第38話 日曜日と出現した悪霊王
久しぶりの休日が訪れた。
忙しいと時間が経つのが早いと感じるが、いろいろな出来事があると一週間を長く感じてしまうのは不思議だ。
今日は日曜日。学校が休みで仕事も休みだ。ゆっくり出来ると有栖は思い、朝起きてから背伸びをしていた。
悪霊が町に増えている昨今だが、それもかつてほどのブームは落ち着いてきて、悪霊退治の仕事も毎日てんてこまいよーと天子が言うほど追われるようなピークはもう過ぎていた。
今日は良い天気だ。有栖が気持ちのいい散歩の気分で朝の境内を歩いていると、神社にやってきた人がいた。
その作業服を着た彼らは運送屋のお兄さん達だ。
「ちわーす、荷物をお届けにあがりました。お家の方ですか?」
「はい、そうです」
父が言っていた荷物が届いたのだ。有栖はすぐに応対した。
運送屋のお兄さんが人当たりの良い笑みを浮かべて訊いてくる。
「荷物はどこへ運んでおきましょう」
「裏に倉庫があるので、そこに全部運んでおいてください」
「分かりましたー」
父から聞いていたのですぐに応対が出来た。
有栖が場所を指定すると、運送屋の人達は下の道路に止めてあるトラックから次々と荷物を抱えて石段を昇り、神社の敷地を横切って、裏の倉庫へと運び入れる作業を始めた。
結構大きくて重そうな荷物もある。何回も往復するのも大変だろう。有栖に手伝えることがあれば良かったが、非力で小柄な女の子に過ぎない有栖では見守ることぐらいしか出来なかった。
運送屋の人達はたいして苦も無く倉庫への運び入れを終え、伝票を差し出してきた。
「サインお願いします」
「はい」
有栖はボールペンを受け取ってサインして、ペンを返した。
「ありがとうございましたー」
礼儀正しく礼をして去っていくお兄さん。見送って有栖はプロの人って凄いなと思ったのだった。
後の事は有栖の仕事だ。有栖の手には父から預かった品物のリストがある。
運送屋さんを信じていないわけではないが、一応揃っているか壊れていないかチェックしておかないといけない。
エイミーにはせっかくの休日なので休んでおいてもらうことにする。声は掛けないでおいた。
今頃は部屋でテレビでも見るか本でも読んでくつろいでいることだろう。
有栖は倉庫に並べられた荷物を眺めながらチェックすることにした。
こまいぬ太が倉庫の入り口で見守っている中、一つずつ見ていく。
荷物は大きいのや小さいのや良く分からないのや知っている物やいろいろあった。それでも箱や札に品物の名前が書いてあるので、チェックするのに不便は無かった。
危険物には危険物注意、割れやすい物には割れ物注意、ひっくり返してはいけない物には天地無用と書かれているので、そうした荷物には気を付けることにする。
そうして、しばらく調べを進めた頃だった。こまいぬ太が吠えた。
「わんわん!」
「どうしたの? こまいぬ太」
いつの間にか倉庫内に入ってきていた彼の側には大きな鞄があった。それが何か気になるようだった。近づいていって品名を見ると雑貨と書いてあった。
「雑貨って何だろう」
こまいぬ太が気にしているようだし、有栖も気になったので開けてみようかと思った。
ここには見張っている大人はいないし、そもそも責任者は有栖だった。
有栖は責任を持って雑貨をチェックすることにする。開けてみて
「うわ」
思わず驚きの声を漏らしてしまった。こまいぬ太は呑気に尻尾を振っている。
鞄の中に入っていたのは綺麗な人形のように見えた。銀色の綺麗な髪をして黒い洋服を着た洋風の人形だ。
人と同じサイズをしていて、有栖より少し年下のように見える少女だ。何かの術で使うのだろうか、等身大なので人形にしては大きく見える。
その人形が、
「ふわ~、よく寝た」
いきなり動いて両手を上げて伸びをして欠伸までしたものだから、有栖はさらにびっくりしてしまった。
「に、人形じゃない!?」
それは人間だった。彼女は銀色の髪をして、赤い瞳をして、肌も白くて、幻想的な容姿をしていたが、まぎれもなく人間だった。
「お」
その彼女がこちらに気づいたようだ。銀色の髪を揺らして、まだ幼い純粋さのある赤いルビーのような瞳が有栖を見た。
「え」
相手も目を見開いて驚いた様子だったが、やがて安心したように肩の力を抜いて相好を崩した。
「はあ、ここにはあの物騒な奴らはいないようじゃな。まったく酷い目にあったわい」
「酷い目?」
つい反射的に訊ねてしまうと、綺麗な人形のような少女はしみじみと呟くように言った。
「目が覚めるといきなりよく分からん恐い連中に襲い掛かられたのじゃ。わらわは軽く遊んでやろうかと思ったのじゃが、いきなり力は出なくなるわよく分からんことになるわで、とりあえず隠れられる場所に飛び込んだのじゃ。また眠ってしまったようじゃが、どうやら危機は脱したようじゃな。ふう、一安心」
「それは大変だったね」
よく分からないが、何だか大変なようだった。
彼女はとっつきにくそうに見えたが、話してみると普通の人懐こい少女だった。
歳は自分やエイミーより下に見える。こんな幼い少女に警戒を抱くこと自体が変なのかもしれない。
周囲をしっかりとした人達に囲まれる機会の多かった有栖だったが、今は自分が年上のお姉さんとして、しっかりしようと思った。
自分の目で見て考える。この少女は何でこんな場所にいて鞄なんかに入っていたんだろう。
銀色の髪や人形のような綺麗な格好から外国人のように見えるが。
とりあえず見ているだけではいけないので訊くことにする。
「君はどこから来たの?」
帰る場所があるなら帰してやるのが筋だろう。銀髪の少女は少し首を傾げて眉を顰めて唸って腕を組んで考えてから、その腕を下ろして答えた。
「ん~、どこじゃろうなあ。城で寝たはずなのじゃが、目が覚めると何も無かったのじゃ。わらわはどこに帰ればいいのじゃろう」
「名前は? 思い出せる?」
名前が分かればお巡りさんに探してもらえるかもしれない。有栖はそう思って訊ねた。
彼女は幸いにも名前は憶えていたようだ。すぐに答えた。
「わらわはジーネス。城に住んでいた頃はみんなに王と呼ばれて崇められた者じゃ」
「ジーネスって。え……っ?」
有栖は思わず絶句してしまった。
その名を知らないはずが無い。父から聞かされた悪霊王の名前だ。漆黒の悪霊王とも呼ばれていた。その悪霊王が今目の前にいるのだ。
なら狙いは有栖の持っている封印石だろうか。有栖は今も持っているそれを服の上からギュッと握った。
ジーネスはすぐに襲い掛かってくる様子は無いようだ。不思議そうに有栖を見ていた。
「わん!」
有栖が言葉を失っていると足元で犬が吠えた。こまいぬ太は尻尾を振り、落ち着いた瞳で見上げてくる。そんな彼の瞳を見て、有栖の気分も落ち着いた。
「そうだね。わたしが頑張らないと」
神社を守るのは自分の仕事なのだ。
意思を強くした有栖の瞳を見て、ジーネスと名乗った少女は少し驚いたようだった。
「どうかしたか? まさかお前もわらわを襲うつもりか?」
「ううん、別にそんなつもりは無いけど」
力を封じたとは言え、悪霊王と戦って無事に済むとは思えない。有栖はそう判断して言ったのだが。その言葉にはジーネスの方も安堵したようだった。
「それは良かった。わらわはもうあんな物騒な連中に絡まれるのはこりごりじゃ。はあ」
この少女は本当に悪霊王なのだろうか。有栖の中に新たな疑問が湧いてきた。
「君、本当にジーネスなの?」
「そうじゃ」
隠す気は無いらしい。少女は真っ直ぐに答えた。
「悪霊王と呼ばれた?」
「王とは呼ばれておったが、悪霊王というのは知らんの。城には住んでたぞ。今は無くなってしもうたが」
「ヨーロッパ全土を闇に落としたことがある?」
「闇を見せてくれと言われたのでな。見せてやったことはあるぞ。今は……ん~、力が使えんの」
「いや、今は見せてくれなくていいから」
「そうか」
「ここには何をしに来たの?」
「知らん。わらわは何でここにおるのじゃろう」
どうもジーネスと名乗ったこの少女は何か目的があったり、有栖の持つ封印石を狙ってきたわけでも無いらしい。それに悪霊王と呼ばれた本人かも怪しいものだった。
有栖の見た感じ、彼女は悪人のようにも悪霊のようにも見えなかった。コウモリの姿もしていなかった。普通の外国人の少女のようにしか見えなかった。
なら父が帰ってきた時に相談すればいいだろう。そう結論付けることにした。
有栖に言えるのは一つのアドバイスだけだった。
「その名前、あんまり言わない方がいいよ」
「そうじゃな。わらわを襲ってきた連中がまだ近くにいるかもしれんからな」
幸い彼女もすぐに意図を酌んでくれたようだった。
父が帰ってくるまで騒ぎを起こされては困る。父はすぐに帰ってくると言っていたし、仕事で忙しい父を不用意に呼び出すつもりは有栖には無かった。
これからどうしようかと有栖が思っていると、倉庫の入り口から声を掛けてきた少女がいた。
陽光に金色の髪が光っている。彼女はエイミーだ。
「そこにいるのですか? 有栖。何かあるならミーもお手伝いがしたいです。お」
エイミーはすぐに入ってきて銀色の髪をした少女に気が付いた。赤と青の瞳が交錯する。髪が金色と銀色で何かお似合いだなと有栖は思った。
エイミーの強い好奇心の込められた視線を向けられて、ジーネスは少し警戒を抱いたようだった。
「なんじゃ? やるのか?」
少し身を引いて、小さな拳を構えていた。
悪霊王と呼ばれたにしては随分と頼りない拳で、有栖は何でこんな少女に警戒を抱いてしまったのか不思議に思ってしまった。
エイミーが来たおかげで事態を客観的に見ることが出来た。父に相談することすら無いのかもしれない。しばらく様子を見ようと思った。
エイミーの元気な外国人の視線が今度は有栖に向けられる。その瞳はきらきらとわくわくとしていた。エイミーは太陽のように輝く笑顔をして言った。
「この子はもしかしてミーの後輩ですか?」
「うん、そう」
つい反射的に答えてしまった。エイミーの行動は早かった。両手を広げて後輩に抱き着いていた。
金色の髪が被さり、抱き着かれた後輩は苦しそうに呻いていた。
「ちょ、なんなのじゃあ!」
「ミーの後輩です! 名前は!? 名前は何て言うのです!?」
「わらわはジーネ……」
「ネッチーだよ!」
「え!?」
ついまた反射的に答えていた。余計なことを言われる前に。テレビで見た不思議生物と結びついた名前を。
父が帰ってくるまで騒ぎを起こされるわけにはいかなかった。その意思は強かった。
有栖の瞳を見て、絶句していたジーネスもすぐに意図を酌んでくれたようだった。騒ぎになりたくないのは彼女も同じようだった。
「そうじゃ。わらわはネッチーじゃ……」
何だか渋るように言いにくそうに言った。
「ネッチー、ミーの後輩です!」
エイミーは本当に嬉しそうにジーネスに抱き着いて、頬ずりしていた。彼女は迷惑そうにしていたが。
この分だと彼女のことはエイミーに任せておいて良さそうだ。押し付けるともいえる提案を有栖はする。
「雇うのは良いけど、彼女の面倒はちゃんと見れる?」
「もちろんです! 後輩の面倒を見るのは先輩の務めです!」
「ネッチーも。暴れずに先輩の言う事ちゃんと聞ける?」
「う……うむ」
ジーネスも知らない場所で騒ぎを起こすつもりは無いのだろう。素直に頷いてくれた。
こうして伏木乃神社に新しいメンバーが増えたのだった。
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