第8話 博士、もう少しだけ

 高機動スーツ『バケネコ』Mark4。

 手足が短く、頭は大きい。まさに、ネコの着ぐるみだ。

 薄い桃色の体毛に、赤の斑が入っている。

 二つの耳が愛らしく動く。そういう動きに拘る理由は、わかる気はするが……。


 ニャキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


 普段は、軽薄な言動が多い主人に、冷静で的確、時に無慈悲なツッコミをお見舞いするのが常、の深雪のキャラが崩壊した。


 短くてコミカルな両手から、場違いなほどに長く鋭い爪が、彼女曰く『ニャキン』と生え伸びた。


 あれが、高機動なのかどうかは、実際のところよくわからない。

 茂樹さんが、バンを急発進させたからだ。


「待ってくれよ!まだ花が……!」

「お前の安全が最優先なんだよ、この場合」

「ボクだけ助かったって、仕方ないっ……!」

「そいつは、花にも失礼だろう、好海」


 アンドロイドが、路上に飛び出してくる。恐怖を持たずに行動するため、一切の無駄がない。茂樹さんのバンに衝突した数体が、フロントガラスに亀裂を残して目の前から吹き飛ぶ。茂樹さんも、躊躇わない。非力なバンが、アクセルを全開にする。


「あいつの気持ちにだけは、報いてやれや」


 マンションと隣接する二車線は、直線だ。

 できるだけ巻き込まないように、バンを斜行させ、斜めに突っ切ろうとする。


 単体でぶつかってきても、アンドロイドの重量はかなりのものなので、衝撃が凄まじい。スピードを上げようにも、間髪を入れずに正面に飛び込んでくるので、なかなか上がらない。


 そのうち、後続のアンドロイド達が、二、三体で肩を組み、スクラムのように腰を落としてきた。


 それが、何組も進路を阻む。

 恐ろしい程に統制のとれた動きだった。こちらの動きは、既に予測済み、対策済み、という事なのか。

 単調な命令を強制する、青白い霧コントロール・スパイスの効果だけで、これほど無駄のない動きが、とれるものなのだろうか。


「茂樹さん……!」

「文句だけなら聞かねえぞ、甥っ子駄々っ子

「違う。さっき、ボクはあのアンドロイドの群れの中に、人間が混じっているのを見た。多分、この動きは、その男が指示して、動かしている」

「……マジかよ」

「ボクを見て、笑ってた。アンドロイドの所有者なら、あんな顔はまず、浮かべない」


 茂樹さんは、首にかけていたインカムを着ける。

「深雪! 人形の中に妙な仕掛けを巡らしている人間がいるってよ! 探せるか?」

『どっちを優先したいのにゃ?』

「どっちも、と言いたいとこだ」

『二兎は無理。獲物は一つに絞って』

「……本丸が落ちそうかな、やっぱり」

『包囲にゃんて簡単に突破するから平気とか、安請け合いしたのが悪い。フォローするって言ったにょに』


 深雪の声に混じり、戦闘音が聞こえる。

 闘っているのは、花なのだろうか。


『確かに、生命反応を確認したにゃ。アンドロイドの中に、人間がいる』


 深雪が、即座に対応した。こちらの援護につく、という決断をしたのだろう。


「一応、あんなナリをしてんだけど、『バケネコ』は災害救助目的で造られたもんを、可愛らしく改造したもんだからな」

「救助者を発見する機能がついてるんだね」

「ご明察」


 茂樹さんは、「助けてぇって訳じゃあねえけど」と呟き、それから叫ぶ。


「深雪、こっちはいいからそいつをひっ捕まえろ!」


 茂樹さんは、バンを停車させ、バックする。

 スクラムにぶつかるには、速度が足りない。フロント部分の耐久力は、もっと足りない。

 一応、後ろについている連中の動きは、それほどまとまっていない。


『茂樹の判断は正しい』


 深雪が報告をいれた。


『それほど若くない男。こっちに気がついた。アンドロイドを固めて、時間稼ぎに出ているにゃ』


 アンドロイド達を切り裂く音が、続けて聞こえた。


『嘗めるのは油だけで充分』

「確保しろ。殺すなよ、深雪」

『殺せない。わかってて言うにゃ』


 深雪が、アンドロイド達を蹴散らしている。


 花が、僕らの側まで駆けてくる。バックミラーに、彼女の姿が映っていた。

 彼女は、深雪と闘っていた。

 服や躰の損耗が、さらに激しい。


『確保、完了』


 丸っこい躰が、跳躍する。


『担いでると戦闘ににゃらない。若くない男これ、リアシートに突っ込むから』

「おう、戻ってこい。花も、追走してきてる」

『了解にゃ。


 手間、という言葉に、ボクは顔を顰める。

 もう一つの目的は、ボクを迷わせるからだ。


「茂樹さん、花の『廃棄』を止める方法、なんかないの!」

「お前は自分が助かる事だけを考えろ……って言っても、無駄か」

「ボクだけなんて、絶対に嫌だ!」

「眩しいね、青少年。……さすがは兄貴国山敦也の長男坊ってとこか」


 花は、効率の良い攻撃で、アンドロイドの足を止める。

 関節部に蹴りを入れ、効率よく相手の行動を止める。立ち上がれなくする、追ってこれなくする、という行動を最優先に、花はこちらに追いついてきた。


「時間がねえな」

「……時間があれば、可能なの」

「廃棄プログラムが走ってるってのは、もうこれは止められない。違う命令で上書きできればいいんだが、それもまた不可能。次の命令は、『国山好海を殺せ』って例のアレ、だからな」

「自称、天才なんだろ、茂樹さん」

「自薦も他薦もされてる、天才だ。……まあ、それはいいとして」


 茂樹さんは、「深雪! 時間がねえぞ」と相棒のアンドロイドに発破を掛けた。


『言われるまでもにゃい』


 確かに、高機動だ。途轍もないスピードで、『バケネコ』が車に戻ってくる。

 花は、目の前のアンドロイドを着実に止めて、こちらに近づいているから、そこを単純に比較する事はできないのだが。


 男を一人、抱えている。

 気を失わせてはいるようだ。動く気配はない。


「もし、何にも関係ない人だったら、……」

「お前が心配する事はねえさ。荒っぽいが、『助けた』と言えばそれですむ」


 深雪が、バンの前方にいるアンドロイドを蹴散らす。近づいてくるアンドロイドは、花が対処した。


「好海、後ろに回れ。トランクにロープあるから、その男を縛っとけ」

「……ホントにやるの」

「こいつが意識を取り戻して暴れられたら、迷惑だからな」


 ボクは、言われた通りにリアシートに入り、仕事道具を入れているトランク部分から、安っぽいロープを探す。

 あまりきつく縛らないように気をつけたが、あまり気が進まなかった。


「よし、今度こそ離脱するぜ」


「え……!」

「ウチの看板娘が、片付けてくれたからな」


 逃走に必要な道は、開けた。


「花はどうするの!」

「言った通りさ。機能停止に追い込む。アンドロイドの回路は、ほとんど胴体にあるからな。頭には、思考系のCPUが乗ってる。『分離』させれば、廃棄ブログラムから、逃れさせる可能性は、ちょいと残る」

「ちょ、ちよっとまってよ、もう少しだけ、待って!」


 ボクは、リアシートから飛び出した。

 「待って!」と叫びながら。

 何ができるのか、わからないけれど。


「花」

「好海様」


 『バケネコ』が、花に向かってくる。

 運転席の窓を開けた茂樹さんが「少しだけ、待て」と、憮然とした顔のまま、深雪に命じている。


「……花」

「……好海様?」


 彼女の名を呼びかけるたびに、己の無力さを思い知らされる。

 廃棄プログラムを起動させてしまった。

 ボクがやった事と言えば、それだけだ。

 彼女の望みを、ボクの望みとは違う形でかなえてしまった。


「君は怖くないの?」

「理解不能です。私は、国山家で、とても有意義で、温かな時間を頂戴しました」

「明日も、そうなれば良かったって、思わないの」

「私がいる、という事を、外部の人間に知られている以上、それは叶いません」

「どうしても、もうダメなの」

「私のプログラムは、それほどに危険であるのです。

 好海様、どうか私の事は忘れてください」

「忘れられるかって! だって! ボクは君を……!」


 ボクは何をしているんだろう。

 君は、どこか安堵している。

 ボクは、何ができるんだろう。

 君に、何が……。


「ごめんなさい、『フロイラインFプロト3お姉様』」

「すまんな、甥っ子」


 ボクの背後に、茂樹さんが立っていた。

 例の、スタンガンだ。

 ボクの首に、食い込んだ電撃が、意識を一気に吹き飛ばした。

 何故、と思う余裕はなかった。


「忘れ……るかよ」


「好海……様……」


 『バケネコ』が、爪の一撃で花の首を刈る。

 振り抜いた一撃では足りず、もう一方の爪で、押し込み、切断した。


 花の首が、舞い上がる。


 意識が沈む最後の際に、ボクはその光景を、目に焼き付けていた。


  

 

 



 



  

     


  


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