第37話 対決カマイタチ
空き地。そこは住宅街にぽっかり開いたような空間にある。
三方を高い塀に囲まれた場所だ。その土地の片隅に、土管やタイヤが積まれて置いてある。
昼なら子供が遊んでいそうな場所だが、夜に人の姿は無い。だからこそ悪霊も安心して出現するのだろうか。
「あたしは空き地って開いている場所だと思っていたのよね」
「はい」
空き地を前にして天子が呟くように話し始めたので、有栖も付き合うことにした。
「子供の頃はお兄ちゃんや友達と一緒によく遊んだものだけど、こういう場所にも持ち主っているのよね」
「はい、そうですね」
有栖は父の依頼についていっていたので、そういうことは知っていた。
空き地はただ空いている土地というわけではなく、ちゃんとした所有者がいるのだ。
だから厳密には空き地は別に空いているわけではない。
天子の話を舞火が引き継いだ。
「その友達の中にはわたしもいたんだけど、天子の蹴ったボールが塀を飛び越えて、その時にお兄さんの言った言葉が」
「お兄さんの言った言葉が?」
有栖は興味に目を輝かせたのだが、天子は霧散させるように両手を振った。
「ああ、無し無し。それより早く悪霊退治しましょ。悪霊はどこにいるの?」
「あ、そうですね」
興味はあるが今は仕事の時間だ。有栖は上司として部下に手本を見せなければならない立場だ。
舞火も話を続けなかったので、有栖は精神を集中することにした。
霊力を研ぎ澄ませ、悪霊の気配が土管やタイヤの辺りにいるのを感じた。
「複数いますね。三匹?」
念のために懐から悪霊レーダーを取り出して、それでも確認した。
「うん、やっぱり三匹ですね。土管とタイヤのところです。全部下級です」
「下級が三匹ならすぐ終わるわね」
「さっさと済ませて、芽亜がいなくてもやれるってところを見せてあげないとね」
舞火と天子は今までに多くの下級悪霊を退治してきた。そう判断するのも当然だろう。有栖も二人の実力はよく知っていたし信頼していた。
「はい、わたしも明日学校で芽亜さんに良い話をしてあげたいです」
有栖達はやる気になって武器を構える。有栖は除霊用のお祓い棒を持ってきていたが、舞火と天子はまだ箒を使っていた。
「舞火さん、その箒って」
有栖はちゃんとした除霊用の道具を渡すべきなのではないかと思ったこともあるのだが、
「何だか使い慣れちゃって。これって殴るのに便利よね」
「掃除にも使えるしね。軽くて便利よね」
「そうですか」
二人がそれでいいと言うのなら有栖に特に言う事は無かった。今までそれで問題無く除霊をこなしてきている。
何だかんだで使い慣れた道具というのが一番の気もする。霊力も最初に二人が箒を握った時よりもずっと上手く通っている。
舞火も天子も実力を上げてきている。さすがに芽亜のようなベテランとまでは行かないが、二人の運動能力は十分に霊力の不足を補っていた。
そんな有栖達の攻撃の気配を感じ取ったのだろうか。悪霊が動いた。三匹ともだ。
巫女としてはまだ新人の二人は気づくのが遅れたようだが、有栖はすぐに気づいていた。下級悪霊の弱い霊気でも有栖は正確に辿れた。
「来ます! 気を付けてください!」
有栖も舞火も天子もいつものような下級悪霊が現れるのだろうと思っていたが、今日は予想と違っていた。
現れたのは三匹のイタチの姿をした下級悪霊だった。下級なので弱そうに見えるのもファンシーな動物の姿に見えるのもいつものことだったが、いつもより何かしっかりしているように見えた。
そして、何よりも
「お前ら俺達のなわばりに土足で踏み込もうたあ良い度胸だな」
「ここはもう俺達の領地だぜ。怪我をしないうちに帰りな」
「このカマイタチ三兄弟の鎌の餌食になりたくなければな」
「「「喋ったあ!!」」」
その下級悪霊は何と人語を喋っていた。
始めての体験にさすがの有栖もびっくりしてしまった。
びっくりする巫女達に、イタチの姿をした下級悪霊達は積まれた土管やタイヤの上から偉そうに見下すように話しかけてくる。
「おいおい、お嬢ちゃん達。喋る悪霊と会ったのは始めてかい?」
「俺達はちょい強いからね。ちょい強い下級悪霊なのさ」
「この空き地から支配を広げ、いずれは中級になってみせるさ」
「あなた達を中級にクラスアップさせるわけにはいきません!」
有栖はすぐに我に返ってお祓い棒を構えた。喋っても悪霊は悪霊、下級は下級だ。
だが、中級は文字通り下級とはレベルが変わる。
相手が少し強いなら下級のうちに速やかな対処が必要だった。
舞火と天子もすぐに攻撃の体勢に移行した。
「しょせんは下級でしょ。たいしたことのない連中だわ」
「付けあがらせるのもムカつくし、さっさと掃除しちゃいましょ」
箒を構えて生意気な態度を見せる巫女達に、カマイタチ三兄弟は目を光らせた。
「分からせる必要があるようだな!」
「下級悪霊でも強い奴がいるってことをな!」
「我らの三位一体の攻撃を受けてみろ!」
カマイタチ三兄弟が同時に跳びかかってきた。それぞれの腕に光る鎌を伸ばして。
有栖達も恐れずに立ち向かう。お祓い棒と箒を振って、三人と三匹が交錯する。
「悪霊退散!」
すれ違い、それぞれに振り返る。カマイタチの鎌はまだ光っていた。闘志も霊力も衰えてはいない。
「やるな、俺の鎌と打ち合えるとは!」
「だが、次の一撃はこうは行かないぜ!」
「しゅわわ~」
だが、二匹だけだ。一匹はすでに成仏しつつあった。
カマイタチの兄弟もすぐに気が付いて彼に駆け寄った。
「え!? 兄貴!?」
「しっかりしろ!」
次の三位一体の攻撃の機会は訪れなかった。悪霊の一匹が光になって消えていく。
死ぬのではない。悪意から解き放たれて幸せになるのだ。
「さすが有栖ちゃん」
「あたし達の力じゃちょっと足りなかったようね」
「ちょっと強かったですからね。二人ともいつものように箒を振ってしまったんじゃないですか」
「ああ、それはあるかも。弱い奴らに慣れ過ぎてたわね」
「ちょい強い悪霊には、あたし達もちょい強く箒を振るべきだったのね」
ともあれ相手の力は見切った。ちょい強くても下級はやっぱり下級だ。有栖達の敵ではない。
悪霊の一匹が成仏していく。
「弟達よ。後は任せた。ビッグになる夢を」
「兄貴!」
「くっ、俺達は必ず悪霊王になってみせる!」
「あなた達を悪霊王にするわけにはいきません!」
その強さを知る有栖としては毅然とした態度を取るしかない。
町を悪霊から守るのが巫女の仕事だ。父からも依頼人からも仕事を任されている。
二兄弟になったカマイタチは向かってくるのかと思った。だが、
「この土地はくれてやら!」
「次に会う時を覚えていやがれ!」
「え!?」
悪霊達は逃げてしまった。気配も感じなくなってしまった。拍子抜けした気分を味わいながら悪霊レーダーで確認するがいなかった。
舞火と天子も念のために周囲を確認するが悪霊はいなかった。
「あいつら、どこに行ったの?」
「逃げたみたいですね。ひとまず空き地から霊は祓ったのでお仕事は完了です」
「そっか」
芽亜がいたらお札を投げて上手く相手を追えたかもしれない。
やはり抜けた穴は大きいなと思いながら、有栖は依頼人に報告に行くことにした。
仕事が終わって、舞火と天子もそれぞれの家に帰って静かになった夜の時間。
有栖はエイミーと一緒に部屋でテレビを見ていた。
テレビでは不思議な生物を追えという番組をやっていた。
『ネッシーを見たという目撃情報を得て、我々はこの森にやってきました。ネッシーは本当に実在するのでしょうか!』
テレビの中では特派員が幻の生物を追ってジャングルの中へと足を踏み入れていた。
エイミーはこういう番組に興味があるようだ。爛々とした子供っぽい好奇心を光らせた瞳をして訊いてきた。
「有栖、ネッシーは本当に実在するのでしょうか」
「さあ、どうだろう。不思議な生物はすぐ身近にいるからなあ」
有栖としてはその生物はもしかして悪霊かもとか思ったりもするのだが、テレビの向こうの外国にまで確かめに行けるはずもない。
せめて番組のスタッフが襲われて怪我をしないようにと願うのだった。
それよりも今の有栖には気になることがある。それをエイミーに相談することにした。
「ねえ、エイミーは後輩欲しい?」
「雇うのですか!?」
とたんにエイミーが鋭く振り向いた。その思ったより強い反応に有栖は驚きながら言葉を続けた。
「うん、芽亜さんが抜けたから代わりの人を入れようか考えているんだけど」
「それはぜひ欲しいです!」
「そう」
エイミーは見た目より賢いし、この神社にホームステイしていて、ずっと有栖の身近にいる人間だ。
だが、一番の後輩なので雑用に回ることが多かった。
有栖としては新人を入れてエイミーの負担を減らせれば、今よりもっと仕事を任せられると思ったのだが。
「そんなに喜んでくれるなら、検討してみようかな」
「はい、ぜひ前向きに。フフフ、後輩が入ってきたら、ミーも先輩ですね。教えたいことがいっぱいあります」
エイミーは何だか不穏な笑いを浮かべていた。
有栖は考えた。雇うとしても問題は誘い方だ。町に出てまた声を掛けようか。でも、万が一知り合いに見つかったら恥ずかしすぎる。
今は舞火や天子とも顔見知りなのだ。彼女達と行動した場所の近くだとエンカウントする確率は十分に高いと思えた。
だからといって離れた場所に呼びかけに行っても、裏を掻かれそうな気がする。ばったり出くわしたらどう言い訳すればいいのだろう。それにやっぱり駅前の商店街の辺りが一番人通りが多い。
人の多い場所の方が勧誘はしやすいだろう。
芽亜のようにポスターを作ってもいいかもしれない。有栖にポスターを作れる当てなんて無かったけど。
そのことを考えていたからだろうか。エイミーが言ってきた。
「そう言えば、芽亜さんがポスターを持ってきていたから、神社の方に何枚か貼っておきましたよ」
「そう、ありがとう」
まあ、今すぐに雇わないといけないわけでもない。
考えるのは後回しにすることにして、有栖はエイミーと一緒にテレビを見ることにするのだった。
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