第2話 幼馴染み、だからだよきっと

  謙太は、暫く押し黙ったまま私を見つめ、「……わかった」とだけ答えて自室に戻っていった。


 何をわかったのか。直接聞ける度胸がないから、私なんて頼りにしやがって。

 でかい図体してるわりに、気持ちはちっとも成長してない。


「……くそ。バカ謙太」


 私は、ベッドに放り投げていた携帯を取り上げて、思案する。

 この場合、美湖に直接、連絡を入れるのは得策じゃない。

 弟の代弁なんてしても、あの子の心に、届かせる言葉にはならない。


 あのとき、警察を出る時に、鉢合わせになった弟に向けた美湖の目は、嬉しさに溢れた後ろめたさ。これはかなり、的を射ていると思う。


 お母さんの親戚のところに、お世話になってるの。

 しばらく、生活が落ち着くまで、学校は休んでいいって言われてる。

 でも、私も泉も、がいる学校で、卒業したいってのが本音。

 遠いんだけど、通えない距離ってほどじゃない。朝、一時間ぐらい早く起きれば、普通に通える。泉はあんまり朝が強くないから、ちょっと文句言ってる。


 でも。あんまり騒ぎが大きくなってると、通いづらいかも、って二人で話して。

 マスコミの人とか、私、声を掛けられたし。


 母さんのところにも、何人か記者の人が、取材の申し込みをしたって、泉が憤慨してた。「私のとこにはこないんだけど!」って。あの子、逞しいよね。

 私達は間違ってない。何も悪い事してないって、証明したいんだって。

 勇ましいというか、怖い物知らず言うか。

 だから、とりあえずは、夏まで通おう、って二人で決めたの。


 夏の間に、お母さんも含めて色々話し合って、決めようと思う。

 あんな騒動の後だから、家を立て直すより、別のとこに住む話も出てるの。

 えりりには、ほんと、迷惑ばかりかけてすいません。

 遊びに来てくれただけなのに、嫌な思いさせてごめんなさい。


 美湖から、長文のメールが送信されてきた。

 電話で直接、話してくれればいいのに、とは思ったけど、考えをしっかりとまとめたかったのだろう、と私なりに解釈した。


 謙太には、ああ告げたから、来週、二人が学校に来て、まあ驚くだろう。

 驚いたついでに、美湖にでも泉にでも、話しかけてみればいい、と思っている。

 妙に大人っぽい諦め方を覚えてきて、謙太はますます口数が少なくなっている気がする。

 それが妙に、カッコ良い、なんて言われているのが、弟にとって良い事なのかどうか。美湖は、泉が好きな連中の恋愛相談に乗っていると同時に、何人かに謙太に告白したい女の子の、世話役までやらされているようだ。


 確かに、弟は、雰囲気イケメン。背も高いし、運動神経もある。サッカー部では、かなり活躍しているらしい。


「えりる、お母さんが、早くお風呂に入りなさいって」


 ドア越しに、あいりの声が聞こえる。

 私は、このアンドロイドを、部屋に入れたくない。

 母さんと一緒の時は仕方がないが、単独で来た場合、私は部屋のドアを開けさせない。


「わかった。謙太より先に入るから」


 悶々とした思春期の弟の後になど、入りたくはない。

 そんな気持ちのぶつけ方なんて、その、一つぐらいしかないから。


「えりる。あなたが無事で、本当に安堵しています」


 事故の後から、私はずっと、彼女にそう言い続けられている。

 私は、乾いた笑い声を上げた。はっ、なにを。私はこの耳で、聞いているんだよ、あいり。


『あなたが、無事で本当に良かったわ』


 暴走アンドロイドの『事故』である。

 その原因が、解明されていないので、母は不安で仕方がないのだ。

 が、回収されてしまうのではないか、と本気で怖れていた。

 私の身も、形式ばった口調で「病院行った方がいい? 本当に平気?」と尋ねてはくれたけど。

 あいりと二人でいる時、リビングでそんな事を話していた時の母の口調と比べると、随分と素っ気なく感じてしまう。


『国山さんのところには、近づかないでね。何かあると、いけないからね』


 感染源、みたいな事を、母は平気で口にする。

 それでますます、私は彼女を、毛嫌いするようになっていた。


「テキスト通りの台詞、ありがと」

「えりる……それはどういう事なの」

「どうもこうもないよ。そういう事なんでしょ」

「私は、心から貴女の事を心配しているの」

「……そのお姉さん口調。……鼻につくっての」


 アンドロイドのくせに、心なんて言葉を使うとか、マジでさ。

 人間様、嘗めてんじゃねえの、こいつ。


 タイプ『オードリー』は、眉毛が少しだけ太い。

 古式ゆかしい、美人という感じ。

 見ているだけで、劣等感を感じるくらいには、美人だ。

 だから、という訳じゃない。と私は思う。


 風呂から上がり、まだ何か言いたげなあいりを無視して、部屋に戻る。

  

 部屋の電気をを消して、暗い天井を見上げる。

 明日は土曜日だ。

 私は、事故の当事者として、ここ数日、クラスメイトの好奇の目にさらされていた。


 あんな事になってさ、私もびっくりだよ。

 えー! 全然平気だって。え? あー国山? まあ、家も近いしさ、あいつんとこの双子の妹と、ガキの頃から結構仲良いんだ。だからー、国山とは何もないって。昔っからの腐れ縁だから。まーね。あっはは、知ってる。あいつマジで根暗って感じだよねーー……。


 私は、まるで道化だ。

 口から出てくる言葉の、なんて安っぽさだろう。我ながら、ベラベラと、適当な事ばっかり。

 美湖の事、謙太の事。……好海の事。


 私が思うものの一欠片も、クラスメイトへ向けた『大丈夫コメント』には、

のせていなかった。……のせたくなかった。


 私の親友で、一番仲が良い吉見悠香だけは、「なんか疲れてるね、えり」と言ってくれた。

 私は朝から、仲間から質問攻めにあっていたからだ。私のところには、マスコミの記者なんてこなかったけど、それ以上に、釈明会見じみていた気はする。


「あいりより、機械みたい……」


 あいりが話す言葉の方が、まっすぐだ。

 色んな方向に捻れて、行き先を見失いそうになる言葉を、冗談にかえてしまう。 本当はまっすぐで勝負したい。昔はほんと、そうだったんだ。

 だけど、何時の頃か好海あいつと、幼馴染みだって、普通に言えなくなっていた。悪いのは私じゃない。名前で呼んでいたのが普通だったのに、中学に上がると煙たがるようになったのは、好海あいつの方なんだ。


『ふ! 福見さん、ちょ! ちょっといいですか。好海君、……その、連絡とれないんです。その、い! 今。

 ど! どこにいるか、わかりますか』


 放課後、私は疲れ切っていた。だから、一人で帰ろうと足早に教室を出た。

 

 樋口に話しかけられたのは、初めてだった。

 教室を真っ先に出た私を、追いかけてきたのだ。


 だけど、こいつなりにかなり勇気を入れている。

 女の子に、自分から声を掛けた事なんて、皆無。それはありありとわかる。

 どもりきって、緊張しきって。垢抜けないし、視線も合わせようとしない。


 だから足、止めちゃった。

 私は、『ここじゃ、ダメ。着いてきて』と、勘違いでもされそうな事を言って、樋口を連れて人気のない四階の踊り場にまで行った。


『私にもないの。ごめん』


 期待させておいて、私は樋口に、そう言うしかできなかった。


『でも、連絡来たら伝える。だから、連絡先、教えといて』


 樋口は、面白いぐらいに動揺していた。女の子から、連絡先を聞かれた経験も、皆無かよ。


『福見さん。……そ! その教室で、聞いてしまったんですが。こ! 好海君の事、き! 嫌いなんでしょうか……』

『嫌いじゃないよ』


 私は、目を閉じて反芻する。

 あんなに素直に、好海あいつの事を嫌いじゃない、と言ったのは、初めてかもしれないな、と思った。それも即答。


『私も色々あるから。面倒臭いんだよ、これでもね』

『福見さん……』

『樋口には言っとく。他のやつらには言わないでね。

 私は、あの『事件』のとき、好海に守ってもらったの。

 あいつ、ちょっとだけだけどさ、カッコ良かったんだ』


 うんむぅぅぅぅぅ、と私は枕を抱く。

 何言ってんだよ、ホント。


 じゃあ、と一方的に会話を打ち切り、私は階段を二段飛ばしで駆け下りた。

 何かから逃げるみたいに、駆け下りた。


 自分からは逃げられないよね。この場合。


 なかなか寝られない。

 なんであんな事、樋口になんかに、言っちゃったのか。


「幼馴染み、だからだよ、きっと」


 言い訳のように呟き、目を閉じる。


「……きっと」


 ますます寝られない。

 私は、明日、事件現場に、行ってみよう、と唐突に思い立った。

 何もかも、壊されてしまった場所に、もう一度、行ってみよう。

 それから、洋子さんの見舞いに行って。


 あいつに、連絡してみようかな、と思う。

 すると不思議に落ち着けた。目を閉じると、深い眠りがやってきた。

 これはいいな、と思うほど、意識が自然と眠りに落ちる。

 事件の日から、落ち着かなかったものを整理した、という気持ち。


 まだだよ、と私は心の中で、呟く。

 あいつと会えたその時に、整理したいの。

 今じゃないんだ。あいつと会えた時に。

 言ってやりたい言葉、があるんだ。

      

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最後の提案 八子禅 @hiro-yaco

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