エイミー来日

第12話 エイミー来日

 平和な日が続いた。次の悪霊退治の日は来週だ。

 それまでは雑務やトレーニングをして過ごすことにする。

 舞火と天子は喧嘩をしながらも真面目に働いてくれたし、仕事のない日でも遊びにきてくれた。

 お札を投げるのは巫女を始めたばかりの二人にはやっぱり無理そうだったが、箒であれだけ戦えるのなら必要のない技能だと言えた。

 このまま上手くやっていけそうだ。有栖がそう思ったある朝、郵便受けに手紙が入っていた。

 差出人の名前を見る。そこには父の名前があった。


「父さんからだ。何だろう」


 有栖は気になってその手紙を部屋に持ち帰って読もうとした。だが、足を踏み出す前に声を掛けられて振り向いた。


「ハロー、ユーがミス・アリスですか?」


 透き通るような少女の声に引き寄せられるように顔を向けて、有栖は驚いた。

 そこに立っていたのは有栖が今までに見たことがないタイプの美少女だった。

 一言でいえば外国人だった。

 朝日にきらめく金色の髪、自分を見つめてくるぱっちりとした青い瞳、素敵な唇とそこから覗く白い歯、上品で綺麗なお人形さんのような可愛い服。まるでファンタジーの不思議の国のアリスを具現化したような存在が目の前にいた。


「あ、わ、わ」


 年は有栖と同年代ぐらいだが、綺麗さという点では凡人だと思う有栖とは比較にならない。

 突然現れた美少女に有栖は何も喋れなくなってしまう。見ず知らずの相手と話すだけでも緊張するのに、相手が外人とあってはどう話せばいいのか全く見当も付かなかった。

 有栖がおろおろとてんぱっていると、少女が先に話しかけてきた。


「ミス有栖……でいいんですよね? ミーの日本語合ってますか?」


 彼女のまつ毛は少し不安そうに揺れていた。

 コクコク。有栖はうなづいた。きちんと理解出来る日本語だった。彼女は安堵したように胸に手を当てて微笑んだ。

 まるで太陽のような笑みだった。


「良かったです。ミーの名前はエイミー・ネヴィル。ゴンゾーに頼まれてあなたの仕事をサポートしに来ました。どうぞよろしくです」

「は、はあ。とりあえず家にどうぞ」


 有栖に言えたのはやっとそれぐらいのことだった。




 エイミーの言っている権蔵(ゴンゾー)というのは有栖の父の名前だ。

 父が自分の娘と年の変わらない外国の可愛い少女とどんな関係なのか、そもそも彼女は何者なのか、有栖にはさっぱり分からなかったが、父の紹介で来たという少女を有栖の独断で追い返すわけにもいかない。

 それに父の紹介で来たというなら、今有栖が手に持っている父からの手紙に何か書かれているかもしれない。

 それを読んでから判断しようと思った。

 家に向かおうと神社の前を歩いていると、後ろを歩いていたエイミーが話しかけてきた。


「あれがジャパニーズの神社なのですね」


 有栖は足を止めて振り返る。

 エイミーが見上げていたのは伏木乃神社だった。

 可愛い少女はただ建物を見上げているだけの姿でも絵になると有栖は思いながら答えた。


「はい、伏木乃神社っていいます。神社には詳しいんですか?」


 有栖の質問を聞いてエイミーはニヤリと笑った。ファンタジー世界の住人のような可憐さを持つ彼女にはちょっと似合わない感じの得意げな笑みだった。可愛い少女でもこんな顔をするんだと有栖は思った。


「フフ、ミーは詳しいですよ。ユーチューブでいろいろ見て来ましたからね」

「ユー、チュー、ブー? ですか?」


 聞きなれない単語に有栖は首を傾げた。外国人の話すことは有栖にはどうもよく分からない。これが文化の違いというものだろうか。

 神社で暮らし外の世界を知らない有栖は実感してしまう。

 エイミーは人差し指を立てて自慢げにその知識を披露してきた。


「夏になると神社ではお神輿をかついでわっしょいわっしょいをやるのですよ。もうすぐ夏ですからね。ミーはわっしょいわっしょいを撮るためにマイカメラを持参してきたのです。これがそのカメラです」


 エイミーが鞄から自信たっぷりに取り出したのは立派そうなカメラだった。

 そんな彼女に有栖は現実を突きつけなければならなかった。


「祭りはありますけど、わっしょいわっしょいはここではやりませんよ」

「なんと!」


 エイミーは驚き、


「ミーの~~~野望が~~~~一つ~~~~潰えた~~~がくり」


 地面に膝を付いてうなだれてしまった。外国人はオーバーリアクションと聞くがどうやら本当らしかった。

 何か声をかけようと有栖が思っていると、エイミーはいきなり立ち上がった。両手を振り上げて怒ってくる。


「どうして、お神輿をかつがないんですか! わっしょいわっしょい見たいです!」

「そう言われても……」


 ここは山の中腹にあるのだから神輿を持って上がるのは大変だと思う。

 町の人達との付き合いは父がやっているので有栖には町の事はよく分からない。

 ここではそうだからとしか言いようがなかった。幻想的な容姿の外国人の浮き沈みの激しいオーバーな反応に有栖が困惑していると、


「有栖ちゃん、何をしてるの?」

「もめごとなら片づけるけど」


 舞火と天子がやってきた。形勢逆転だ。何が逆転かは知らないけれど有栖はそう思った。

 エイミーは二人の方を振り返る。二人も有栖と同じように驚いたようだった。

 天子が目を丸くして驚き、舞火が目を細めて観察する。


「うわ、外国人だ」

「コスプレの日本人というわけではないようね」


 相手がただ者ではないと見て、さすがの二人も少し警戒しているようだった。

 エイミーは軽い上から目線で二人に向かって話しかけた。


「ミーの名前はエイミー・ネヴィル。ゴンゾーの紹介でこの神社に来ました」

「ゴンゾー?」

「父の名前です」


 物問いたげな二人の視線に有栖は答える。

 エイミーはいきなり右腕を振り上げて、頭上に高く人差し指を立てた。

 何をするのかとみんなが見守っていると、その腕を振り下ろして、人差し指を舞火と天子に向かって突きつけて叫んだ。


「ユー達は何者だーーーー!」


 何だか黙っていれば綺麗なのにいろいろと残念そうな人だった。

 それとも外国人だからか。自己主張やアクションがいちいちオーバーなのは。そう言うと外国人に怒られそうだけど。

 何はともあれエイミーと二人をお互いに紹介しなければと有栖は思ったが、その前に二人が動いていた。


「あなたこそ」


 言いかける天子を舞火が遮る。


「問われたなら答えるしかないわね。わたしは花菱舞火。この神社の巫女さんで有栖ちゃんの一番弟子よ!」

「ちょ、誰が一番。東雲天子よ!」


 二人の名乗りに、エイミーは悪役のように不敵に笑った。

 なんというか最初に感じた可愛い印象とはずいぶんと違った性格のようだった。


「クックックッ、それがあなた達の名ですか。でも、もう覚える必要はないのですよ。なぜなら!」


 エイミーは舞台役者のように素早く服を脱ぎ捨てた。その素敵なお洋服の下から現れた姿を見てみんなが驚きに目を見開いた。


「外人がその服を着るなんて!」

「お兄ちゃんは大和撫子しか認めないと言ってたのに!」

「ほえー」

「フフン」


 エイミーが着ていたのは巫女服だった。白と赤。どこからどう見ても普通の日本の巫女服だった。

 さらに衝撃の事実をエイミーは口にする。


「ミーは有栖の父ゴンゾーから直々にこの神社の手伝いを任されたのですよ。つまり、ザコに過ぎないあなた達はもう必要ないのでーーーす!!」

「「なんだってーーーーー」」


 舞火と天子は揃って驚きの声を上げる。もう幼馴染同士はお互いに争っている場合ではなくなっていた。

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