第二章 幼馴染み
第1話 幼馴染み、として
あの『事故』から、数日が経った。
ニュースやネット界隈でも、私の家の近所で起こった、アンドロイドの『集団誤作動』事件は、話題になっているようだ。
私は、そのどれにも関心を向ける事ができなかった。
当事者として、警察の聴取を受けた。
警察の人は、『被害者』としての私に同情的だった。
アンドロイドが次々に回収されて、どこかに運ばれていく。強制的にシャットダウンさせられた、無数の物言わぬ人形達。
比較的簡単に、聴取は終わった。
私は、たまたま国山家を訪れていただけの、無関係な被害者、なのだから。
洋子さんは、病院で警察に事情を聞かれている。
美湖と泉は、洋子さんの親戚の家に行く事になった。
国山敦也、好海のお父さんは、現在も所在不明。職場にも、実家にも戻っていない。洋子さんだけは何かを知っているような気がするが、警察の問いかけにも「わかりません」の一点張りだったそうだ。
「姉ちゃん」
謙太が、いつの間にか私の部屋のドアを開け、入口に立っていた。
「美湖……と泉、転校するんだろ?」
そういえば、親戚の家は、ちょっと遠方になる。
「……学校来てねえから、事情がさっぱりわかんねえ。
なんで、あいつの家が、……その、あんな事になっちまったんだよ」
謙太が、『
弟は、血相を変えて、警察署にやってきた。
出迎えた私の両親に、くっついてきたのだ。
実の家族である私などより、謙太の目は、美湖だけを強く見つめていた。
姉である私でさえ、ぐっとくる強い瞳で、美湖だけを。
饒舌な弟ではない。どちらかと言えば、不器用だ。
短気な性分なのは私とあまり変わらない。
私は口が先に出るが、弟は手が出る。
だから、怖がられる事も多いようだ。美湖は、そんな弟を、よく理解してくれていた。
弟がカリカリする時、美湖は必ず「泉が見てるよ」と、言い続けてきた。
小学校の頃、よくそう言って、諫めているところを見ている。
美湖は、謙太が泉の事を好きだ、とも、私に告げ口してくる。
だから、私なんか見ていない、とも。
泉は、謙太の事が好きらしい。
それでも、自分からは言い出せないの、あの子。ちょっと狡いとこあるから。
美湖は、それがわかっていながら、妹の恋を、手助けしていた。
勝ち気な性格をしていて、男友達も多い美湖は、双子の妹への恋の相談役にもよく、なっていた。「やっぱり、双子ってだけじゃあ、こっち見てくれないよね」と、男子の絶大な人気を誇る泉の事を、少し寂しげに見つめていたのを、私はよく知っている。
でも。
謙太が、どちらを好きなのかも、これではっきりしたのではないか。
それでも、美湖は一度、弟の告白を、断っていて。
泉は、別の年上の男の子と、付き合い出した。
美湖の気持ちが、少しわかる。
私は、その代わり? 届かぬ気持ちを、似ている私に、と。
その日の夜に、美湖から連絡を貰った。
電話で、「兄貴が珍しく、ぶっ壊れて面白い」と言われた。
それから少し涙声で「謙太、私を好きって言ったの。冗談でしょ、って思った。冗談でしょ、ってさ。そう思ってる自分も、ちょっと嫌になっちゃった……」と。
短い沈黙の後、「泉がいても、私、頑張れたんだ。普段の私って、こんなにバカだったの、って思うくらいには、はしゃげたよ」
外出している洋子さんに、渡された一万円を、三人で散財したのだそうだ。
言い出しっぺ、それは美湖だと思ったが、以外にも、好海だったそうだ。
へえ、と私は素直に感心する。お兄ちゃん、たまにはやるじゃんよ。
警察署から出てきた美湖の前に、謙太が立つ。
「平気」
「うん。平気」
「嘘つくな」
「うん。嘘」
私は、両親のところに歩きながら、二人の会話を聞いている。
「……美湖。俺にできる事、なんかないか」
「うん。なんかない」
美湖は、謙太の目を、見ていなかった。
びっくりするぐらい、噛み合っていない会話を、謙太だけが、理解する。
「泉じゃない。俺には、泉じゃない」
「うん。泉じゃ……」
美湖はそこで、一歩後じさる。
「私は、泉じゃないもんね……」
なんで、そんなに。
美湖、なんでよ。
謙太の手が、美湖の肩に触るかというところで、彼女は振り向いた。
美湖はひとりぼっちだった。
洋子さんは病院。お父さんはどこにいるかわからない。泉は洋子さんの身を按じて病院に行って。好海は、……連絡がとれない。
「当たり前だろうが!」
謙太が、泣きそうな声で叫んだ。
実際、泣いていた。
でも、美湖は振り返る事はなかった。
「母さんのとこ、行くから」
「…………美湖」
「ごめんね。謙太」
美湖を、謙太は追えなかった。
警察署で、事前に頼んでいたタクシーが、止まっている。
乗り込む彼女を、終えない弟の背中の葛藤を、私はどうしても押せなかった。
自分で踏み込むしか、ねえだろ。
私の本心は、そうだった。
支えろよ、美湖は不安で、ボロボロなんだ。
なんで、そこで。
足が止まるんだよ。
彼女の頬をはたいた自分が、言えたものではないかもしれない。
でも、あの子の『普段』を取り戻したいと願うなら。
勝ち気なくせに、繊細に立ち回る彼女の事を見ているのなら。
強引にでも、側にいた方がいいんだ。
「謙太! バカなくせに、悩んでんな!」
私は、男前の弟の、優しさにムカついて、叫んだ。
タクシーに乗り込む、ラストチャンスが逃げていく。
行けよ! ここで送り出したら、もうねえぞ。
「行け!」
謙太は、数歩、タクシーに近づいた。
だけど、一緒に乗り込む事はしなかった。
「……姉ちゃん」
同じ目だった。
どうせ……という目だ。負け犬のみたいな目。
タクシーを見送った弟の目と、転校を聞いて狼狽する弟の目。
「それだよ、転校を決めた理由は」
私は、謙太にそう言えた。
「なんでそれを、
「連絡はきてんだ。……でも、それだけじゃないんだろ」
美湖から、連絡はあった。じゃあ、お前はどうなんだ。
「だからなんで、それを私に聞くの」
「姉ちゃんの方が、伝えやすいって」
私は、溜息を、嫌味にきこえるくらい、誇張して吐き出す。
「転校は決まってる。来学期から」
「……そう」
「それだけ?」
「……なんだよ」
「それだけなのって、聞いてんの」
私は、謙太に粘着している。
弟の臆病さが、我慢ならない。
知りたいのだ。誰だって。好きな人の気持ちを。
誰だって、言えるのだ。
知りたいと思うものの前、以外では。自分の気持ちを。
好海の事を、考えたから、苛立った。
美湖も、あまり教えてくれない。
だから、気になっていると、思いたかった。
「直接、聞きなさいよ」
グサリと刺さる言葉を、自分で口にすると、瞳がふわりと揺れる。
泣きそうになったが、弟の手前、それはできなかった。
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