第5話 博士だから、戦える

「よぅ! こいつはすげぇ。俺の弾を受けてもビクビクしねぇっ!」


 巨漢の男デューイが、下品な声で叫ぶ。「たまらねぇなあ、こいつの躰。いっそ分解して、俺の躰にしてもらいてぃ、もんだなぁぁぁぁ!」


 アンドロイドのスリープモード。

 彼等が認識する、命令系統の第一位、または一位に設定された者が、自分が不在の時に管理を任せる者にしか、反応しない。

 母の声に対応し、目覚めた彼女は、デューイの砲弾を、両腕をクロスして直撃を防いでいた。視覚センサーが、目まぐるしく明滅する。これは設定にもよるが、外部への反応を残す『うたた寝』の状態、これは起動に伴うシステムの立ち上げに、時間がかからないかわりに、充電スピードが鈍くなる。イメージ的には、炬燵で寝ると疲れがとれない、とかそんな感じだ。

 システムをシャットアウトする『熟睡』は、充電にかかる時間が『うたた寝』に比べて五倍近く早い。大容量のバッテリーを内蔵するモデルなら、六時間程度でフル充電が可能、連続稼働時間は約二十時間。人間と、それほど変わらない生活習慣を実行できる。

 ただ、アンドロイドは、その安全の関係上、単体で勝手に起きる、という行為ができない。完全に電源を落とす、という事ができないアンドロイド達にとって、眠りから覚めた状態の時が、一番不安定なのである。

 実際、命令を誤認し、物を壊してしまったり、普段はしっかりと行ける場所に歩く時、壁に当たってしまったり、転んだりする、という事が稀に起こる。

このわずかな誤作動を『寝ぼけている』、『人間らしい』と好意的に受け取る人もたくさんいるが、中には『これでもし、火事でも起こされたらかなわない』『自分の目の届かないところで、何をされるかわからない』など、不安に感じる人もいる。実際、家族と暮らしていても、その手の不安は少なからず感じるだろうに、こと機械が相手になると、誤作動に大して大袈裟に反応してしまうのである。


 花は、『熟睡』による休息を、とった事がない。あるかもしないが、少なくともボクが知っている限りでは、一度もない。

 椅子に座る充電が主流の彼女達なので、『熟睡』できるのそれ、と思う事もある。これは人間からの見立てだ。


「…………『遅刻』です」


 花は、白煙と炎に包まれ、壊されまくった室内を感知し、そう呟く。

 千切れた服はそのままに、立ち上がる。


「……洋子様」


 母の名前を呼び、わずかに狼狽えた顔になる。


「悪意ある相手、と理解します」

「それで結構だぁな。良い目をしている。くりぬいて飾りてぇぐらい、ピカピカギラギラ、眩っしいもんさなぁ」


 デューイの左腕が、変形する。砲口部分が閉じて、先端が鋭く尖り、ドリルのような形状へと変化した。


「砲撃を受けても平気な躰、貫けるかねぇ」


 ドリルが回転する。その音を心地よさそうな顔を浮かべて魅入るデューイ、長い舌をだらしなく垂らし、「試してやるぅぅぅぅぅぅ!!!!!」と叫び上げながらドリルを突き出す。


 まっすぐにアンドロイドのコアがある部分、人間で言えば胸の下、鳩尾に当たる部分を狙ってきた。人間ならば、肋骨の届かない急所になるが、アンドロイドの腹部は、それこそ最重要なので、かなり強固に守られている。


 花は、ドリルを横に動いて素早く躱した。右腋の下に抜けるドリルが、彼女の充電台を吹き飛ばす。

 

「スマートゥゥゥゥゥ! ナイス回避だ、フロゥイラィィィィっ!」


 花が、ピクリと反応する。デューイには隙があった。

 それでも、彼女は巨漢の男の側面を通り過ぎ、またわずかに距離をとる。


「あんな大振りの攻撃を、紙一重で躱したってのに、反撃もしないの」


 リンゴがボクに歩み寄ってくる。


「……それとも、できなかったのか。色々、枷が多そうね」


 人間を平気で傷つける、アンドロイドの女が、バカにしたような声で言った。


 ボクは、意識を失った母の頭をしっかりと抱えながら、抱き締める。

 頭に血が上り過ぎている。家を壊され燃やされ、母を傷つけられ、今度は花を破壊しようとする、二人の悪漢アンドロイド。


 ボクが理性をわずかに保っていられたのは、抱き締めた母の、心臓がまだ動いている事を確認しているからだ。

 ただ、頭の傷が深い。出血がひどい。早く病院にいかなければ、今度こそ危険だ。


「戦闘許可を求めます、洋子様」


 リンゴが「ほら、やっぱり手錠つき!」と嬉しそうに言った。


「そんなもん、さっさと許可しろよぅ、サンドバック宣言なんざぁ、興ざめすっからよぉぉぉ!」 


「母さんは意識を失ってる!」

「……そうですか。理解しました。それならば好海様、暫定的に私の命令者と認識。戦闘許可を求めます」


 第一位が不在。第二位が失神。ならば、ならば三位のこのボクが。


「あいつには悪いけどやらせないから」


 リンゴが、ボクの頭を掴んだ。物凄い握力自慢が、文字通り、リンゴを潰すように、ギリギリと締め上げられる。帽子で防げる攻撃ではない。ボクは「あぃぃぃぃぃぃぃっつつつつつ!」と情け無く悲鳴を上げる。万力なんてもんじゃない。女の子の容姿をしているのが反則だ。

 母を抱き締めたままなので、両手が使えない。手荒く抵抗すれば、母を落としてしまいかねない。


「安心なさい。死んでも蘇らせてあげる。人格のコピーは非合法だけどさ。

 あたしら、それ以前に、とっても自由だから」


 ボクが何かを喋ろうとすると、すかさず残った腕で首を絞められた。

 頭も喉も、潰されかける。


「好海様!! どうか戦闘許可を!!!!」


 花の声は悲鳴に近い。デューイは思いっきり不満を込めた溜息を一つ吐き捨て、攻勢に出ていた。


「俺ぁなあ、悲っしいぜぇぇぇ! 無抵抗の人間を嬲る趣味は、……あるぅぅぅぅんだけどよぅぅ、お前の場合は、悲っしくてたまらねえのさ。目からオイルが出ちまうよぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 痛くて目が開けていられないが、花は劣勢そのままに「くっ」「つぅ」「くあ!」と、悲しいだなどと叫びながら、それでも徹底的に攻めまくるデューイの勢いをいなしきれない。


「花……」


 ボクの胸の中で、ピクリと何かが動いた。


「お願い。この子達を護って。お願いよ、花……」


 嘘でしょ。生きてんのそれ。リンゴが、目を丸くする。


 母が、ボクの手から自力で離れてくれた。ボクはジャケットの裏ポケットにある、暴走アンドロイド鎮圧用超高電圧スタンガンを、手早く取り、リンゴの手首に突き出した。


 いいか、こいつは人間に使ったらマジ即死もんだからな。

 俺は、仕事柄、よくそういう事故に巻き込まれる。

 おいおい、花がそうなるのかって顔だな。だが、廃棄寸前、メンテ寸前ってやつは、念を入れておいて損はねえ。使わないに越したことはねえって事よ。


「最優先の命令を確認」

       

 そう。ボクは最優先じゃない。あくまで暫定だ。

 闘う力もこんなに頼りない。知識も経験も足りない。まだ子供だ。


 母さんが、彼女の名前を使ってくれた。


 その程度の事で喜べるぐらいの、子供だ。


「な、なによそれ。くそ、意識が……」


 リンゴが、不意をついたボクの電撃を食らって、手を離す。ボクは半ば勢いで、金髪ポニーに体当たりした。見かけによらず、重い。機械の躰なのだから、当然ではあるが、見かけで騙される。柔らかい弾力。その感触は本当に、生身の女の子とさほど、変わらない。


 ボクは、それでも相手に尻餅をつかせた。機能を完全に止めるのは下腹部に直接、高圧電流を流し込むのが上策だが、耐電対策が徹底しているのも、下腹部だ。 ハッチを開け、中に直接、という手順を踏める相手ではない。


 いいか好海。アンドロイドは、より繊細な動作をとる場所に、弱点を抱えてる。 精密な部品が多い上に、あんまり余計なものをつけると、動作が鈍くなるからな。だから、手先とか、そういう場所にこいつをぶち込んだ方が、ダメージそのものは少なくても、確実に相手の行動を止められる。


 手は、その精密部品の塊。

 そしてもう一つ。


「だがががががががが!!!!!!!」


 バチバチバチバチ!!!!!


 口の中に、スタンガンを突っ込み、最大放電。

 ボクの手首から、かなりの痛みが返ってくる。


 リンゴの鼻と瞳から、どろりとした粘液が出てきた。耳からは白い煙が立ちのぼった。

 感電したのだ。完全に、機能を殺せるほどの高電圧に。


「そこのクソガキィィィィ! なにをしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 デューイがボクを睨みつける。


「それは私の台詞です」


 花が、デューイの懐に飛び込む。

 彼女の動きを捉えらたのはそこまでだ。

 赤く光る目の位置だけが、目まぐるしく移動する。「ぬるぁぁぁぁ!!!」と雄叫びを上げて、大男が彼女に一撃を食らわそうとするものの、あまりに早い花の動きに翻弄されていた。


 一方的な攻撃から、一方的な攻撃へ。

 枷を外された花の右腕が、変形した。

 細剣のように、しなりのある刀身。

 彼女に、こんな機能が隠されていた事を、ボクは初めて目の当たりにした。


「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 デューイが、切り刻まれていく。

 性能の差からなのか、それともプログラムの差か。

 大男の戦闘能力もまた、特出したものであるのに、花の攻撃から、逃れる事ができずにいる。


「強ぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!」


 着ている服は既にボロボロである。皮膜が斬られ、機械部分をさらけ出しているデューイが、何故か嬉しそうに言う。


「できればこいつは使いたくなかったがぁ、仕方ねぇ。

 俺はよぅ、使いたくはねえんだぜ。使わせたのはお前さぁ、フロゥゥゥゥイラィィィィィィィィィィィィ!!!」


「させる隙など与えません」


「できるのさ、俺には作れる。だってよぅ」


 花の鋭い突きが、デューイの下腹部、アンドロイド共通の、メインシステムがある部分を、完全に貫いた。デューイの腹から火花が散る。

 次の瞬間だ。デューイの全身から、青白い霧が、散布された。


「!!! 一体何を」


 花が、剣を抜こうとする。しかし、抜けないようだ。


「ぐはははぁぁぁ!!! こいつは俺が破壊された時のとっておきぃぃぃ!!

 この霧コントロール・スパイスを吸い込んだアンドロイドの連中は! 最優先される命令を! 強制的に書き換えられるぅ! コンピュータに付着して寄生する、アンドロイドの……」


 ガガガ……。音声機能が、狂いだしている。


「ウイ………ルス……だ」


 花は、肘の部分から右腕を外した。


「私を破壊する事は、汎用モデルにはできません」


「そうだろうなあ。この俺で……ガガ……さえ、赤子ど、同然だった」


 デューイが、ボクを見た。


「リンゴを壊したそこのガキィ……ガガ……ガキィの名前は確か、国山好海だった……ガガ……か」


 花が「私を壊したいのでしょう!」と、大きな声を上げる。

 デューイの頭部を、蹴り上げる。

 首の部分から、ねじ切れるように折れ曲がるものの、デューイはまだ、完全に機能を停止できない。


「お前も感染するんだぜ、こいつは。

 俺のウイルスに侵されて……ガガ……『国山好海を殺せ』って命令にぃ、……ガガガガガガ」


 そこでようやく、デューイの躰が膝から崩れた。


「自爆まで、込みで苦……しむんだなぁ」


 花が、ボクと母さんに向かってくる。


 こ、殺されるのか。ボクは一瞬、恐怖を覚えて後じさった。


  

 




 

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