第44話 戦いの地へ
有栖達がカマイタチの三郎に案内されてきたのは町はずれの薄暗い公園だった。
夜の公園の中心を僅かな灯りが照らし出している。
一度仕事に行って帰って、また出動してきたので結構遅い時間になってしまった。
有栖は仲間の二人に訊ねた。
「二人とも。まだ時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫よこれぐらい。もう中学や小学の子供じゃないのよ。誰か変な奴が現れたらわたしがぶん殴ってやるから安心して」
「悪質な悪霊がいるのに野放しにする方が悪いでしょ。町の人達が安心して寝られるように、あたし達が早く駆除してあげなくちゃね」
「そうですね」
舞火と天子は気楽な言葉を返す。
有栖はごくりと息を呑む。薄暗い夜の公園に言いしれない不穏な空気が漂っている。
その不穏な空気を舞火と天子も感じ取っているようだった。軽口を叩きながらも、その顔には僅かな緊張が現れていた。
有栖は感じ取っていた。この公園に漂う霊気は異質だ。明らかに今までとは違う悪霊がここにいたのだ。今はその姿が見えない。
目を走らせると、公園の隅っこのあちこちに下級悪霊のいる姿が見える。だが、誰もそちらの方に構いはしなかった。
今はもっとやばい奴がいる。そう感じるからだ。
公園の中央がまるで誰かのために空けてあるかのように開けている。有栖が慎重に様子を伺う前で、舞火と天子がそこへと歩みを進めて周囲を見渡した。
下級悪霊達は隅っこから見ているだけで、全く近づいてくる素振りを見せない。
「誰も寄ってこないわね」
「あいつらから片づける? それとも」
言いかけた時だった。
同時に有栖が『空き地は空いている場所ではない。ちゃんとした持ち主がいる』そんな言葉を思い出した時、みんなは気づいた。
「上です! 離れてください!」
「っ!」
「何よ!」
有栖が叫び、舞火と天子は急いでステージから跳んで離れた。遅れてその場所に大きな影が落ちてきて、地響きと土煙を上げた。公園を振動が揺さぶり、不気味な霊気が広がった。
「大丈夫ですか!? 舞火さん! 天子さん!」
「大丈夫よ、これぐらい」
「開始早々、ノックアウトなんてされたら恥ずかしすぎるでしょ!」
巫女達は襲ってきた悪霊の姿を見つめた。
さっきまで立っていた場所に暗く悪霊の姿が現れていた。
「大きい!」
「こいつがちょっと強いって悪霊……!?」
「気を付けてください!」
公園の灯りと月明かりが公園を淡く照らし出す。立ち上がった影は大きく太ったムササビの姿をしていた。
呑み込まれるような大きな霊気を有栖は感じ取っていた。その大きさから信じられない推測を口にする。
「中級悪霊!?」
「こいつがそうなのね」
「確かに下級より歯ごたえありそうじゃない」
まだ霊力の扱いにそれほど慣れていない舞火や天子でも、相手の今まで戦ってきた悪霊とは格の違う力の大きさは感じ取れていた。
中級悪霊ムササビンガーは下品で凶暴な暴君のような目付きをして集まった巫女達を見渡し、その横に立つ案内役の三郎に目を留めた。
「こいつらか。お前達を祓っている強い巫女というのは」
「そうです! 早く倒してください!」
「あんた、どっちの味方!」
天子が調子に乗る三郎に言うが、有栖も舞火もそちらの小物の方には視線を向けてはいなかった。
いつも強気な舞火でも相手を見て慎重に箒を身構えていた。
「こいつ、今までの奴と違う……?」
「これが中級悪霊って奴のレベルなのね」
「はい、おそらく……」
有栖が道具を出して計ろうとするまでも無かった。相手は自分から名乗りを上げた。
吠えるような声が周囲を揺るがす。
「そうだよ! 僕が中級悪霊のムササビンガーだよ! お前ら、こんな奴らに負けているのかよ! 情けねえな!」
その大きな声に周囲の下級悪霊達が震えた。そう思った瞬間、
ムササビンガーが腕を振ってきた。周囲の下級悪霊達の無様を嘲り笑い、ちっぽけで矮小な巫女達をなぎ払おうとする一撃だ。
大木のように中級悪霊の腕が迫る。その攻撃を誰も受け止めることはしなかった。後方に跳んで回避する。
下がった巫女達を見て、震える下級悪霊達の霊気を感じて、腕を振り終わったムササビンガーがにやりと嫌らしい笑みを浮かべた。
「逃げるのかよ。弱い奴らは逃げることだけは達者だな!」
ムササビンガーが身をかがめ、跳びかかる構えを見せる。有栖達は対処の構えをするが、その前に三郎がムササビンガーの前に走り出ていた。
「約束通りこいつらを連れてきたぞ! 兄ちゃんを返せ!」
「兄ちゃん?」
そう言えばカマイタチのもう一匹の姿が見えない。有栖達は様子を伺った。
ムササビンガーは攻撃の構えを解いて不思議そうに答えた。
「兄ちゃんだ? ああ、あのちびっこい奴か」
「そうだ! お前が捕まえた兄ちゃんだ! どこにいるんだ、兄ちゃーーーん!」
三郎は呼びかけるが周囲から反応は無かった。ただ下級悪霊の何匹かが同情の視線を向けただけだった。
ムササビンガーは呼びかけを続ける三郎を見て、静かに言葉を告げた。
「あいつならお前の目の前にいるよ。分からないのか?」
「え? どこに?」
三郎にはその姿が見えない。有栖にも霊力を感じ取れなかった。
ムササビンガーは静かに暗く微笑んで言う。小さな下級悪霊に向かって。
「ほら、僕の霊力を感じてみなよ。感じるだろう、お前の兄ちゃん」
「そんなこと言われても」
「鈍い奴だなああ! お前!」
ムササビンガーの腕がいきなり三郎の小さな体をわし掴んだ。素早い突然の動きに、有栖も舞火も天子も驚いただけで何も行動することが出来なかった。
悪霊が悪霊にいったい何をするというのだろうか。有栖にとっても全く未知数の行動に対処する動きが出来なかった。
三郎はいとも容易く高々と持ち上げられてしまった。
「何をするんだ! 兄ちゃんを返せ! 兄ちゃーーーん!」
「だからよお! あいつは僕の霊力の足しになったんだよ! こんな風にな!」
中級悪霊の口が迫る。そう感じたのが三郎の最後の記憶だった。
有栖達の見ている前で、ムササビンガーは三郎の体を一呑みにし、食べてしまった。
あっという間の出来事でみんなは驚くことしか出来なかった。
「ふう、こんな奴の霊力じゃ足しになんねえな。だからお前達のようなちびっこい巫女如きに簡単に祓われちまうんだろうなあ!!」
ムササビンガーの凶暴で凶悪な視線が立つ尽くす巫女達を射抜く。彼女達の手は震えていたが、それは恐怖を感じたからでは無かった。
「有栖ちゃん、わたしは悪霊って実はたいして悪くないんじゃないかと思い始めていたんだけど、どうやら違ったようね。ちゃんと悪い悪霊がいて安心したわ」
「舞火と同じ奴を嫌いになるなんてね。こんなムカつく気分は久しぶりだわ。力を付けておいて良かったって思う時ってこんな時ね!」
「はい、邪悪な悪霊は祓わなければなりません。祓いましょう。中級悪霊!」
三人の巫女達が強大な悪霊に挑む。
ムササビンガーは不敵に笑って両腕を広げて構えた。
挑みかかってくる巫女達を静かに迎え入れようと、その手が動いた。
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