第43話 悪霊からの依頼

 有栖達は神社に帰ってきた。舞火と天子は悪霊を退治できなくて物足りない気分のようだったが、有栖としては町が平和なのは何よりだった。

 帰宅するとエイミーが出迎えてきた。


「おかえりなさいです、有栖。先輩達も。早かったですね」

「うん、すぐに終わったから。ネッチーは?」

「フフン、きちんと仕事を教えていますよ。ある程度出来るようになったから、ミーはこうして仕事を任せて出てきたのです」

「ならその仕事を拝見させてもらおうかしら」

「そうね。どれだけ出来るようになったか見てやろうじゃない」


 後輩に対して舞火と天子は挑戦的だ。エイミーも挑戦を受けてたった。


「フフン、どうぞこちらにです」


 エイミーは先輩達を案内する。神社の事務所に入ると、ジーネスは机に積まれた書類を真面目な顔をして整理していた。

 悪霊王に神社の大事な書類を任せていいのだろうか。有栖は迷ってしまったが。

 ジーネスは全く悪びれない純粋な仲間の顔をして挨拶してきた。


「おかえりなさいなのじゃ、みんな。わらわはきちんと仕事をしておったぞ。エイミー先輩にいろいろ教えてもらったのじゃ!」

「どうですか!」


 ジーネスとエイミーが揃って自慢げな態度を見せてくるので、有栖は邪な考えを横にどけることにした。

 もう漆黒の悪霊王がどうだとか本当に何も気にすることは無いのかもしれない。今も持ち歩いている封印石ももう気楽にタンスに放置してもいいのかもしれなかった。

 それでも、父が帰ってくるまでは頑張ろうと決めていたので、有栖は決意を新たにすることにする。

 舞火が近づいていって、ジーネスに席を代わらせて、書類をめくり始めた。


「ちゃんと出来ているか見てやろうじゃない。出来ていなかったらデコピンね」

「そこまでやらなくても」

「舞火は本当にいじめっ子の気質よね」


 有栖は仲間の事を信頼していたけれど、天子は呆れたように息を吐いていた。舞火と天子は幼馴染同士でお互いにお互いにしか分からないことをよく知っている。

 有栖には踏み込めない領域だった。

 エイミーの隣に立って、ジーネスは少しそわそわしていた。


「デ……デコピンとは何じゃ? 痛いのか?」

「ネッチーの仕事ぶりはミーが監督していたのです。デコピンを食らうことは無いのです」

「そ……そうか。痛いことは否定しないのじゃな……」


 先輩のしっかりとした言葉にジーネスは幾分か落ち着きを取り戻して、書類をめくる舞火の手を見つめた。

 舞火が書類を見ていく。そのチェックをみんなが見守っていた。そんな時、


「わんわん!」


 いきなり外で、こまいぬ太が吠え始めた。


「どうしたんだろう」

「あいつがあんな吠え方をするなんて初めてね」


 こまいぬ太と仲の良い有栖と天子はすぐにいつもと違う式神の様子に気が付いた。舞火も遅れながら目を上げた。


「何か来たのかしら?」

「見てきます」

「あたしも」

「こうしてはいられないわね」


 有栖の後に天子が続き、有栖が行くなら放っておけないと舞火も急いで立ち上がって出ていった。

 エイミーとジーネスもお互いに目を合わせ、すぐに意見を合わせて頷いて外へと向かっていった。




 有栖達は外へ出た。こまいぬ太が境内で吠えている。


「どうしたの、こまいぬ……あ!」


 式神が境内で吠えている。その理由はすぐに分かった。

 こまいぬ太の吠える先、神社の入り口にカマイタチ三兄弟の一匹が立っていたのだ。

 逃がした事を根に持っていた舞火と天子はすぐに意識を戦闘モードへと切り替えた。


「ここまで乗り込んでくるなんていい度胸じゃない」

「返り打ちにしてやりましょう」


 舞火と天子は好戦的だ。今は箒を持っていないが、素手で十分とばかりに拳を握っていた。

 有栖も身構えるが、相手に戦う気は無いようだった。


「待ってくれ! 俺は張り紙を見て来たんだ!」

「張り紙?」


 有栖が首を傾げる。とりあえずは相手の言い分ぐらいは聞いてやろうという空気に、カマイタチ三兄弟の末っ子は一気にまくしたてるように言った。


「そうだ。町に貼ってあった。悪霊を見かけたら巫女に連絡をするようにと書かれた張り紙だよ!」

「芽亜さんの作ったポスターです」


 有栖にはすぐにピンと来た。あれには神社の連絡先と住所も書かれていたはずだ。

 舞火と天子もすぐに有栖の考えを受け取った。


「まさかそれを逆手に取ってくるなんてね」

「悪霊があのポスターを見て来るなんて」


 巫女達は悪霊の挑戦を受けて立つ態度を取り続けるが、相手にはさっぱり戦う気が無いようだった。カマイタチの三郎は言い逃れのように言葉を続けた。


「だから違うって、俺はあんた達に依頼があって来たんだ」

「依頼?」

「あんた達に倒して欲しい悪霊がいるんだ。こいつがちょっと困った悪霊でよ。兄貴も捕まっちまって……」


 三郎が話していく。悪霊とはいえ依頼の話だ。有栖達は最後までその話を聞いた。何でも困った悪霊が町はずれの公園に現れたらしい。


「ちょっと強い悪霊よりちょっと強い悪霊か……」

「そんなに強くないぜ。兄貴よりちょっと強いぐらいだぜ」

「ちょっと強いぐらいか……」


 カマイタチの三郎は調子に乗った態度を取っている。有栖は考えてしまう。

 舞火は気楽な息を吐いた。


「いいじゃない。どうせ悪霊はみんなぶっ飛ばすんだし。さっさとその悪霊もこの悪霊も祓っちゃいましょ」

「おっと、俺を祓うなら依頼の後にしてくれよ。でないと安心して成仏できないぜ」

「舞火、悪霊からの依頼なんてうさんくさいでしょ。ここは慎重になるべきよ」

「これは罠です」


 天子が珍しく慎重な意見を述べて、エイミーまでそんなことを言ってきた。

 有栖は考えて答えを決めた。


「いえ、舞火さんの意見は正しいです。悪霊が出るなら祓わなければなりません」

「さすが有栖ちゃん」


 同意した意見に、舞火が華やいだ声を上げた。


「まあ、それはそうよね」

「虎穴にいらずんば虎児を得ずです」


 天子もエイミーも賛成してくれた。有栖は頷いた。


「この依頼にはわたしと舞火さんと天子さんで行きます。エイミーとネッチーは万が一の時のために待機していてください」

「ミーはまた留守番ですか? ミーも悪霊が退治を依頼する悪霊が見たいです」


 エイミーが落胆する息を吐く。舞火がそんな彼女を宥めていた。


「まあ、そう言わずに。秘密兵器はいざという時のために待機しておきなさい」

「すぐに祓われる悪霊を相手に秘密にしておく意味はあるのでしょうか」

「エイミーには後輩の教育があるでしょ。自分の仕事を頑張りなさい」

「分かりました」


 先輩達にそう言われ、エイミーは渋々と納得した。

 話が纏まったところで、有栖はカマイタチの三郎へと目を向けた。


「では、案内してくれますか? その悪霊のいるところへ」

「おう、ついてこいや」


 カマイタチが軽快に走り去って、有栖達は後を追った。

 見送って、エイミーは何だか胸騒ぎがしていた。隣にいるジーネスが何でもないことのように訊いてくる。


「有栖達は何と戦っておるのじゃ?」

「悪霊ですよ。みんな町から悪霊を祓うために頑張っているのですよ」

「そうか。あいつらも悪霊を退治する者達だったのか……」


 微妙な空気が流れていた。何だか不穏を感じさせる空気だった。

 エイミーは自分の勘を信じて考えを決めた。


「やっぱり気になります。ミーも行きます。ネッチー、神社の留守番を……」

「いや、わらわも行く」

「え……?」


 後輩の珍しく強気な発言にエイミーは目を丸くしてしまった。


「有栖達が何と戦っているのか見ておきたいのじゃ。駄目か?」


 彼女は真剣な眼差しをしている。後輩のたっての願いを断る言葉を、エイミーは持ってはいなかった。


「分かりました。では、見つからないように後をつけましょう」

「ラジャーなのじゃ、先輩」


 そうして、エイミーとジーネスも有栖達の後を追っていった。

 人のいなくなった神社に静かな風が吹いた。

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