第2話 販売員

は?

何言ってんだ?

頭の上にクエスチョンマークが浮かんで、すぐにビックリマークに変わることになった。

「デュフフフ!混乱されてますか?大丈夫ですよ?最悪、痛くしませんから!スパッと首ぶった切って私の雁首コレクションに加えるだけですから。ただ、貴方が抵抗し場合は逆ですが」


背後からリアルながした。

雁首コレクション!?物騒過ぎるだろ!

怖い、リアルで知らない奴こんな事を背後から言われたらマジに。


でもオレは振り返る、こんなのドッキリでした!っていうオチが欲しいと願うように......まだ甘い幻想にすがりつきたかった。


そこには黒スーツに身を包んだ首のないデュラハンマンがいた。

「マジ...!?」

「はいマジもんですデュフフ」

「嘘だ...特撮じゃ...!」

「カメラ回ってますか?あ、そうだ!さっき一秒前に面接した子のありますから見てくださいよ~デュフン♪」

首がないにも関わらず、低い鼻歌交じりにデュラハンマンと名乗るその男はポケットに手を突っ込む。

1秒前?何言ってんだ?そんな時間で面接できるわけがない。

なのに、目の前のコイツなら出来てしまえるような不安が拭えない。


「ーーー」


家が歯ぎしりする時がある。

無垢材を使用した家にはよくあることで、反ったり縮んだりすることで、木の繊維が切れてしまい、あちこちから歯ぎしりするような音がする、という知識を何かの雑学本で読んだ。

そんな音ともに時より女性のすすり泣きのような声が、デュラハンマンのポケットからしていた。


──きっとコレを見たら俺は後悔する。

そんな予感が脳裏に走る。


オレはホラー映画やスプラッター映画が苦手だ。

興味本位で見てしまいたいと思う一方でだ。

目の視点はオレの意思に反して、動いてくれない。

デュラハンマンのポケットは大きく膨らんでいた。

小ぶりなスイカほどに。

デュラハンマンの白手袋をはめた手は長い黒髪を掴んでいる。

おさげ髪ほどの毛髪量だ。

どこか見覚えがある髪だった。


「彼女はとっても臆病な娘でしたよ。それでも終わりを前にしても貴方の名前を呼び続けていましたよユウダ君」


デュラハンマンの声が挑発的な色を帯びて、オレの何かを刺激する。

──やめろ...見るな!

脳が最大限、警戒アラームを鳴らすが、今だオレの視線は動かない。

不安と恐怖と絶望で、心臓が燃えるように息苦しい。

デュラハンマンの手がポケットから取り出したものを掲げた。

心臓が痛いほど高鳴る。

手足が一斉に笑い出して、立っているのも辛い。

世界が逆さまになったようにグルグルと回り始める。

涙で視界がグシャグシャになる。

手で拭っても、拭っても溢れてはアスファルトに落ちていく。

──あぁ、なのに、もう聞きたくないのに耳だけは鮮明に奴の声を聞き逃さない。


「デュフフ!彼女は、ミナツキ君は悲しいままに天に召されまたチャンチャン!」

「ーーーーー!!!!」


気づいたら駆け出していた。

手を伸ばしていた。

──返せよ!それは.....!


「返して欲しいですか?」


低かった声は声高に。

オレのはらわたを逆なでる。

奴はオレの行動を予想するかのように、左右に飛んでは回避する。

手を伸ばす度に、手の平に落ちてくるというより、下から舞い上がってくるような水滴が付いた。

──真っ赤な水滴だった。

乾いたアスファルトの上を、オレの肌を、鮮血が生き物のように、一定の粘土を持って物語った。


「デュフフフ!彼女から聞きました。貴方のお名前、店長兼魔王を務める私としてはこそばゆい。魔王の立場から申し上げますと──」


一本の手がオレの胸へと伸びる。

指先がピコンとデコピンしただけだった──。

突然、重い衝撃が走る。

舞台の暗転みたいな一瞬の出来事だった。

吹き飛ばされたことをオレは覚えている。

首根っこを物凄い速さで引っ張られるようにオレは地べたを転がった。

口の中が切れて、鉄の味が広がる。


「──潰しがいあるお名前ですね?昔から私、勇者はブッ潰すのが趣味でして」


波寄せのように体中を打って、ズキズキと傷んだが、オレの足は起き上がる。

頭を打ったからか、脳の中心がスプーンでえぐりこまれるような痛みを感じる両目。

爪が食い込んで、手のひらから血が伝っては地面を濡らしていた。


「同感だ!脳無し野郎!!!」


オレは走る。

生まれたての赤子のような危なかっしい足取りで。

擦り切れて黒ずんだ拳を。

ヤツの土手っ腹に。

手応えはあった。

鉄のように固い。

ビリビリとした衝撃が全身を駆け巡り、乾いた音がオレの拳が割れたことを知らせた。


「ほう、これが貴方の全力ですか?正直ガッカリですよ。そこで貴方に提案なのですが──」

「言わせねぇよ!!」

ヤツの襟首を掴んで、膝蹴りを再び胸部に叩き込む。

焼けた火鉢を突き立てられるような痛みがジワリジワリと膝頭に伝わり、激痛で体が痙攣する。

視界が赤く染まり、吐き気を催し、体中で余震が起こるように、頭痛、歯痛、胃痛と次々起こった。

吐き気は遅れて、やって来た。

「げぇぇ....えぇ!!」

地面の汚物には昼に食った米粒がたくさん混じっていた。

焦燥感と恐怖と激しい怒りが綯交ぜになる。

それでも吐き気は未だ止みそうにない。


「おやおや...吐いたままで良いので私の心の吐露も聞いて下さいデュフフフ!私が貴方をブッ潰すのは簡単です。でもそれじゃあつまらない。ゲームに例えるならレベルMAXの状態で、最初から始めたら敵も弱いですよね?全然攻略していく楽しさが半減ですよね?そこで私の提案なのですが、貴方合格です。意気込みが最高です。石にかじりついてもやってやるような鬼気迫るモノが目を見張りますよ?もっとも私、頭ないんですがね!とにもかくにも、おめでとうございます。入店を許可します。それで定職なのですが...何かご希望あります?勇者とか勇者とか勇者とか!大事なことなので三回言いました」


「──...とわりだ!」

「はい?今なんて?」

「おことぉ..わりだ!デメェの...言いなりでぇ...決めてやるがよ!!う...げぇぇぇえええ!!」


ヤツに言ってやった。

吐き気がまだ燻ってて、また吐いたし、涙と鼻水でグシャグシャな状態でコンディションは最悪だけど、言ってやった!


「おやおや、ではご希望があると?聞かせてくださいよー勇者様~」


鼻にかかった甘ったれ声で急かす奴。

オレは背負っていたリュック下ろすと、中からダンボールを開けるときに使うカッター取り出し、それを片手に抱える。

右手に反った形状のカッター、スライダーを指で押して、チキチキと刃を引き出すと。

オレは弾丸のように駆ける。

走る度に脳みそが揺られて、吐き気が強くなるが気にしていられない。

「ウチの100円均一店の看板商品の一つ!『サムライカッター君』!!」

「ほう?なんですか?そのちっこい刃は?」

奴はない首を傾げるように上半身を傾かせていた。

オレの務める店には幾つかの売れ筋商品が存在する。

その一つがこの『サムライカッター君』だ。

刀職人が懇切丁寧に一本一本鋳造した刃を製品に使っている。

刃にはミクロ状のノコギリ構造になっている。

そして反った形は切れ味を増やす。

あまりの切断力と無駄に高いクオリティーで入荷してすぐ売り切れる。

だが、誤って指を落とす事件もあり、生産は縮小、一年に一回入荷すれば良いぐらいのレア商品になってしまった曰く付きである。


「と言ってもただ黙って当たるのもつまりませんね『暗黒魔法シャドウナイト』」

ヤツは魔法を唱えると指を鳴らす。

未だ煙が渦巻く空間が、墨をぶっかけたように染まり、夜のような視界の悪さとなった。

──これが本場の魔法か、だがこれぐらいなら100円ショップの商品で対応できる!

オレは持ち合わせのサイリウムライトを数本折ると所構わずブン投げる。

コンサートやライブで必需品とも云える品だけあって、点灯力は強烈で。

赤や黄色、緑と様々な白光が闇夜を照らし出す。

ヤツの姿は瞬く間に露出することとなり──。


「そんなモノで!こんな闇夜で!私が切れるわけ──がはっ!?」

「言わせねーよ!」


ヤツの体が初めて、ビクリと震えた。

頭があったなら信じられないものを見たかのような顔をしていただろう。

ヤツは自身の脇腹にカッターが一本、突き刺さっているのを知った。

ヤツの体からは鮮血の代わりに真っ黒な血潮が吹き出し、アスファルトを黒く染めていった。

オレはカッターで胃腸をえぐるように、鍵穴を回すように刀身を動かして、突き刺す。

そして、小さな銃を取り出す。

手芸で多く使われるソレは『グルーガン』と呼ばれている。

それはスティック状の固まったボンドを溶かしながら接着していく物だ。

オレは銃身をヤツの切り傷口に突っ込むと、ダイヤルを回して温度設定をMAX230°に設定して引き金を引く。

湯気が立ち肉が、樹脂臭さと肉の焼ける臭いが鼻を付いた。

ヤツの体が大きく震えた。

内側から焼けた樹脂を流し込まれたのだ。

効いているに違いない。


「ありえない...貴方がレベル1の勇者だとして...私はレベルMAX99状態からレベル10にまで落として対応していました。例えるなら何の能力が持たない生まれたての赤子がドラゴンを倒したかのような驚きですよ...!素晴らしい!どうやら私は逸材を見つけたかもしれない!!デュハハハッハハハアッハハ!!」


腹の底から声を搾り出すかのようにヤツは叫んだ。



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