エルフの薄羽

 後半が始まると共に、先程不利な立場を強いられた出品者側の鑑定士が資料を持って、ゆっくりと立ち上がった。

 

「先程ご指摘をいただいた水晶の採掘年代の件ですが、問題が解決いたしました。こちらの資料に少しばかり不備がございました。正しい彫像の製作年月日は116年前であるとのことです。情報の誤りについてお詫び申し上げます」


 なんだそりゃ、と罵声が飛ぶ中、鑑定士は説明を続けた。

 フレスもそれはおかしいでしょ、と呟きながら、ギルパーニャに同意を求めるように問いかけてみるも、ギルパーニャに言わせればそんなことはないらしい。


「実はね、年代に関して資料が間違っていた、なんてことは頻繁にあることなんだ。大体121年前の文献なんて、そもそもが古すぎて真作が贋作か鑑定しづらいんだよ。だから文献があったって、その文献自体が本物とは限らないし、100年以上前のことなんて2、3年ずれることなんて当たり前、時には10年以上ずれてしまうこともあるんだよ」


 フレスが周囲を見渡してみると、オークション慣れしている連中はそれをある程度踏まえているのか、野次も飛ばさず静かに話を聞き入っていた。

 騒いでいるのは所謂落とし・・・の連中か、オークション素人だけだ。


「――以上の説明によって、水晶の問題は解決したといたします。この作品は116年前のものですので、水晶採掘が始まった時期との矛盾はありません。さて、次に論点に移りましょう。この彫刻の彫り方についてです」


 鑑定士は女の彫像の、頭の部分を指さした。


「実はこのモデル、人間ではございません。耳の部分をご覧ください。人間の耳にしてはやけに尖っているでしょう? 我々はこのモデルを『エルフ』であると当時の鑑定資料にもございます。またこの女が羽織っているのは、ただの衣服ではなく、エルフ族が生まれた時に持っているという、『エルフの薄羽』を表現したものです。この事も当時の鑑定資料にございます。リンネはよく人外をモチーフに彫刻をしています。その作品群にはエルフも多数出演していることは皆様もご存知でしょう。エルフ族は個体数が少なく滅多に人前には現れません。一生の内に、一度も目にすることがない者だっているほどです。そんな希少なエルフ族ですが、リンネとは密接な関係にあったと文献に残されております。纏めますとエルフ族がモデルを務めてくれるような人物は、リンネくらいしかおりません。このことも、この彫刻がリンネの物だという証拠になります」


 今度は左のオークションハウス側の鑑定士が狼狽えることになった。

 彼らの言うこと、それは事実であったからだ。

 この彫刻、オークションハウス側も、モデルはエルフだと考えている。

 エルフが自らモデルを買って出たという話はほとんど聞かない。

 それこそリンネくらいなものだった。


「……しかし、才能のある者ならばモデルがいなくても彫ることは出来る」

「そうですな。もちろん才能のある、つまりリンネ・・・ほどの天才であれば出来るでしょうなぁ!」

「…………」


 今度は出品者側の鑑定士に対して歓声が上がる。

 だが今度ばかりは、フレスは納得できなかった。


「それっておかしいと思うんだけどさ。エルフって身体の造りは人間に似ているんだから、人間をモデルにすればいいんじゃないの? 後でエルフっぽさを足してやればいいだけでさ」

「確かにそれはあるけど。でも彫刻って繊細だからさ。モデルがないと厳しいんじゃないの? だからこそハウス側の鑑定士も黙っているんだし」

「そうなのかな……。でもなんか違和感があるんだよね……」


 脳裏にチラチラと疑問が過り、心が妙にソワソワする。


(そうだ。ボク、どこかであれを……)


 フレスの疑問を余所に、チャンスとばかりに出品者側が畳み掛けた。


「この木箱のサイン。これも間違いなく直筆のものです! サインの至る所にリンネの特徴がある。筆跡鑑定も行った結果、サインは紛れも無くリンネ本人のもの。つまりこの木箱も間違いなく本物です! これら二つが揃っているのです。これは真作に間違いございません!!」


 ハウス側の鑑定士も、全く反論が出来なかった。

 おそらく筆跡鑑定の結果は、彼らと同じだったのだろう。

 多少彫像に怪しいところがあっても、セット物の木箱は間違いなく本物なのだ。

 であれば、これらが真作である可能性は非常に高い。


「……これで私達の勝利ですな?」

「……ええ」


 出品者側は安堵の笑みを浮かべていた。


「……あの彫像、絶対におかしいぞ……!!」

「だが否定材料が足りない……!!」


 ハウス側の鑑定士達はとても悔しそうに彫像を睨んでいる。

 反論することも出来ず、時間だけが刻々と過ぎていく。

 高まる期待に、歓声に沸く会場。

 これ以上の議論は必要なしと、審査鑑定士が第二入札開始を宣言しようとした、その時だった。


「ああーーーーっ!!」


 突如フレスが大声を上げ、決まりかけた雰囲気を切り裂いた。

 フレスにこの場にいる全員の視線が集まった。

 舞台裏の方では、ルークがやれやれと肩をすくめていた。


「ちょ、ちょっとフレス! 何やってるの!? 邪魔したらダメだよ!!」

「ボク、判っちゃったよ!! あの彫像のこと!」

「だから静かにしないと――……って、えっ……!?」


 フレスは立ち上がり、ギルパーニャに向かって言った。


「あの彫像、贋作だよ!!」


「「「……え!?」」」

「「「……何!?」」」


 その台詞に、観衆、そして舞台上の鑑定士達まで目を丸くした。


「あの彫像、やっぱり贋作だよ。だっておかしいんだもん!」

「ちょっと君! 何を言っているのかね!?」

「フレス、止めなよ! つまみ出されちゃうよ!」

「でも、だって!!」


 勝手に発言をするフレスに、審査鑑定士が強く咎めてくる。

 それでもフレスは発言を止めなかった。


「だってさ! ボクは見たことがあるんだから!」


 フレスがびしっと彫像を指さす。


「誰かこの子を静かにさせなさい!」


 審査鑑定士が命令し、周囲の従業員がフレスを囲んだ時。


「――止めなさい!」


 その声と共に舞台裏から一人の男が現れた。


 ――オークションハウスオーナー、ルーク本人だった。


「ちょっと、ルークさん、いいんですか!?」

「仕方ないだろう。もう客はこの子の発言に期待しているんだから。フレスちゃん、出て来なさい」


 ルークに呼ばれ、おずおずと舞台上に上がるフレス。

 あちゃー、とばかりにギルパーニャは頭を抱えてしまった。


「今回は特別に発言を許可します。フレスちゃん、一体何が判ったんだい?」

「あのね、この彫像、贋作なんだよ!」

「何を言う!?」


 出品者側が激高し立ち上がるも、ルークがそれを制す。


「どうしてそう断言できる?」

「だってさ。これ、本物だったらリンネさんがエルフのモデルを見て彫ったんだよね? だったらさ、こんな間違いするわけないよ」


 フレスが指を差したのは――女が纏う衣。


「出品者側の鑑定士さんは、これが『エルフの薄羽』だと、そう言ったよね?」

「……ああ、そうだ」

「本当に本物を見たことあるの?」

「…………そうか!!」


 思わずギルパーニャも声を上げてしまう。

 一瞬視線が集まると、恥ずかしくてすぐに座ってしまったが。


(そうだ、そうだよ! 私とフレス、一度本物のエルフの薄羽を見たことがある……!!)


 そしてフレスが言った。


「この彫像のエルフの薄羽、本物と全然違うよ? 本物のエルフ薄羽は、身体に対してもっと小さいんだからさ!」


 この指摘に、出品者側は絶句していた。

 まさかエルフの薄羽について指摘されるとは思ってもみなかったのだろう。

 何せエルフの薄羽は、違法品ではないものの、相当レアな代物。

 エルフ族は薄羽を宝とし一生大切にして過ごすのだ。手放すことなどまずない。

 実際どんな形をしているかなんて、大半の者は知る由もない。

 フレス達は、違法品の集まる裏オークションだからこそ、一度その目で見ることが出来たのだ。


「フレスちゃん。君は薄羽を見たことがあるのかね?」

「うん! 間違いないよ! そこに座ってるギルパーニャと一緒に見たんだから!」


 突如話を振られて、思わず立ち上がるギルパーニャ。


「それは本当か?」

「は、はい。間違いなく見ました。そしてその彫像のような形は絶対していなかったです」

「リンネさんほどの人が、モデルがあるものを間違えて彫るのかな? ボク、それはないと思うんだよね。一回ウェイルと一緒にリンネさんの作品を見たけど、ホント、なんていうか完璧だったからさ。薄羽を間違えて彫るなんてありえないよ!」


 周囲はシンと静まる。

 しばらくは誰も発言することなく、時間が過ぎていった。

 その空気を壊すかのごとく、審査鑑定士がハンマーを叩いた。


「討論時間、終了!」


 討論競売で行われるのは、あくまで討論ディベートだ。鑑定ではない。

 したがってこの場で本物か贋作か、それが確定することはない。

 結局のところ本物である可能性、贋作である可能性を参加者に周知させ、入札の判断の材料にしてもらうのだ。

 だからフレスが何を指摘したところで、結局は客の反応次第となる。


「それでは第二入札を開始いたします!!」


 この彫像の価値を決める、運命の入札が始まった。

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