第4話 博士、刺客と対峙する

 冷静になれ。頭に冷水をぶちまけたように考えろ。

 帽子を被り直す。こんなものでも、ないよりはマシだ。

 国山家のリビングは、十畳程度の広さがある。そこに、六畳程度の広さがある台所が隣接している。さっき、裏庭から覗いていた時は、母はそこに立っていた。


 福見えりると、国山美湖が、玄関先で立ち話をしている様子を伺っていた時間は、十分ぐらいである。


 裏庭から表に周りこんだ時、不審な人物がいたか。まあ、いたか。

 ボクだ。


 ……それはいいとしても、夕暮れ時の週末、人もそれなりにはいるものの、比較的人影は少なかった。

 夕食の時間帯になるので、家の中にいる人が多い。

 家の二階から火が出た。

 火元になるようなものは何もない上に、ボクは家にいないし、美湖だって玄関先にいた。唯一、火の出そうな場所には母が立っていたが、不始末でここまで火が燃え広がるとは思えない。


 こんな短時間で、一軒家のボクの家を燃え上がらせた。

 さっきの父のメールからも、何者かが、明らかに悪意を持って、国山家に危難を加えようとしていた事が推測できる。


 玄関を土足で上がり、短い廊下を進む。

 リビングに人影。


「美湖! 逃げなさい!」


 母が、聞いた事もないような鋭い声で叫んだ。


「それじゃ、聞けないよ」


 ボクは美湖じゃない。


「……好海? 何で貴方が」

「ボクの家だよ。いて当然だし」


 この際、余計な説明は省く。そんな事を許して貰えるような状況じゃない。


「……餌が増えたねぇ、こいつはぁ」

「だから! アンタがそんなものぶっ放さなかったら、この仕事はもっと楽に終わっていたんだって気付け!」


 赤茶色の髪の西洋人の巨漢の男と、金髪のポニーテールのアジア人風の女。ミスマッチな二人組が、母の前に立っていた。


 女が『そんなもの』と言ったものを、大男は持っている。いや、ついている。

 左腕そのものが、砲口になっていた。数発何かを打ち出したのか、そこから白煙のようなものを吹き出している。


「二階は燃やした。俺は、ノリが悪い仕事は好きじゃあない。何事も、愉しむ主義でとぅしている」

「アンタが一度、廃棄処分お払い箱になった理由が、わかる気がするわ」

「……俺の主人は、俺が何かを壊せばぁ喜んだ。俺も嬉しいしぃ、愉しぃい。

 何か問題があるとは、今も思っちゃあいない」

「アタシは思ってる。アンタみたいなトラブルの塊と仕事をするのは、金輪際ごめんだわ」

「俺も、お前のようなノリの悪いパートナーは、いやぁだねぇ」


 どう見ても、正規の仕事に就いている輩じゃない。

 地上げに現れたヤクザのような、物々しい連中。

 ……そんな裏社会の人間が持つ、冷徹な空気に、ボクは強烈な緊張状態にあった。ボクはほとんど丸腰だ。相手は重火器を装備している。女も、何か持っているだろう。


「好海。逃げなさい」     


 母は、横目でボクを睨みながら言った。

 声が震えている。


「うん。一週間前のボクが、そうだったよね」

「今はそんな事いいの。早く行って!」


 花はボクが守る。

 口に出す度に安っぽくて、悔しくてたまらなかった。


「刃向かうつもりならぁ、全力でやる事だボゥイ。俺は、自分が愉しむためなら、何だってやるからなあ」


 巨漢が、ニヤリと笑いながら言った。「そこ挑発するとこじゃない。拘束するとこだから」と、金髪ポニーが釘を刺す。


「時間がないよ。アンタが潰してくれた。野次馬も湧いてくる。消防も警察も。

 みんな、アンタが悪い」

「それがどぅした。これでぇ、国山敦也はもぉ、フロイラインを隠してぇ暮らす事はできねぇえんだぜぇ?」


 やたらと舌を伸ばす、悪趣味な言い回し。

 不愉快極まる。単純に耳障りだった。


「まぁ、噂どぅりの実力を拝みたかったってのが本音ぇってヤツだがなぁ。仕事をスマートにこなすってぇのも、悪くはねぇな」

「アンタのそのクソ頭に、スマートなんて言葉があるなんて心外だわ」


「起きなさい、ご飯の時間よ」


 母が、唐突にそう、叫んだ。


「おぅ、どぅした??」巨漢が苦笑いした。


「寝坊しちゃうわ。雀が三匹鳴く前に、起きなさい」

 母は鳥の鳴き真似が上手だ。鳩に梟、不如帰。動物もいける。物静かな人だけど、面白い人でもある。こういう事すると、敦也さん、笑ってくれたから。

 父の事を、名前で呼ぶ人だ。パパ、とは言わないし、旦那、とも言わない。


 ちゅん、ちゅんちゅん、ちゅん。


 母の鳴き真似に反応して、『彼女』の胸の辺りから、駆動音が聞こえる。


「今は良いお天気だけど、雲行きが妖しいわ。『傘を持っていきなさい』ね」


「おぅい! こいつはぁ一体どういうこったぁ??」

「音声入力で強制起動させたんでしょ。長ったらしい段取りね」

「へぇ! そいつぁ結構なもんだ。このままぶっ壊しちまぅのはフェアじゃ 

ねえと、俺の死んだ主人も、よくそぅ言ってたもんだぜ」


 母は、少し辛そうだった。

 目が潤んでいる。ボクは、母の手を、自然と握りしめていた。


「フロイラインは破壊する。国山敦也の身柄は拘束。

 妻と息子、娘も含めて、できるだけ全員確保。

 デューイ、ちゃんと仕事して」

「りょーーかいだぁ、こいつぁスマートになってきやがったなぁ、

ギンギンになってきたぜぇ、なあリンゴ」

「うるさいし、リンゴってアタシを呼ぶな」


 リンゴという名の金髪ポニーが、ボク達に向かって歩いてくる。

 デューイと呼ばれた赤髪の大男は、砲口を花に向けた。


 ボクは咄嗟に廊下の方に母を引っ張る。


「へえ、以外に胆がすわってんだ」


 リンゴがそう言った次の瞬間、デューイが砲弾を発射した。


「弾けちまったらぁ、それまでの話だよなぁぁぁ」


 フロゥゥゥゥゥイライィィィィィン!!!!

 

 気持ちよさそうにそう叫ぶ。椅子が吹き飛んだ。母のお気に入りのシステムキッチンが、粉々だ。着弾した砲弾は、すぐさま発火し、火を噴き出す。


「花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 あの砲撃の前に立ち、盾になってもミンチになるのが目に見えている。

 母に意識を向けていたから、近づく事もできなかった。


 母を抱きかかえ、炸裂した場所から飛んでくる、様々な破片から守る。

 花なら、最優先で守る。母を、だ。

 ボクもそうする。無意識にできる。


 背中に、猛烈な痛みが突き刺さった。


「……家族は、誰かが生きていたらいい。死んだら適当に、機械化して生きていると偽装してもいい。

 そういう話だから文句は言わないわ、デューイ」


 リンゴは、炸裂した砲弾の衝撃を食らっても、平然と立っていた。

 だが、女の服は、所々破けている。


「だけど、私の服が汚れた。これ、気に入っていたのに」

「そんなもん着てくるんがぁ、悪いだけさぁな」

「……後で殺す」

「はっはっはぁ、そいつぁ楽しみだねぇ」

 

 デューイは嬉しそうだ。


 ボクは、何とか衝撃に耐えた。

 こんなものかと思っていたが、茂樹さんのジャケットは、かなり重かった。

 ゴワゴワした素材で裏打ちされている。

 それが、耐ショック素材である事に、初めて気が向いた。

 ……なんでこんなジャケット持ってるんだ。


 被っていた帽子も、軟化性の衝撃吸収素材つき。

 頭部にいくつか当たった破片も、それなりに衝撃はきたが、何とか軽傷で済んだ。耳、あるいは側頭部が少し切れて、頬から血がつたっているが、気にするほどの痛みはない。

 本来は災害の現場や、戦闘用のアンドロイドに使われる素材らしい。

 リンゴも、おそらくはアンドロイドだ。

 世間に普及しているモデルには、あまり使われていない。そちらは、より柔らかく、人間の肌身に近いものが開発されている。

 見た目をとるか実利をとるか、という事だ。

 どちらも、高額の素材であればあるほど、より人間らしく、より機械らしくなる。リンゴより大男の方が、無機質な肌をしている。より機能性を高めている。  リンゴの方は、より人間らしさを、残している。タイプがそもそも、違うのかもしれない。


 ボクは耐えた。

 変装しろ、と言われて、茂樹さんに言われるがままに、身につけたもの、持たされたものが、この異常な事態に、『対応』している。それが、少し無気味に感じるのも事実。助かったのは、もっと大きな事実だ。


「母さん、平気? 無事?」


 抱き締めた母の躰は、いつからかボクより小さくなっている。こんなに細い人だったのか、と驚く。

 綺麗な人だ。子供ながらに、そう思っていた。


「母さん。ねえ、母さん……!」


 エプロンから血が、沁みだしている。薄い生地の長袖シャツ。その腕の部分からも、赤いものが拡がっていた。


「まあ、手間が省けたか」


 リンゴが、ボクの背中に立っている。


「一人、減った」


 ボクは叫び続けた。母を抱き締めながら、呼びかけ続けた。  


  

  


 

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