第11話 悪霊退治
エレベーターに乗って辿りついたのはこのビルの三階のフロアだった。
下の階には人の姿があったが、この階には誰の姿もなく、電気も最小限しか付いていなかった。
薄暗いホールに四人は降り立つ。
新造はエレベーターの入り口に立ったまま言った。
「この階に悪霊が住み着いていてね。商売の業績が上がらなくて困っているんですよ」
「確かに悪霊がいますね」
有栖にはそれが見えていた。
「え? どこに?」
天子には見えないようだった。舞火が小声で彼女は新人なのでと新造に耳打ちしていた。
頷く新造の前で、有栖は天子に説明した。
「霊力を集中させてみてください。それで見えるはずです」
「霊力を? それってどうするの?」
「見ようと思って見てください」
「んーーーー、ほっ」
天子は目にきゅっと力を入れてみた。宙を漂うふよふよとした物が見えた。
「見えた!」
「これが霊なのね。思ったより可愛い姿をしているじゃない」
天子と同じようにして舞火にもそれが見えていた。
彼女がそう思ったのも当然だ。霊は想像していたような恐ろしい化け物ではなく、愛くるしい小動物のような姿をしていたのだから。
その理由を有栖は説明することにした。
かつて自分が父にされた説明を今度は自分から他人に伝える立場になるのは何だか不思議な気分だった。
「上級の霊なら恐ろしい狡猾な姿をしている者もいるそうですが、ここにいるのは低級の霊ですから。可愛い物だからこのような姿に見えるんです。でも、気を付けてください。弱くても悪霊ですから」
有栖自身は上級の霊というものはまだ見たことが無い。父はそんな危険な現場には連れていってくれなかったし、この現代の平和な町にそんな危険な悪霊自体が存在しないからだ。
だが、下級の霊なら何匹も相手にしてきた。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
新造はそう言い残して、乗って来たエレベーターでそのまま降りていってしまった。後は雇われたプロの仕事だ。残された三人は霊に向かって身構える。
相手がたいしたことない下級霊だとは分かっていても父がいなくて緊張する有栖に、舞火が声を掛けてきた。
「ねえ、有栖ちゃん。ここはわたし達に任せてくれない?」
「どこまでやれるか試してみたいのよね」
天子は緊張と気楽さを混ぜた様子で、霊に向かって箒を構える。
退魔用のお祓い棒が神社の倉庫にあったはずだと有栖は思ったのだが、二人は昨日の流れで何となくそれを持ってきていた。
昨日の戦いを見ていたので、有栖はそのことに口を挟むことはしなかった。今日は二人のベストと思う形でやってみてまずは様子を見ればいい。
有栖自身はいつでも戦えるのだから、ここは初心者に任せてみよう。
有栖は決断した。
「では、お任せします」
「そうこなくっちゃ」
「どっちが多く倒せるか、勝負よ!」
二匹の狂犬が、平和に漂う悪霊に向かって放たれた。
有栖にはそう見えていた。
犬といえばこまいぬ太はどうしただろうか。
神社で寝ていた気がする。
危険があれば犬の手でも借りなければならないが、式神を使役する必要は今回はなさそうだった。
「悪霊退散!」
「退散よ!」
悪霊は箒で次々と掃除されていく。それは文字通り戦いではなく、ただの埃取りのような掃除の作業だった。
「たいっ、さーーーん! これで六匹!」
「くっ、四匹よ!」
悪霊は数こそ多いが全くたいしたことは無さそうだった。この分だと有栖の出番も無さそうだった。
有栖は懐から時計のような物を取り出した。これは悪霊レーダーだ。画面に付近の悪霊の位置と危険度が映し出されている。
悪霊の数は次々と減っていく。瞬くような早さだった。舞火と天子は駆け抜けるだけで悪霊を蹂躙していく風のようだった。
もうすぐ終わる、と思った時、不意に有栖の前に悪霊が現れた。襲ってきたのではない。ただ風に飛ばされてきただけといった感じだった。
その悪霊を有栖は画面から顔を上げることなく、ただお祓い棒を片手で一振りしただけで退散させてしまった。
辺りから掃除の音が止んだ。
「56匹」
「くう、55匹だった。次の悪霊はどこ?」
「もういませ……」
言いかけた時だった。不意に天子の背後に一匹の霊が現れた。
「天子さん! 後ろ!」
「!」
「よし、来た!」
有栖が叫び、舞火が踏み出そうとする。だが、近くにいた天子が一回転する方が早かった。
振り向き様に横になぎ払われた箒の一閃で、最後の霊はあっさりと昇天していった。
「これで終わりですね」
「勝負は引き分けか」
「また次に持ち越しね」
有栖は最後の霊に何か違和感を感じたが、仕事は完了だ。霊は全滅し、それを報告に行くことにする。
新造は飛び上がるように喜んでくれた。
「おお! もう退治してくださるとは、さすがは伏木乃神社の巫女さんだ! これでうちの商売も安泰だよ!」
「お役に立てて良かったです」
「ここだけの話、うちには商売繁盛の良い霊もいてね。悪霊達はそれを妬んで住み着いていたようなんだが、これで運気も昇るってもんよ。わっはっはっ。また何かあったらお願いするね」
「はい、こちらこそ。ご贔屓に」
有栖達は一礼して建物を後にした。
その良い霊って最後に退治したあの霊ではと有栖は思ったが、不用意な発言をする者は三人の中に誰もいなかった。
それに寄ってくる原因となった霊がいなければ、もう悪霊が来る心配もないだろう。
絶好調とまでは言えなくても商売は普通に繁盛していくはずだ。
こうして第一の仕事は無事に終わったのだった。
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