第42話 中級悪霊の出現
今回の悪霊の出現が報告されている現場までは少し距離があった。
有栖達はバスに乗って、住宅地から少し外れた田園風景の広がる場所へやってきた。
遠くには住宅地の明かりが見え、辺りには暗く沈んだように田んぼが広がっている。
人気のない場所だ。だからこそ悪霊も住処にしているのかもしれない。
有栖と舞火と天子が立つ前には、草がぼうぼうと茂っている草地があった。誰もすぐに踏み込んだりはしない。
「この草の中に悪霊がいるの?」
舞火が箒の先で軽く草を撫でながら訊いてくる。
「はい、そう報告されているんですが……」
有栖が見ても何も見えない。草が茂っていて視界が悪い。それに悪霊の気配が感じられなかった。
「草タイプなのかしら」
天子がゲームのように訊いてくる。
「いつもの悪霊だと思うんですけど」
草タイプなんて悪霊は見たことも聞いたことも無い。
答えながら有栖は悪霊レーダーを取り出して見る。やはり反応が無かった。
「悪霊がいませんね」
「探してみる? エイミーがいれば突撃させるんだけど」
「エイミーがいればね」
舞火も天子も荒れ放題の草むらの中に飛びこむ気は無さそうだった。
有栖も同意見だった。草の中には何がいるか分からないし、服も汚れる。草には棘のある物もあるので痛い思いもする。賢明な判断だと思った。
「こういう肩透かしを食らったこと、前にもあったわね」
「前?」
天子が呟いたことに、有栖にはすぐに思い当たるところが無かったが、旧友の舞火にはすぐに分かったようだった。
「エイミーを洋館に連れていった時ね。あの時は芽亜が悪霊を集めていて、みんながそっちに行ったんだっけ」
「まさか、またどこかで誰かが悪霊を集めている?」
「それは分かりませんが……今はわたし達に出来ることをしておきましょう」
有栖はお祓い棒を振って、その場のお祓いをしておく。
これは気休めのような物で、数日も経てば蚊取り線香の切れた部屋に再び蚊が現れるようにまた悪霊がやってくるだろうが、その時はまたその時に退治すればいいだろう。
有栖はそう決めて、その日の仕事を終えることにした。
誰かがまた悪霊を集めている。そう推測した舞火や天子の考えは正しかった。
静寂に包まれた夜の暗い公園。僅かな灯りだけがそこを照らしている。その場所に悪霊達が集まっていた。
みんなファンシーな動物の姿にしか見えないような下級悪霊達ばかりだった。
彼らは下級であるが故に考えに乏しく、何か集まっているから集まっているといった呑気さで会場にやってきていた。
その会場にある檀上、滑り台の上に立って発言したのは、カマイタチ三兄弟の次郎だ。
彼はやる気に拳を握って演説した。
「みんな、よく集まってくれた。あの町を攻めあぐねている悔しさはみんな同じだと思う。俺の兄貴も志半ばにして巫女にやられてしまった。このままでいいのか!」
『わいわいがやがや』
次郎はやる気になっていたが、それは会場のみんなには伝わっていなかった。
下級悪霊達は気にせずに雑談をしている。ごく一部の物だけが『よく無いなー』と言ったり、黙って頷いたりしていた。
「頑張れ、次郎兄貴!」
滑り台の下から、カマイタチ三兄弟の末っ子、三郎がエールを送った。
次郎は頷いて、再び強く拳を握って演説を続けた。
「我々は断じてこのまま悪霊退散! されたりはしない。力を合わせて巫女どもをやっつけて……!?」
次郎は不意に口を噤んだ。会場の下級悪霊達が急に雑談を止めたからだ。みんなが無言で滑り台の上に立つ次郎を見つめ……いや、その後ろの暗がりを見つめていた。
次郎も背筋に寒気を感じ、振り返ろうとして……
「ぐわっ」
いきなり大きな腕で体を掴まれていた。
信じられない思いだった。滑り台より大きな悪霊がそこにいて、黄色に光る瞳をして次郎を睨んできた。
「そいつはそんなに強いのかい? それはこの僕よりもかい?」
傲慢で不遜な態度。ぎらつく牙の並ぶ口が笑みを形作る。握る腕の力が強められ、次郎は苦しんだ。
「ぐは! なんだお前!」
「兄ちゃんを離……」
せと言いかけた三郎だったが、大きな悪霊の凶暴な視線を向けられただけで立ちすくんでしまった。
大きな悪霊は再び腕にわし掴んだ次郎を見て言った。
「知らないのか? 中級悪霊だよ!」
「中級悪霊! お前が!」
兄がそれをまず目指すと言っていた。それがこんなに強大で暴力的な存在だったとは。次郎は戦慄を禁じえなかった。
下級悪霊など本当に下級に過ぎなかったのだ。そう認識せざるを得ない実力差がそこにはあった。
「ふん!」
中級悪霊はその巨体をジャンプさせて、ただの一飛びで滑り台を飛び越えて、下級悪霊のみんなの前に降り立った。
地響きが公園を揺する。月明かりと公園の明かりが中級悪霊の姿を照らし出す。
その姿は巨大で太ったムササビの形をしていた。口に並ぶ牙がぎらつき、視線は集まった全ての悪霊達を見下していた。
中級悪霊はその場を震わせるように、集まった下級悪霊達を配下に置いてびびらせるように吠えて言った。
「僕は中級悪霊のムササビンガーだ! 僕がその強い巫女というのをぶっ殺してやるよ! 誰かそいつを僕の前に連れてきな!」
下級悪霊達はざわざわとお互いに相談するだけで動かなかった。
ムササビンガーと名乗った中級悪霊が切れる前に動いたのは三郎だった。
「それなら俺が……いえ、わたくしめが連れて参ります」
「三郎……お前……」
腕に掴まれたままの次郎が力無い声を掛ける。三郎は健気に声を張り上げる。
「だって、一郎兄ちゃんの仇を討ってくれるなら誰でもいいじゃないか!」
仇は自分達で討つ物だ。次郎も三郎もそう思っていた。だが、事がここに至ってはどうしようも無かった。
中級悪霊が来てしまったのだから。ここに集まった下級のみんなに打つ手が無かった。
悪霊王ヴァムズダーのいなくなったこの町の支配者も決定してしまった。そう思える空気がここにはあった。
ムササビンガーはにんまりと笑った。
「いいぜ。討ってやるよ。お前の兄ちゃんの仇を。この僕がな」
「約束を違えるなよ!」
三郎が走り去っていく。見送って、ムササビンガーは腕に掴んだ次郎に声を掛けた。
「さて、奴が来るまで準備運動ぐらいはしておくか」
「準備運動だって? 何を」
言い終わることは出来なかった。ムササビンガーがジャンプした。次の瞬間には次郎は夜の公園の遥か上空にいた。
ムササビンガーは両腕と翼を広げて滑空モードに入った。
「夜の散歩としゃれこもうじゃないか。お前、付き合えよ!」
「くっそ」
次郎はもがくが、どうしようも無かった。
今は三郎の無事と、いつか自分達が逆転することを願うしかなかった。
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