第49話 ムササビンガーの奧の手

 家に帰った芽亜はすぐに巫女服に着替えて退魔用の道具を持って、自転車に乗って飛び出していった。

 国道の側道を全速力で飛ばしていく。向かうあてはすぐに分かった。北東の方角から異質な霊気を感じたのだ。

 だが、それは遠くで昇る煙のように具体的な場所までは計らせない。

 のんびりと正確に計っている暇は無かった。とにかく自転車のペダルを全力で漕いでいると見知った後ろ姿が見えてきた。

 その息を切らした銀髪の少女は、芽亜も知っている少女だった。


「ネッチー!」


 呼ぶと彼女はすぐに振り返った。その不安の眼差しを見て、芽亜はすぐに自分の直感が正しかったことを悟った。


「芽亜! 有栖が……!」

「分かってる! 乗って!」


 言うとジーネスはすぐに後ろに乗ってくる。


「飛ばすから、しっかり掴まっててよ!」


 芽亜はすぐにペダルを漕ぎ始める。全速力で自転車で目指す場所へと急いだ。




 有栖と舞火と天子とエイミーは四人で中級悪霊を取り囲むように陣取った。ムササビンガーは全く余裕の笑みを崩さない。

 最近戦いに出なかったエイミーに無茶はさせられない。そんな有栖の考えを、天子も感じているようだった。エイミーに向かって言った。


「あいつの手から伸びる光の糸に気を付けなさいよ!」

「分かってるです! ミーも前の戦いを見ていました!」


 その言葉を聞いてムササビンガーの笑みが深くなった。


「なら、お望みの物を見せてやるよ!」


 ムササビンガーの手から光の糸が伸ばされる。


「もう一度食らって赤っ恥を掻きな!」


 それは一気に天子へと襲い掛かっていった。


「掻くわけにはいかないでしょ! そんな赤っ恥!」


 中級悪霊の左右の手から次々と発射される攻撃を天子は次々と避けていく。無理に受け止めるようなことはしない。また絡み取られるようなことになったら相手の思う壺だ。


「先輩! 今!」

「エイミー、気を付けなさいよ」

「え!?」


 手助けに出ようとするエイミーに舞火が注意を促すが遅かった。

 ムササビンガーは天子に向けていた手をいきなり大きく横にぶん回した。なぎ払うように光の糸が瓦礫を次々と跳ね上げながら地面スレスレを迫ってくる。

 喧嘩慣れした舞火は素早く跳んでその攻撃を回避するが、エイミーは反応が遅れてしまった。       

 迫るその攻撃を、エイミーは何とか防御した。

 光の糸は通り過ぎていったところで再びムササビンガーの手に収納されるように戻っていった。

 エイミーの腕は痺れたが何とか攻撃には耐えた。ムササビンガーは不満そうに足を踏み鳴らして振り返った。


「なんだよ、お前。当たらないのかよ!」


 鋭い視線でエイミーを睨む。天子を狙うと見せかけて、最初から狙いは後ろにいた二人だったのだ。


「こんなちゃちな攻撃を食らう後輩なんてうちにはいないわ!」


 エイミーの代わりに舞火が答えた。そして、箒を構えて跳び出した。同時に天子も動いていた。


「そして、同じ相手に二回もしてやられる間抜けもいないってね!」

「あんたの性格の悪さはこちらはもう承知済みなの!」


 舞火が跳ぶ。天子も箒を振り上げた。ムササビンガーは一度両手を引いてから突き出した。


「なら、勝てないってことも承知するべきだったね!」


 ムササビンガーの両手が二人の箒を受け止めた。だが、吹き飛ばすとまではいかずに、ムササビンガーは僅かに怪訝に目を顰めた。


「あん? そうか、霊力を上げてきたってわけか。少しは出来るようになったじゃないか」

「有栖ちゃん! 今!」

「悪霊退散!」


 有栖は霊力を込めたお札を投げる。それをムササビンガーは足で跳ね上げた瓦礫で防いで見せた。


「だが、やはりまともに霊力を扱えるのはお前ぐらいだな! 見え見えなんだよ!」

「残念、ミーがいます!」


 その瞬間、瓦礫を越えてエイミーがジャンプしていた。黄金の煌めきに目を細めながら、ムササビンガーは両手を動かそうとして……動かなかった。


「なっ、てめえ!」


 舞火と天子がそれぞれの腕から伸びた光の糸を掴んで引っ張っていた。


「最初から目的はチームプレイなのよ!」

「最近出番の無かった後輩に活躍を譲ってあげるのも悪くないってね!」

「悪霊退散です!!」


 エイミーの箒が鋭く振りぬかれ、ムササビンガーの頭を強く叩いた。


「ただの素人が。あ?」


 ただの巫女だとムササビンガーが侮っていたその攻撃力は思った以上に強く、有栖も驚いてしまった。

 伊達に彼女は権蔵に選ばれて神社に来たわけではない。改めてそれを実感する。

 殴られたムササビンガーは後ろに吹っ飛び、派手に土煙を上げて倒れていった。


 エイミーは着地して振り向き、箒で刀を収めるしぐさをした。


「フッ、またミーがやっちゃいましたか……」

「「やったか!?」」

「舞火先輩! 天子先輩! それを言っちゃ……っ!?」


 そんなことを言ったからだろうか。ムササビンガーはすぐに瓦礫を跳ね上げて立ち上がった。

 相も変わらず平然とした嫌らしい笑みを浮かべている。


「やってくれたね、君達。だが、まだ僕を怒らせるほどじゃない」

「しぶとい奴!」

「憎さだけなら中級ね」

「大丈夫です。このまま続行しましょう」


 立ちはだかる中級悪霊の姿を見ても誰も慌てたりはしなかった。やる事は変わらない。すぐにそれぞれの武器を構えた。

 実力を上げた巫女達を前にしても、ムササビンガーの顔から笑みは消えなかった。


「勘違いをしているならもう一度教えてやるか。ここは君達が良い気になる場所じゃないんだ。僕が王として祝福される場所さ!」


 ムササビンガーが素早く両手を広げる。その瞬間、ムササビンガーの中で霊力が一気に膨れ上がった。

 有栖がそう感じた瞬間、


「身を守ってください!!」


 鋭く指示するとともに仲間達が動く。

 ムササビンガーを中心にして爆発が起こった。身を叩く爆風をみんなはそれぞれに防御したり身を伏せたりして凌いでいく。

 土煙が広がって何も見えなくなってしまった。


「自爆したの!?」

「いえ! これは!」


 有栖は正確に相手の霊力を捉えていた。ムササビンガーはその場から動いていない。その場所で立ったままだった。

 やがて煙が晴れていく。

 ムササビンガーの霊力が増し、その姿が少し変わっていた。黒い靄のような物を体にまとわせ、その体も少しシャープに強靭さを増したように見えた。

 ムササビンガーは吠える。


「見せてやるよ。これが僕のっ! 王の力だ!」


 地を蹴って振り上げる爪の速さは今までの何倍ものスピードだった。


「エイミー! 避けなさい!」


 舞火がすぐに狙われたエイミーを突き飛ばし、箒を振り上げて防御する。だが、受け止めきれずに吹き飛ばされてしまった。


「舞火さん!」

「舞火!」

「何だよ。狙いが外れちゃったじゃないか。その金色の奴を狙ったのによ」


 ムササビンガーはつまらなそうに呟き、手を横に向ける。一瞬の隙を突かれたのと動きが以前より数段早くなっていたので、天子は避けることが出来なかった。

 ムササビンガーの手から伸びた黒さを増した糸が天子の体を掴んでいた。


「目障りなお前はもう一回飛んでいろよ!」

「くっ、こんな物で二回も! キャアアア!」


 天子はもがくが、逃げる時間は与えられなかった。


「一度やられた奴は素直に退場してろ!」


 ムササビンガーが吠えるとともに天子は空高く振り回され、瓦礫の中へと叩き付けられていった。


「天子さん!」


 有栖は駆け寄ることも出来なかった。

 ムササビンガーが近づいてくる。その隙にエイミーが代わりに救出に向かってくれた。

 近づいてきたムササビンガーは有栖に向かって見下す笑みを浮かべてみせた。


「もう一度僕に向かってくるかい? おチビちゃん。許さねえとでも言って殴りかかってくるかい?」

「くっ、悪霊退散!」


 有栖はありったけの霊力を乗せたお祓い棒で打ちかかるが、ムササビンガーはそれを軽く指で挟んだだけで受け止めてしまった。


「そんな! 何で!?」


 いくらムササビンガーが力を上げたと言っても、こんな短期間で前に通用した技が効かなくなるなんてありえないはずだ。

 ムササビンガーは中級の悪霊だ。上級や悪霊王では無い。その実力は今もそう感じられる。

 驚愕する有栖に、ムササビンガーはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて見せた。


「ただ一時的に力を爆発させたんだよ」

「力を爆発させた?」

「感じないかい? 僕の体に取り込んだカスみたいな奴らの霊力を。そいつをちょいと爆発させてやってよ。文字通り爆発的な力ってやつを引き出しているのさ」

「なんてかわいそうなことを……!」


 有栖にはムササビンガーの体内で起こされた霊力の爆発の中で悲鳴を上げる下級霊達の悲鳴が聞こえてくるようだった。

 ムササビンガーは黒く笑う。それはまさしく悪霊と呼ぶにふさわしい邪悪の笑みだった。


「僕を恨む憎悪。世を憎む嘆き、それが僕の体には心地がいい。王に贈られる一番の祝福の言葉だ!」


 ムササビンガーの手が有栖の体を掴んだ。抜け出すことも出来ず、有栖の体は高く振り上げられた。


「さあ、お前も僕に祝福の言葉を叫びな! カエルのように潰れて惨めな声を上げるんだよ! ゲコゲコってな!」


 凶暴な声とともにムササビンガーの手が振り下ろされる。

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