第3話 翌日
「ねえねえ! さっき綾香がぁ、職員室で転入生見たって」
「うっそー、どんな?」
「結構イケメンだったって!なんかぁ、草食系? って言ってた」
「マジ? アンタの好きなタイプじゃん、狙えよ」
「確かにー。今フリーだしー」
女子達のずば抜けた情報網によって、舟吾の存在はすでに多くの生徒に知れ渡っていた。
夏休み明けの浮ついたテンションに任せて、彼女達はまだ見ぬ舟吾のイメージ像を、好き放題膨らませては弄んでいる。
凪月はそんな彼女達の会話をさりげなく耳に入れながら、昨日の事を思い出していた。
結局あの後は、段ボール箱の中に入っていた洋服などの細々とした荷物を二人であっと言う間に片付け、何事もなく凪月は彼の部屋を出た。
家に帰った後も、胸の高鳴りが収まる事はなかった。
あんな事を言われたのも、あんな風に触られたのも、彼女には初めての経験だった。
中途半端に刺激されたうぶな乙女心は、すっかり行き場を失くして今も彷徨っている。
昨日出会ったばかりの男の子にすっかり心の中を掻き乱されて、凪月は戸惑う事しか出来なかった。
「なっちゃん、大丈夫?」
真中結芽が凪月の顔の前で手をひらひらさせた。
「……あ、ごめん、ぼーっとしてた」
「寝不足?」
「……うん、生活リズム狂ちゃって」
これも嘘ではなかったが、昨夜眠れなかった一番の理由は、友人の結芽にも話すことはできなかった。
「おー、久しぶり。元気にしてたかー」
3組の担任教師、梅原が教室にやってきた。彼はすっかり日に焼けて、シャツの袖の部分を境に肌の色がくっきり2色に分かれていた。
梅原は体育教師であり、サッカー部の顧問でもある。快活で人望が厚く、やんちゃな生徒も彼の言う事にはわりと素直に従い、職員室のデスクには今年生まれたばかりの息子の写真を飾っているという、「健全な大人」を体現したような男である。
彼の隣りには、舟吾が立っていた。
教室中の視線が彼に集中する。
生命力の塊のような梅原の横に並ぶと、より一層彼の脆くて儚げな印象が際立った。
「まあ、色々積もる話もありますけど、まずは転入生を紹介します。……じゃあ、自己紹介を」
「初めまして。鈴木舟吾です。これからよろしくお願いします。」
歓迎の拍手が鳴り響く。
今ここにいる全員が、舟吾という不思議な魅力を持つ少年に、並々ならぬ関心を寄せていた。
「もうちょっと時間取りたかったんだけど、わりいな、もう始業式だ。皆、鈴木の事よろしくな。鈴木、こいつらうるせぇけどまあまあいい奴らだから、安心しろよ」
「まあまあは余計じゃね? 先生、素直になれよ」
凪月は他の生徒達と一緒に笑いながら、少し複雑な気持ちがした。
自分は昨日の舟吾との一件で目の下にクマをつくっているというのに、彼はそんな事微塵も気にしてない様子で教壇に立ち、皆に笑顔を振りまいている。
「なんか……あの人……」
「え?」
後ろの席に座っている結芽の呟きに、凪月は振り向いた。
結芽は何故か訝しげな目で、舟吾のことを見つめていた。
「……ううん、何でもない。体育館いこっか」
そう言って微笑むと、結芽は席を立った。凪月もそれに続き、二人は廊下に向かって歩き出した。
教室の前方で生徒達に囲まれている舟吾は、矢継ぎ早に繰り出される質問に、笑顔で答えていた。
彼の視線は、教室を出て行く凪月の姿を追っていた。
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