第8話 幼馴染みの戦い
静かな神社の境内で二人の巫女が対峙している。
いつもは平和な空気に包まれているこの場所だが、今日は何だかピリピリしていると呑気な有栖でも思えた。
思えばいつも自分は父の後をなんとなくついていって現場でも言われた通りのことを手伝っていただけだったのだが、戦いともなるとこれぐらい本気になるのが当然なのかもしれない。
それぐらい舞火と天子は真剣だった。有栖の見たことのない表情をしていた。
彼女達の手にはそれぞれ箒がある。舞火がそれを手に取っていたし、天子も続く形でそれを手に取っていた。
巫女には巫女の道具があるのだが、二人の空気に呑まれて有栖がそれを発言する機会は無かった。
「有栖ちゃん、開始の合図をお願い」
舞火が促し、天子も頷きで有栖にそう促してくる。有栖に取れる行動は一つだった。
「それでは初めてください」
片手を上げて開始を宣言した。瞬間、空気が爆発したかと思った。ただの風とは違う風圧が有栖の髪をなびかせる。
甲高い箒の打ち合う音がして、二人の巫女が箒でつばぜり合いをしていた。
力は互角か。有栖は少し興奮して見守ってしまう。
舞火と天子はそれぞれの箒越しに相手と睨み合った。
「驚いたわ。この一撃で決めて赤っ恥をかかせてやるつもりだったのに」
「あたしがあんたの顔を殴ってすっきりするつもりだったのよ!」
天子が箒を振りぬく。下がったのは舞火の方だった。
力負けしたわけではない。舞火は構えた箒をちょいちょいと動かして天子を誘っている。
「舐めやがって!」
天子は激昂して跳びかかった。鋭い箒の連撃を繰り出していく。舞火は下がりながらそれを巧みに受け流していく。
「勝利は華麗に美しく」
下がっていた舞火の足が不意に前に出た。水の上を滑るような前進とともに繰り出されるのは必殺の一閃だ。
「破邪滅却!」
その居合抜きの如き必殺の横薙ぎの一閃を、天子は跳躍して避けた。
「なに!?」
舞火の顔に初めて驚きの表情が見えた。その顔に向かって天子は箒を振り下ろす。
「だから、あの頃とは違うと言ったのよ!」
「くっ」
体勢を崩して受け止める舞火はその威力を裁ききれない。とっさの判断で横に転がって避けた。
標的に逃げられた天子の箒が地面に舞い上がる土煙を立てた。
天子は追撃をかけられない。
舞火はすぐに立ち上がり、肩についた土を払った。
「確かに腕を上げたようね。このわたしに土を付けるなんて……」
その手が止まり、気配が変わった。舞火の瞳に殺気の光が宿り、彼女は吠えた。
「死にたいのかお前ええええええーーー!!」
「お前が死ねええええええーーー!!」
二人のやる気はさらに膨れ上がり、戦いは激しさを増していく。
有栖ははらはらと興奮に手を握りながら戦況を見守っていた。こんなに凄い人達は見たことがなかった。
その足元で不意にこまいぬ太が吠えた。
「ワン!」
その見上げるつぶらな瞳と振っている尻尾を見て、有栖の気分は落ち着いた。
「そうですね。ここでお開きにしましょうか」
もう少し二人の戦いを見ていたい気持ちはあったが、二人の実力は十分に見せてもらった。これ以上やらせるのは二人に悪いだろう。
そう思った有栖は対峙する二人に近づいていって手を打ち鳴らした。
「もういいですよ。実力は十分に見せてもらいました。予想以上でびっくりしました」
と、有栖は呑気に告げるのだが、その有栖を天子が睨んできた。
「何言ってるの! 勝負はこれからよ! こいつを殺すまで、あたしは戦いを止めない!」
殺気に満ちた瞳で舞火を睨む。有栖は困ってしまった。
人に言うことを聞かせるなんてどうすればいいのだろうか。有栖には知識の持ち合わせが無かった。
舞火はその殺気をそよ風のように無視して、構えていた箒を下ろした。
「そうね。じゃあ、止めにしておくか」
「なっ」
驚いたのは天子だった。泡を食ったように舞火に吠える。
「どうして止めるのよ! 勝負はまだこれからよ!」
いきり立つ天子を見る舞火の目には相手に対する憐れみがあった。
「考えてみればもうこんな勝負にむきになる年でもないしね。それに今は仕事中よ。有栖ちゃんの言うことが聞けないまだ頭が小学生の残念な子は家に帰れば」
「ぐ、むむむ」
「わたしとしては次に行きたいのですが」
有栖が頼むと
「分かったわよ」
天子は渋々ながらも納得してくれた。
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