるけれど、現実で起きたら、それただの身投げだからね? そりゃあ驚くよ」

ネタが思いつかない作家じゃああるまいし。と汐崎は笑う。

「それで、それを見た後、雨夜はどうしたの?」

「頭上から落ちてきたからそのまま受け止めた」

 言いながら、雨夜は昼飯代わりの板チョコをくわえた。

 ぱっと見、葉っぱを食べる芋虫みたいだ。

「え、昼ご飯それだけ? 少なくないの?」

「金がないんだよ、枯渇しているといってもいいね」

「でもチョコだけって、体に悪くない?」

「悪いだろうな。けど別に僕の体はこれ以上痩せ細る事はないだろうし、体調が悪くなる事もないから、まあ、大丈夫だろ」

 長身痩躯。不自然に手足の長い、針金細工みたいな体。

 雨夜の身体はその異能で、それに固定されている。

「ふーん。でもそれってつまり、ダイエットしなくてもいいって事でしょ? 女の子からしたら、この上なく、羨ましい能力だよね。私も、最近太ってきたしダイエットしないと……」

「別に太っているようには見えないけどな」

「雨夜に言われると、皮肉にしか聞こえないね」

「委員長にだって、どれだけ努力しても太らない場所があるだろ?」

「あっはっは、ぶち殺すよ」

 汐崎は笑顔で握り拳を握る。

 雨夜は無言で椅子を後ろに少し引いて、逃げる用意をとる。

「全く、デリカシーの欠片もないねきみは」

「ははは……」

 頬を膨らまして怒っている事を素直に表現する汐崎から、雨夜は少し目を逸らす。

 汐崎は少し呆れたように、ため息をついて。

「それで、その空から落ちてきた子に、雨夜は見覚えがあるの?」

 と、言った。

 雨夜は首を横に振る。

「いんや、全く」

「全く? この街は決して広くないはずだし、少しぐらいあってもおかしくないんじゃない?」

「ない。委員長は僕の交友関係のなさを甘く見すぎだ」

 雨夜はそう断言した。

 (なぜか)自信満々に胸を張りながら言う雨夜に、汐崎は呆れながら空笑いを浮かべる。

「なるほど、身元不明で正体不明な女の子がいきなり空から落ちてきたんだ。本当にマンガみたいな話だね」

「マンガみたいな話を本当に味わえるとは思ってなかったけどな」

「ねえ」

 と、話の流れを遮るようにして、汐崎は机から身を乗り出しながら言った。

 その目は雨夜が想像している事をそのまま言ってきそうな、ある意味使命感に満ちているような、そんな目をしている。

 事実、汐崎は雨夜が「こんな事言いそうだなー」と思っていたことを、口にする。

「その子に会わせてくれない?」

「言うと思ったよ……」

 汐崎美咲を一言で言い表すのなら『良い人』である。

 困っている人を見捨てない、それこそ『ヒーロー』のような女の子だ。

 だから今の話を聞いて、雨夜が困っているのだと察したのだろう。

彼女はさも当然のように手を差し伸べてきた。

 対して雨夜は「やっぱこうなるよなあ」と嘆息してから。

「じゃあ放課後、僕の家に行きますか」

 と、言った。

 言ったところで。

「待たんか、このバカ共おおぉ!!」

 という野太い声が廊下から響いてきた。

 眩くて、青白い光が廊下側の窓から教室になだれ込んでくる。

まるで雷のように、一瞬遅れて轟音が響いた。

 いや、まるでではない。

 事実、たった今廊下では幾重もの雷が落ちているのだから。

「誰か悪さしていたみたいだね」

「みたいだな。まあ、鉄槌のおっさんに見つかったのは、さすがに不運としかいいようがないけど」

 汐崎は特に動揺することなくご飯を口に運びながらそんな事をボヤいて、雨夜も当たり前のように返した。

 とどろき鉄槌てっつい

 悪さをする生徒に、物理的に雷を落としてくる用務員さんである。

 彼が大事に育てた花壇の近くで、注意を無視してボール遊びをしていた生徒が、誤って花壇を壊してしまったその次の日、ギャグ漫画みたいに真っ黒になってグラウンドに転がっていたのは記憶に新しい。

 なんとなく廊下の方を見てみると、がたいの良いおじさんである轟が、怒号を上げながら腕を振り下ろした。

 その刹那。

 暗雲がどこからともなく出現したかと思うと、光速の雷が落ちてきて、逃げ惑う誰かに直撃した。

 一瞬遅れて轟音が響いて、また一つ、黒こげの生徒が増える。

「なんつーか……女の子が空から落ちてきたっていうのにさ」

 明らかな非日常な光景。

 しかしその光景に慣れきってしまっていた雨夜は、汐崎と向かい合う。

苦笑いを浮かべながら、雨夜は言う。

「いつも通り、日常は変わらないもんだな」

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