第39話 ジーネスの不安
今はまだ午前中。日曜日の日はまだ長い。
休日はこれからだ。そう思える気分の良い朝。
倉庫の中でエイミーはジーネスの手を掴んでいた。
「ミーが新人に神社を案内してくるです。行きますよ、ネッチー」
「あ」
エイミーがさっさとジーネスの手を引いて行ってしまう。
ジーネスは有栖に助けて欲しそうだ。手を引かれながら、こちらを不安そうに振り返っていた。
有栖はまだ倉庫の荷物をチェックしている途中だったのだが、
「待って。わたしも行く」
二人だけで行かせるのは心配だったのでついていくことにしたのだった。
神社の裏手にある倉庫を出て、外の廊下を歩いて表に向かう。
後輩の手を引きながら、エイミーはとても上機嫌だった。
「まずは表から探索です」
「うむ」
ジーネスは緊張している面持ちだった。顔を強張らせ、進む足もどこかぎこちなかった。
彼女にとっては知らない場所にいるのだから無理もないと有栖は思った。
有栖も幼い頃に父の仕事について知らない場所に行ったり知らない人に会ったりした時はとても緊張して唇を噤んで無口になったものだ。
有栖はかつての自分を見ている気分でジーネスにエールを送った。彼女もそれを受け取ってくれたようだ。引き結んでいた口元を緩めて進む足取りが少し自然になった。
エイミーは後輩の手を引いてずんずんと先へ進んでいく。ジーネスは引っ張られるままに歩いていき、有栖はそんな二人を後ろから見守りながらついていく。
表に回って日当たりの良い廊下に出た時だった。
「エイミーちゃん、おはよう。有栖ちゃんも」
「おはようです」
「おはようございます」
廊下の外から声を掛けてきた少女がいた。人の良い温和な性格と顔をした彼女は芽亜だった。
今日は休みなのに珍しいと思いながら、有栖はクラスメイトでもある少女に声を掛けた。
「どうしたんですか? 今日は休みですけど」
「あたしは午後から仕事よ。まあそれとして、ポスターを作ったから持ってきたの。悪霊に注意を呼びかけるポスターはエイミーちゃんに渡したんだけど、ジーネスを撲滅するポスターはまだだったから」
「ふえっ?」
いきなり名前を呼ばれてジーネスは素っ頓狂な声を出した。そのことで芽亜は彼女のことが気になったようだ。
「有栖ちゃん、その子は?」
「ミーの後輩です! 名前はネッチーです!」
有栖が答える前にエイミーが素早く弾むような笑顔で答えていた。
お気に入りの宝物のように可愛い後輩に抱き着いて上機嫌に笑っている。
ジーネスは抱き着かれて困ったように苦笑いしている。
外国人は表現がオーバーだと有栖は思っていたが、もう少し控えめにしてやった方がいいのではと思った。
でも、ジーネスのことはエイミーに任せることにしていたので黙っておいた。
芽亜はすぐに事情を察してくれたようだった。
「そう、新しい人を入れることにしたんだね。良かったじゃない、良い人そうな子が見つかって」
「はい」
有栖は芽亜を仲間外れにしたみたいで申し訳なく思ったのだが、彼女は気にしていないようだった。
明るく気さくに笑って言った。
「あたしも自分の仕事を頑張るから、有栖ちゃんも頑張ってね」
「はい、頑張りましょう」
「このポスター境内の方に貼っておくから、何かあったらあたしに連絡してね」
「ありがとうございます」
芽亜は笑顔で手を振って去っていった。
「じゃあ、探索を続行するです!」
「うむ」
エイミーが宣言してジーネスが頷いて、探索は続いていく。
探索じゃなくて案内ではと有栖は思ったが、突っ込みを入れるのは止めておいた。
この神社は結構広い。探索というのもあながち間違いではないのかもしれなかった。
長いと思っていた日曜日の日が暮れてくる。
荷物のチェックは今日中に終わらせておきたかったので、有栖は途中でジーネスのことはエイミーに任せて倉庫に戻ってきていた。
エイミーがジーネスに襲われる心配は……するだけ無駄だろう。エイミーはとても上機嫌だったし、むしろ後輩の方が参らないかを心配するべきだ。
荷物のリストに最後のチェックを入れる。荷物は全部揃っていて壊れてもいなかった。運送屋さんはちゃんと仕事をしてくれたのだ。
雑貨が何なのかは気になったが、雑貨は雑貨なのだろう。気にしないことにした。
今頃はエイミーが晩御飯の用意をしているだろう。倉庫から出ようと踵を返すと立っている少女がいた。
銀髪で黒い洋服を着た彼女はジーネスだ。何か暗い瞳をしている。
夜が近づき、彼女が悪霊王だということを思い出して、有栖は身を強張らせてしまった。
封印石は今も有栖が持っている。服の上からそれを握って確認する。
今ここで、有栖は彼女と二人きりだった。悪霊王ジーネスと呼ばれる存在と。
「どうかしたの? ネッチー。エイミーは……?」
「先輩なら晩御飯の準備をしている。やっと二人きりになれたな、有栖。ここの仕事は終わったのか?」
「うん……」
「そうか。なら良かった」
ジーネスが近づいてくる。暗く沈んだ空気を発しながら。
有栖は思わず後ずさってしまった。その不穏な空気に気圧されながら、それでも勇希を振り絞って言う。
「どうかしたの?」
「お前と話をしたいと思ったのじゃ。二人だけで。秘密のな。これなのじゃが」
「ひっ」
そう言ってジーネスが出してきたのは別に恐ろしい武器などでは無かった。知らない物でも無かった。
芽亜の描いたポスターだった。恐ろしいコウモリの悪霊の姿が描かれていて、ジーネスを撲滅、抹殺しようと書かれている。
ジーネスは不安に揺れる瞳をして訊ねてきた。
「わらわは嫌われているのだろうか。みんなに」
そこにもう不気味な空気なんて無かった。ただ不安に瞳を揺らす少女がいた。
有栖は考えて、答えた。
「そんなことないよ。わたしもエイミーもネッチーのことは大好きだよ」
「そうなのか?」
ジーネスが顔を上げた。その顔は悪霊王というよりもただの年相応の少女のようにしか見えなかった。
恐がって悪かったと有栖は申し訳なく思い、彼女を励ますように力を入れて言った。
「ただ誤解があるから。お父さんが帰ってきたらきっと解いてくれるから。だからそれまで頑張ろう」
「ああ、お前がそう言うなら、がんば……」
そうジーネスが言いかけた時だった。
金髪の明るい少女が倉庫の入り口から覗きこんできた。
有栖もジーネスもびっくりして口を噤んでしまった。
「有栖~、晩御飯の用意が。あ、ネッチーそんなところにいたんですか」
話を聞かれたかと思ったが、エイミーの様子はいつも通りだった。
有栖は安堵する。
彼女は入ってくるなり、ジーネスに勢いよく抱き着いた。
「あ、わわ。先輩」
「ネッチーもミーのご飯を食べるですよ。今日は先輩がサービスしてあげるです」
『ね? 大丈夫でしょ?』
有栖が無言のアイコンタクトを送ってあげると、ジーネスも緊張していた口元を緩めてくれた。
エイミーが目ざとく気づいて訊ねてきた。
「どうかしたんですか?」
「うん、ネッチーが不安がっているから優しくしてあげて」
「ミーは優しい先輩ですよ~」
エイミーはお気に入りの後輩に優しく頬をすりすりさせていた。
ジーネスはくすぐったそうにしながらも嫌そうにはしていなかった。
二人はきっと大丈夫だろう。
そう思うことにして、有栖は晩御飯の席へ向かうことにした。
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