クレーマー×クレーマーズ

絶望&織田

第1話 プレオープン

ほとんどの人が知る百円ショップは....。


店内の商品が原則一個辺り100円+消費税であろう(まぁ例外もあるが)。


雑貨、食品、服飾、電気用品、ペットと多岐に渡るバリエーション。


差異はあれど基本、笑顔で丁寧な接客をする店員(まぁ例外は多々あるが)。


でも、もしも人外の化物が経営する100円ショップがあったら...その内容はガラリと様相を変える。


100¥ショップで働いていたオレが言うんだから間違いない。






2011年3月11日


バイトで働いている100¥ショップ「ヤオヨロズ」が休みで暇だった。

その日は幼馴染の一人である「ミナツキ春香みなつきはるか」とデモ(戦争)に参加した。


デモ参加、お一人様、日給一万円(交通費含むが、ヤバイと思ったら逃げろ!責任は全部主催者にあるからな! byオニギリ)。


次に参加の際には必ず顔をマスクや変装といった準備をすること、服装は自由だ。

大学生だから就活に響く場合が多々ある...いや絶対ある、それに大学生に「服装は自由」って指摘したら必ず目立つ格好をしてくるからだ。


これは大学の先輩「オニギリ 障吊具おにぎり さわつぐ」が主催した。


当の本人は上下白の特攻服に額にねじりハチマキ、顔は素顔だ。

前に心配になって「顔は隠さないんすか?」と聞いたら本人は呵呵大笑。


「俺はいらねぇよ。主催者がコソコソなんてしねぇしよ。俺が始めたことだから責任は全部俺にある!だから心配すんな!何かあったら俺に無理やりやらされたって言え!だから安心してクレクレ!クレーマーズ!!」


と、言った具合に肩が真っ赤になるくらい叩かれた。


──でも...なんか....この先輩の言うことはなんか...安心するだよな。


オニギリ先輩率いるデモ団体同好会こと「クレーマー×クレーマーズ」略して「クレクレ」だ。

先輩がたまに寒いシャレを語尾に付ける。


クレクレは行動理念というか。

動く理由が単純明快で、先輩曰く。

「世の中で気に入らねぇ事があるなら国会で!皆で言おうぜ!国に税金払ってるんだから!魂まで売ることはねぇ!!」だ。


ちなみにクレクレ創設3年、今回で三回目、メンバー数は大学校外を含めメンバー数一万を越えるとか。


下手な宗教団体並みの勢力になりつつある。


活動費用は募金や大学構内の同人サークルメンバーを抱き込んで売上の一部を回してもらったり、オニギリ先輩のポケットマネーだったりする。


もっともオレやミナツキはあんまりデモとか興味ないんだが、先のアルバイト代で

心を折った...というか金に目が眩んだ、しがない貧乏大学生である。


──後の理由付けとしては....やっぱり先輩や皆と一緒に何かをするのは楽しかった。


昼ちょうど。


人、人、人、人の山。


中心には国会議事堂が悠然とそびえ立つ。


普段はあまり縁のない場所で、人気が少ないイメージがある。


でも、今回ばかりは壮観な場所に成っていた。


怒声や罵声、オニギリ先輩が拡声器を通して政権批判が矢継ぎ早に飛んではデモ隊(兵隊)を鼓舞しているかのようだった。


時よりクレクレメンバーがオニギリ先輩に同意の歓声を上げる、オレやミナツキは少しへっぴり腰で皆にならう。


オレも含めて皆々様、シンボルマークである「地球」が描かれたお揃いのライオネットシールドを密集させて、盾を掲げた姿は古代ローマ兵の様相だろう。


この盾、木製で「コスプレ同好会」なる我が学び舎の人達が作った力作だ...というか良く作ったよな。


今の俺達は「勉学とちょっとの怠惰」を孕む大学生じゃない「言論」という武器で武装した戦士達だ。


頭上をテレビ局のヘリが飛べば、頭上を防御するかのように盾を上に掲げ、シンボルマークがよく映るように配慮、政権批判を大いにアピール(徹底抗戦)した。

俺たちに相対する機動隊が説得(服従)を叫べば盾をさらに密集させ突撃の構えを見せる。

野次馬から声援が飛べばゆっくりとだが、左右に動いで喜びをアピールするほどの徹底ぶり(?)だった。


「一触即発」ということわざがしっくり来る。


機動隊のライオネットシールドは基本的に微動だにせず、静かに佇んでいる。


そこには「言論」というよりも「国家」という強敵(モンスター)がデモ隊(冒険者)を今に飲み込むかのような威圧感があった。


デモ(戦争)は長期戦だ。


補給部隊(買い出し)が時より飲み物や食事を差し入れにやって来る人影。


頭頂部付近から黒い飛び毛が二本生えている。

夏場のGを連想させるそれは強大な...それではなく。

もう少し柔らかく、例えれば黒兎に似ていた。

オレの幼なじみである。

名は『ウサダ 宇佐美うさだ うさみ

会話の端々に兎に関することわざをよくぶち込んでくる。

歳はオレの一個上で、ガキの頃はよく「ウサギ姉」っと言って

慕った記憶があるが、恥ずかしいから今はもう呼んでない。

思い出に封印だ。

ウサミは拡声器に負けないくらい声を飛ばす。


「やぁやぁやってるかね!?ほら補給だ!!飯だ!!脱兎の如く買ってきたよ諸君!たーんとお食べよ!!」


見れば値引きシールが目立つ食品の数々、おにぎり、ジュース類、弁当類がウサミを筆頭としたクレクレ補給部隊の面々がブルーシートの上に並べていた。


「あのさ...ウサミ、また無理してお店の人に値引きさせてないだろうな?」

「なんだい?勇者くん、そんな兎の毛で突いたような事を心配しているのかい?」

「ウサミ、名前はやめろ...マジで...恥ずい。苗字で言えよ!」


頭が痛くなる。

オレの名前は『ユウダ 勇者ゆうだ ゆうしゃ

この名前の省で結構、黒い思い出が脳裏に去来する。

嫌でも目立つからイジメの標的にされるし、嘲笑の的にもなる。

かと言って現実で、魔法が使わえるわけでもなく、剣で相手を倒すわけなんてない。

さらに悩みは俺が...。

どうしようもなく...。


「相変わらず、株を守りて兎を待つだね?そんな事を君が、いや勇者である君こそ!胸を張るべきなんだ!ボクはそう思うね!」

「うっさいわー!オレの秘められた邪神の力が開眼する前にその口を閉じやがれ!魔王の手先めー!」

「な、なぜソレを!?こうなったら~ボク達は血で血を洗う戦いをしなくちゃいけないな!だが、悲しいかなボクと君は生き別れた姉弟なんだ!嗚呼、悲しいけれどコレ戦争なんだよね」

「ね、姉さん!オレはアンタを超える!!」

「来なさい!姉越えの地獄を見せてあげるよ!!」


中二病をこじらせている。

ウサミもだが。


「ユウダ君、ウサミちゃん。二人共、喧嘩はダメよ」


ミナツキが救急箱片手に輪に入ってくる。

おさげ髪を揺らして、優しげな口調の彼女はどうにもロリな雰囲気だが、身長は170cmほどあり、結構高くてモデル体型、胸は普通サイズ。

まぁいわゆるギャップ萌えか。

対照的にウサミは身長が150cmちょっと。

小さい。

胸も。

見たまんまロリロリしている。

ギャップロリか見た目ロリか迷うが、あえて外面は興味なさげに普通を装っておく。

捕まるからな、うん。






俺たちクレクレは昼休憩を取ることになった。

国会前で広げたブルーシートの前で食べる食事...何とも贅沢な気がした。


「やぁ国家の犬もとい、ごほん!失礼、国家に尽くす諸君、よかったら食事くらいはお互い立場を忘れて袂を開かないかい?」

目を離すとウサミは笑顔を浮かべたまま機動隊の皆様方にトコトコ歩いて、おにぎりを差し出していた。

無論、向こうは「遠慮する」と言わんばかりに手で制した。

ウサミは何を思ったか「そうかい?じゃあ遠慮なく...」

機動隊の目の前で、ムシャムシャとおにぎりを頬張り続けた。

相手はウサミやオレ達から目を離すような真似はしない。

もしかしたらウサミが注意を逸らして、何かよからぬことをするかもしれないし。

オレ達もまた然りだ。

けれど、ウサミは純粋だ。

ただ、黙々と美味そうに頬張り続ける。

ほどなくして、機動隊員の一人、また一人...腹の虫が鳴いてしまう。

一瞬の沈黙が生まれ相手が赤面したのは言うまでもないが。

彼らは職務を全うしなければならない。

それは個人的な羞恥であってもだ。

オレは居た堪らない気持ちになり、ウサミの首根っこを掴んで引きずった。

ウサミは抵抗したが、やっぱり人類共通の羞恥的に恥ずかしいだろ。

例え敵でもな。


「話は戻すが、お店の人、泣かせてないだろうな?」

「兎の登り坂とはこの事だ!と、言わせてみせようホトトギス!賞味期限が迫っているのを片っ端から集めて値引き請求を求めたよ。特にレジが混んでいる時間帯を狙ってレジ前で請求すると成功率が格段にアップするよ。周りの買い物客も同調をするからね」

「聞いたオレが馬鹿だった。お前はもっと大馬鹿だが」

ウサミはおにぎりを片手に呵呵大笑する。

対面しているから米粒がその度に飛んで来る。

コイツ、絶対いつか締める。

というオレの固い抱負を胸に、ウサミのほっぺたをつねってやる。

明日より今日、オレの体は有言実行!


「いひゃい...なにゅをふるんだい!?(痛い...何をするんだい!?)」

「フフフフ...貴様の所業はオレの暗黒面を刺激し、開眼させたのだ!その身を持って知るがいい!フハハハハ!!」

「やふれぇ...あふとのちかいをやふれてしあふのぉ!?あはたはあぁひぃとぉふのぉをやふてしまふのぉ!?(やめて...姉との誓いを辞めてしまうの!?貴方は人を辞めてしまうの!?)」

「もう戻れないさ!姉さん!俺達は決着をつけなくちゃいけないんだ!」

「あぁ...姉と弟の悲しい結末...私はどうしたら...」

ミナツキが困った顔で輪に加わる。

「一番目の姉さん!下がって!もう二番目の姉さんは俺達の敵になってしまったんだ!」

「まぁなんてこと...二番目の姉さん正気に戻って」

「よふぉほぉ!いふぅはんへのいもふぅほぉ!ふぁふぁとのぉ!ふふぁきふぉのぉ!!ぼふぁのとふいうほほがふぁりふぁふがらぁ!!(よくも!一番目の姉め!弟よ!ボクというものがありながら!!)」

ミナツキは結構、付き合いが良い。

オレがノリで中二病をこじらせても役に収まって付き合ってくれる。

ウサミはほっぺたをオレに横に引っ張られたまま寝取られた禁断の関係を口走る。

言っておくが、これはノリである。

ノリである、悪ノリだ。


大事なことなので三回くらい言ってみた。


「二番目の姉さん...俺達の仲を邪魔をしないでくれ。俺達はこれから二人で幸せになるから!アンタはもう要らないんだ姉なんだ!」

「うぐぅーー!!」

「二番目の姉さんごめんなさい。私たち...二人で幸せになります...だから...もう邪魔しないで...」

「ひぐぅぅー!!」


精神的ダメージが効いているようで、ウサミは涙目で苦しげに悶えている。

とめどなく溢れる涙が地面を濡らし、泣き腫らして瞳は忙しなく揺れていた。

罪悪感が走る。

周りのクレクレメンバーもオレ達を取り囲み何事かと目を見張っていた。

心なしか機動隊の方々も気になっているようで視線を感じる。


「ごめんウサミ」

「私もごめんなさいウサミさん」

「べ、別に泣いてなんが...な、ないだからね!し、失礼ちゃうね!」


ウサミはぐしぐしと涙を腕で拭い掠れた声で強がった。

胸がチクチクと痛む。

ほんと悪ノリするのがオレの悪い癖である。


「おいぃぃぃ!どうした!?男女の痴話喧嘩か!?さ、三角関係なのか!?」


オニギリ先輩が拡声器片手に慌てて輪に加わる。

この人は結構、頼れるけど男女話になると純だ。

俺もその手だけど。

とにかく拡声器から口を離してくれ!!

クレクレメンバーや野次馬兼ファン、機動隊の皆々様、報道関係者に至るまで注目の目が刺さる。

早く何とかせねば!

マジ、詰む!

「いえ先輩、オレ達そんなんじゃないんです!」

「ぼ、ボグゥどぉギミぃの仲はぞんなんじゃーないぃぃー!!」

「ちょっウサミ!?なにムキになってんの!?てか鼻水!オレの背中に鼻水つけないでくれぇぇぇー!」

「うるぱい!うるぱい!うるぱぁぁぁい!!!」


見ると泣き腫らした顔のウサミがオレの背中にしがみついてきた!

顔も密着させているので、もれなく鼻水と涙の水滴がジワリと背中に付いた。

振り払おうとしてもガッシリと腕を回していて、剥がせない!

まるで呪われたアイテムだ!

それから延々と小一時間、オレは痛い視線を浴びせ続けられた。

もうダメぽ。

オレのライフはゼロだ!!




午後1時過ぎ、ウサミはオレの膝の上で丸くなっていた。


「ウサミの奴、寝たか...」

「フフ...泣きつかれたんだと思うよ...そっとしておきましょ?

「やめてくれ、オレには荷が重い──ぐふぅっ!?」

と言いかけて。

ウサミの奴が右ストレートをオレの腹にめり込ませていた。

「ぐぅー、兎の角論...むにゃぁ」

「な、にが兎の角論だ!黙って寝れんのか...!」

ウサミは寝相が悪い。

腕や足も駆使して、凶暴化することも多々ある。

「あはは、二人は相変わらず仲がいいねぇ」

「そうか?オレにはよく分からんけど」

「そうだよ...うん、そうなんだよ」

ミナツキの消え入りそうなポツンとした声。

オレはポンとミナツキの頭に触れる。

ガキの頃からしている癖だ。

「私、緊張して...引っ込み思案だから...たまに二人の中に入れなくて...寂しいなって...思うんだ」

「気にすんなよ...オレは人見知り激しいし、ここぞって言う時は足がすくんじまうし、ヘタレだから...その点、ミナツキは昔から『涙の世話人』だろ?オレなら足が動かないまま何もできないって」

オレは「だから元気出せよ」とミナツキの横顔を覗く。


ミナツキは遠くを見つめていた。

その視線の先にはオレ達の思い出があるだろう。

オレも習って、あさっての方向を眺めた。


──オレ達はたまたま近所に住んでいたガキだった。

親達もすぐに打ち解けて、オレ達もそうだった。

魚釣りや、公園でままごとやら、時には取っ組み合いの喧嘩にまで、発展してしまった事もあるが、最後はミナツキがオレとウサミを叱って、優しく微笑んでくれた。

──ミナツキは痛いことが嫌いだった。

転んで怪我をしたり、他人の怪我を見るだけでも泣き出してまう。

だからオレとウサミが喧嘩して、擦り傷だらけになったら、救急箱片手に泣きながらせっせと消毒やら包帯を巻いてしまう。

付いたアダ名は「涙の世話人」

学年が上がる頃になっても彼女の看護は変わらなかった。

オレは基本ヘタレだ。

けど、どうしても許せない事がある。

それは理不尽な事だ。

ミナツキは夏でも長袖や長ズボンで皮膚を隠す。

プールの授業もずっと見学だ。

理由は聞いても教えてくれなかった。

やっと聞こえるかどうかの声で「ごめんなさい」と言うだけだった。

オレはそれ以上、聞かなかった、それ以上聞こうとも思わなかった。

──きっと聞いてもヘタレでダメな勇者のオレには何もできないと分かっていたから...逃げたんだ。

学年は上がって、俺達が高校一年になった頃。

ウサミは遠くの学校に行くこととなり、幼馴染はオレとミナツキだけになった。

オレとミナツキは同じクラスでなんとなしに日々を過ごしていたが...。

ある暑い日、事件は起きた。

いつも肌を露出させないミナツキが先輩達の目に止まったのだ。

先輩達がワラワラと教室にやって来て、ミナツキの腕を捲った。

必死にミナツキは抵抗したらしい。

オレはその場にはいなかった。

教室に戻ると、円を組むように取り囲む先輩たちと、その中心で蹲り泣き続けるミナツキ。

鮮明に聞こえたミナツキへの悪口。

ミナツキの髪は乱れ露出した皮膚にはアザが生々しく、オレに語りかけてきた。

見世物小屋に引き出された獣のような苛立たしさが、オレの全身を駆け巡る。

──「うわぁ!見てよこの一年、リストカットだらけの腕じゃん!うへぇー気持ち悪い!」

──「キモッ!マジねぇわ!なんだよ?そういう趣味あるの?痛いのが気持ちいいとか!なんならもう一回、俺が蹴ってあげようか?」

先輩の一人、ガタイの良さそうな男の先輩が片足を振り上げた。

オレの心は口を開けて、笛のような息とともに外に溢れていた。

机を引っつかむと、風を切って先輩の頭めがけて、躊躇なく振り下ろした。

鈍い音がしたと思う。

倒れたまま痙攣する先輩を見下ろしても何も感情は湧かなかった。

思うとすれば、眼下の下のコイツや先輩達、黙って傍観していたクラスの連中は人間じゃない、という吐き捨てたモノだった。

「痛えな...お前ら何した?」

「は?....な、にもしてねぇし...お前何言ってんだ?」

「痛えよ...お前らに人の心の痛みなんざ分からねぇよ...なら物理的に味合わなきゃな!!」

机を再び掴んで、私は関係ないという雰囲気で佇むクラスの女子に向けて、ブン投げた。

怪鳥のような醜い悲鳴が上がった。

普段、女子達はミナツキと群れて、行動していたが陰でミナツキの悪口を言っていた。

「ねーねーユウダ君、ミナツキとは幼馴染なんでしょ?大変でしょ?だってあの娘、声が小さくて何言ってるか分からないし、鈍臭いし。正直ウザイでしょ?そう思うでしょ?」

怪鳥の群れは似たような醜い雁首を揃えて、事あるごとにオレに同意を求めていた。

ミナツキがいないことをいい事に。

オレは何も言わなかった。

肯定も否定もせず、何も。

逃げていた。

「てめぇ一年!調子に乗るんじゃねぇぞ!!」

顔面に鋭い衝撃が走る。

視界がグラリと揺れかかるが、大したことはない。

「アイツの痛みに比べれば!痛くねぇよ!!!」

先輩のみぞおちに拳をめり込ませる。

先輩は意味不明なうめき声を上げて、黄色い何かを床にぶちまけた。


途中の記憶で覚えてる記憶は途切れ途切れだ。

津波のような暴力にさらされ記憶の視界は暗明を繰り返し、全員にきっちり痛みを与えて、病院送りにしたことは覚えてる。


口の中が鉄の味でいっぱいになり、高校は退学処分で人生がいっぱいいっぱいになり、始めたバイトが100¥ショップの販売員で、覚えることがいっぱいいっぱいだったが、それでもミナツキはオレの傍にいてくれた。

聞けばミナツキも高校を辞めて、働いているという。

オレに救われたから自分と戦う勇気が少しでも持てた、と言ってくれた。

それから二人で働いて、勉強して、大学に進んだ。

学び舎は暗い思い出が、時より顔を出して俺達を脅した。

「思い出せ」と。

二人で震えた。

二人で泣いた。

二人で慰め合った。


そんな折、クレクレと出会い、興味本位で活動を見に行くと障吊具先輩が快く俺達を迎えてくれた。

ウサミとも再会した。

今までの事を話して、こっぴどく怒られたり、こっぴどく泣かれたり、騒がしかったが、楽しかった。


「元気ついでに私のお願い聞いて欲しいな」

「なんだよ?」

喜びを頬に浮べたミナツキはオレに弁当を差し出す。

よく見ると彼女の指は...。

昔から相変わらず絆創膏だらけだった。

「私、料理あんまり得意じゃなくて...!」

「知ってる」

「だからあんまり美味しくないかもだけど...!」

「愛情こもってるから美味しいだろ」

「そ、そんなの分かんないよ!あ、待っ──」


オレはそっと彼女の手からお弁当を強奪する。

真っ赤な小さなお弁当の蓋を開けると、海苔で顔を型どった三角おにぎりがオレにこんにちはしていた。

ミナツキを見ると、彼女は赤面した顔を隠すかのように俯いていた。

オレは手を合わせて、合唱した。

まるで大呪文を発動させる魔術師のように、高々と。


「いただきまーす!!」




午後、2時も後半に差し掛かった頃。


日も少し傾いてきた。

オニギリ先輩の政権批判は衰える事はなく、俺達、主にオレとミナツキはライオネットシールドを片手にアルバイトに精を出す。



──ちゃりん。


硬貨の落ちた音がした。

見ると灰色のコンクリートに黒光りした硬貨が落ちていた。

拾い上げると材質は絵柄が入った金属、側面にはギザギザが細かく入っている。仕事柄、よく目にする100円硬貨に似ていた。


──ちゃりん、ちゃりん、ちゃりん、ちゃりん......!


その一枚を皮切りに雨が降った。

数も増えて音がどんどん大きくなる。

「兎の罠に狐がかかるどころじゃない!?なんだいコレは!?」

「100円?黒いのなんて初めて見るなぁー」

ウサミやミナツキも硬貨に気付き、それぞれ盾を傘代わりにしながら拾い上げてしげしげと見ている。

それからはデモどころじゃなくなった。

オレは盾を上に構えたまま空を見上げた。

その日は曇りで天気はぐずつかないって天気予報士が言っていことを何となくだが、覚えていた。

でも変だった。

灰色の曇空の一点だけ、真っ白な空間がポッカリと口を開けるようにあった。

一瞬、空の切れ目とも思ったが、それは驚くことにユラユラと左右に動いていた。

まるでUFOキャッチャーが景品に狙いを定めるような不安定な動きで。

硬貨はそこを中心に落ちてきていた。

国会の上空でぴったりと動きを止めた。

明らかに異常だった。


──何だアレは?


「おい、アレ...」

「なんだ?」

「は?」

「UFO!?」

「なんだよ...マジかよ!ヤバイって...!」


周りの皆も気づいたようで、口々に口走り視線の先は空。


それからはスローモーションで周りが見えた。

機動隊は無線機を片手に叫び。

サイレンが甲高く危険を知らせた。

悲鳴、怒声と様々な声がもっと危険を知らせた。

「みんな逃げろ!!!」

オニギリ先輩の声もまたそれの一部だ。

自分の目を疑った。

白いそれは一直線に落ちてきた。

不思議と音もない。

まるで映画を音消し状態で見ているかのようだった。

国会議事堂は長さ206.36メートル、奥行き88.63メートル、中央塔の高さは65.45メートル。

それをゆうに超える巨大な白塗りの正方形の箱。

差し迫る異常事態の最中、オレの脳裏には走馬灯が駆け巡った。

嬉しいこと、しょうもないこと、怒ったこと、泣いたこと...100以上の思い出達が浮かんでは一瞬で消えていく。

「逃げるんだ!勇者!」

「ユウダ君!!」

ウサミとミナツキが俺を腕を引っ張っている。

痛いが、それどころじゃないんだ。


空が陰る。


──国会議事堂も周囲五キロは簡単に飲み込んでしまうようなスケール。


──きっと逃げても無駄だ。


──もうこんなにも近くに。


──こんな時、オレが働いている100¥ショップの商品で。


──腰が抜けた時に使える便利な道具があれば良いなと思った。


「ゴメン...マジでゴメン、オレ勇者じゃないんだって...名前負けしてら...」


白い空間が迫る。


意識が遠のく。



『デュフフ...運命や願いが100円硬貨一枚で一個叶うとしたら何を願いますか?』


その合間に言葉が耳の底で、エコーがかかったような響きで、こだまする男の低い声がした気がした。

オレはつられて願いを吐露していた。


「オレは......名前負けしない本物の勇者になりたい」って。


『その願い、お買上でございますね?ありがとうございます』


男の声は酷く上機嫌だった。





次に目を覚ました時。

あたりの空気がむせる程に土臭い。

ウサミとミナツキは傍で気絶したままだった。

──二人共、無事で良かった。

しまりのないベタベタした気の抜けた音楽、「プレオープンしました」という機械的な女性の声。

目に映るのは瓦礫、灰色の空、そして目の前にそびえ立つ巨大な白塗りの箱だった。

目を凝らすと一点だけ「100円均一ショップ、ダンジョン改め!」と銘打つ、電子掲示板の赤色ライトがホコリを薄らと映し出す。

時間が経つにつれて、あちこちで人影や声が上がる。

「怪我人を見つけたら報告をくれ!医者や看護師の人!いたら集まってくれ!」

オニギリ先輩の拡声。

パトカーや救急車のサイレンが遠くで鳴り響いている。

少し肩の荷が下りたが、まだ完全には安心できない。

そもそも謎の箱が原因なのは言うまでもないが、一体あれは...?

スピーカーから響く「プレオープン」を知らせる女性の声が干からびた声に変わり、がした。


「あーあーあー、テステス、デュフフフ!レディース&ジェントルマン!ごきげんよう!煙の中から失礼致します。私、「店長兼魔王」をさせて頂いてます。

デュラハンマン首無し男』と申します。そのままで聞いて下さい『100円均一ショップ 100禁』がこの度、プレオープンの運びとなりました!尽きましてはこれよりお客様兼クレーマーを100人ほど、お選びを致します。どちらかと言えば面接に近いと思います。内容は簡単、今から数分間、お一人ずつ面接させていただきます。見事合格されればささやかながら、1000円ほど包ませて頂いた後、定職に就いていただきます。残念ながら不合格な方は死んでいただきます。そうですコレは生と死を賭けた『デス面接』です!デュフフフ!!!」



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