第9話 巫女の相手
有栖はいよいよ明日に迫った仕事について話す時が来たと思った。
最初は二人にはついてきてもらうだけで、仕事は主に有栖が自分でやろうと思っていたのだが、この分だともっと先まで教えても良さそうだった。
その説明を有栖は始める。
「明日、またお二人には戦ってもらおうと思っているのですが」
「戦うのね!」
天子の瞳がきらりと光った。単純で好戦的な幼馴染みの態度に舞火は小さなため息をついた。
有栖はまた二人同士で戦わせるつもりは無いので急いで話を続けた。
「いえ、舞火さんとではなく、わたし達の敵とです」
「巫女さんの敵か。それって悪霊のこと?」
舞火の言葉に、天子は何を馬鹿なといった顔をしたが、有栖は感嘆に目を輝かせた。
「おお、舞火さんは巫女のことをよく知っているんですね」
「これでも巫女さん志望だったこともあるからね」
胸を張る舞火の横で、天子はぐぬぬと唇を震わせてから発言する。
「それでどうやって悪霊と戦うわけ? 悪霊退散と言ってお札でも投げるわけ?」
「うーん」
その言葉に有栖は考え込んでしまった。
舞火が天子に言う。
「それってどこ知識なの?」
「お兄ちゃんにやらせてもらったゲームでそういうのがあったのよ」
「ゲームねえ。普通に考えたらあんな紙きれを投げられるわけがないって分かりそうなものだけど」
「ぬううう」
言われて天子は唸ってしまった。
確かに舞火の言う通り、紙を投げたら相手に届く前に風にひらひらと流されてしまうのが普通だろう。天子の頭でも容易に想像できる光景だった。
それでも何とか言い返そうとする天子に、有栖が意識せず追い打ちをかけていた。
「確かに舞火さんの言う通りです。普通ならそうです」
「なぬっ」
「フフッ」
驚きと含み笑いをする新人の二人に有栖は説明する。
「お札を真っ直ぐに相手に飛ばすのは難しいんですよ。天子さんの知っているのはかなりの高等テクニックですね」
「そうよ。あたしの知っているのはかなりの高等テクニックなのよ」
「使えなきゃ意味ないでしょうに」
舞火はやれやれとため息をついて、有栖に質問した。
「それで有栖ちゃんはどうわたし達に悪霊退散! して欲しいの?」
「簡単なことですよ。悪霊退散と言って霊力を振るって武器を叩き付けるんです。わたし達の相手にするのはごく低級の霊ですから、お二人の実力があればそれで十分なはずです」
説明を続けてきて有栖の調子は乗ってきた。
天子が不安そうに手を上げた。
「あたし、霊力なんてないんだけど。お兄ちゃんにもお前って運がないなって言われてるし」
「大丈夫ですよ。この巫女服には着た者の霊力を引き上げる効果があるんです」
自分の巫女服に手を当てて発言する有栖の言葉に、舞火と天子はうなづいた。
「つまり誰でも巫女さんになれるってわけね」
「はい、バイトでするぐらいのことなら」
「よし、試しにやってみるか」
舞火は箒を握って上段に構えた。それを振り下ろす。
「悪霊退散!」
「おお!」
巻き起こる風に有栖は感嘆の声を上げた。振り下ろす箒の先端と舞い上がる風には確かに霊力が込められていた。
それも有栖が父に教えられて初めてやった時よりも格段に上手く出来ていた。
「やっぱり舞火さんは凄いです。巫女さんの才能があります」
「えへえ」
「じゃあ、あたしも」
天子も箒を握り、今度はそれを横に振るった。
「悪霊退散!」
甲高い木のぶつかり合う音がする。縦に構えた舞火の箒が、天子の箒を受け止めていた。
舞火が横を睨む。
「何の真似かしら、天子さん?」
「ここに悪霊がいたと思ったんだけど」
「そうね。わたしも今そこに悪霊が見えたわ」
二人の殺気と箒がぶつかり合った。
「悪霊退散!」
「この世から退散しろ!」
再び始まった戦いを有栖は興奮して見守った。二人とも霊力がきちんと出せている。初めてでここまで出来るのは驚きだった。
興奮に手に汗握る有栖の足元では、こまいぬ太が呑気に足で耳の裏をかいていた。
日が暮れてきた。有栖は二人の戦いに夢中になっているうちにすでに仕事の終わりの時間が過ぎていることに気が付いた。
「もういいですよ、二人とも。今日はお疲れ様でした」
声をかけると、二人の視線が有栖に向いた。
「もういいの?」
「ハア、まだやれるわ」
二人はまだやれそうだったが、さすがに疲れは隠せない様子だった。
「やる気になってくれるのは嬉しいですけど、明日は仕事の本番がありますから」
「そうね。汗かいちゃった。有栖ちゃん、シャワー借りていい?」
「いいですよ。シャワーはこっちです」
有栖は舞火を案内しようと踵を返して歩き出す。
「あ、あたしも行く!」
天子がすぐにその後をついてきて、
「ワンワン!」
「お前も行くの? いいよ、洗ってあげるわよ」
こまいぬ太は天子の足元についてきた。
家には一つしか無いシャワーだったが、そこそこに広い施設であり繁忙期には人も増える神社にはいくつかのシャワーが設備されていた。
父に会いに来るお客さんや繁忙期の従業員等が使うそこを利用することにする。
「シャワあー、シャワあー♪」
脱衣所で巫女服を脱ぎながら、舞火は何だか上機嫌にシャワーの歌を歌っている。
廊下を歩いてここまでの案内を終えた有栖は邪魔にならない場所に立ってそんな彼女の姿を見守っていた。
「舞火さん、シャワーが好きなんですね」
「当然よ。有栖ちゃんと入るんだもの」
「わたしはいいです」
有栖はそんなに運動していないし、後で家の風呂に入るつもりだったので断るが、
「駄目よ。女の子なんだから綺麗にしないとね」
そんな有栖に舞火は笑顔で訴えてきた。
「分かりました」
一緒に入りたいと言ってくれているのに断るのも気が引ける。
それに舞火とはこれからも長く付き合うことになるかもしれないのだ。拒絶するような態度は取りたくはなかった。
有栖が服を脱ごうとすると同じく服を脱いでいた天子が注意を飛ばしてきた。
「有栖、舞火には注意しないと駄目よ」
「何をですか?」
「その……いじめられたりしないようによ」
「いじめるんですか?」
有栖はびっくりしてしまった。
舞火は優しいお姉さんでそんな言葉とは無縁だと思っていた。
有栖が目をぱちくりとさせていると当人の舞火が口を挟んできた。
「天子は勘違いしているのよ。それにもう小学生の頃のことよ。いつまで昔のことを気にしてんのよ、あんたは。今はもうそんなことはしないわよ」
「どうだかね」
「あの、神社で喧嘩はやめてくださいね」
二人のことは信頼しているが、今のこの神社の責任者としては釘を刺しておかないといけない。
有栖が念の為に言っておくと舞火はにっこりと微笑んだ。
その笑みは年上のお姉さんらしい暖かい物でとても喧嘩をするような人とは思えなかった。
「うん、そんな不作法なことはわたしはしないから。安心して」
「まあ、有栖に手を出さないならあたしはそれでいいけどさ」
「じゃあ、有栖ちゃん。今日はわたしが洗ってあげるから一緒に入ろ」
「はい」
「言ってる傍からあんたは」
喧嘩腰になろうとする天子に、舞火は落ち着いた笑みで答えた。
「あなたはそこの犬の面倒を見てあげなさいよ。さっきからずっと待ってるわよ」
天子が目線を下ろすとそこにはこまいぬ太がいた。
尻尾を振ってつぶらな瞳で天子のことを見つめていた。
天子はしゃがんで彼の頭を撫でた。
「ごめんね、あんたのことを忘れてたわけじゃないのよ」
「わんわん!」
こまいぬ太は元気に答えた。有栖はそれを微笑ましく見つめた。
最初の印象より天子はずっと良い人だった。こまいぬ太もよく懐いていた。
舞火も本当のお姉さんのように優しくしてくれた。
シャワーを終えて仕事も終わって、有栖は帰っていく二人を見送った。
人の縁とは大事な物だ。いつか父が言っていたことを思い出す。
父が出て行って神社の仕事を任された時はどうなることかと思ったけど、有栖は本当に良い人達に巡り合えたと思った。
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