客の信頼を得るために

「全く、君はこれでもかというほどにウェイルの弟子だなぁ」

「うう、ごめんなさい……」


 討論競売ディベート・オークションは無事(?)終了した。

 落札結果は前評判の予想を大幅に下回る54万ハクロアでの落札だった。


 フレスの核心を突いた矛盾の指摘の影響で、多くの入札者が入札をキャンセルしたのだ。

 出品者から向けられた恨めしそうな視線が、少々の申し訳なさと共に印象に残っている。


「フレスちゃん。今回の品はおそらく贋作だったから良かったけどさ。もし本物だったら大変なことになっていたよ?」

「ごめんなさい……」


 フレスはオークション終了後、ルークに柔らかく叱られていた。

 例え贋作だと見抜いたところで、フレスがオークションを邪魔したことに変わりはないからだ。


「ごめんなさい、ルークさん。ボク、勝手なことしました……」

「まあ無事に終わったからいいんだけどさ」


 結局フレスにペナルティは与えられなかった。


「それにしても、フレスちゃんは本当に鑑定士に向いているよ」

「……え?」

「贋作だと気付いた時、居ても立っても居られなくなったんでしょ?」

「うん……! だってあれ、絶対に贋作だと判ったから……!!」

「叱られること覚悟でそれをしたんだから、、君はよほど鑑定士に向いている。頭が良いくせに後先考えない所があるウェイルによく似ているよ。流石は弟子だ」

「ルークさん……! ありがとう!」


 ようやく見せてくれたルークの笑顔に、フレスもひとまず安堵を覚え、寛大な処置に感謝した。


「そういえば、二人はエルフの薄羽を見たことがあるんだよね? どこで見たんだい?」

「リグラスラムの裏オークションだよ」

「……裏オークション、だって……?」

「う、うん……」


 二人はリグラスラムでの出来事をルークに話した。

 するとルークの顔は、先程とは打って変わって険しい顔つきになる。


「君達は、そんな汚い場所に行ったのかい……?」

「う、うん……」


 ルークの形相に、フレスとギルパーニャは思わず竦んでしまった。


「どうしても大切なものを取り戻さないといけなかったんです」

「ボク達、あの裏オークションに行った時、凄く怖かったんだ。違法品がたくさんあって、とても嫌な気分にもなった。それでも、どうしてもカラーコインを取り戻さないといけなくて……」


 ルークは一通り話を聴くと、一気にため息を吐いた。


「……そっか。だから『サクラ』なんて言葉を知っていたわけか」

「ごめんなさい……」

「いや、責めるつもりはなかったんだよ。二人共、怖い思いをしたね。俺はね、裏オークションってのがこの世界で一番嫌いなんだよ。俺はオークションハウスの経営者だ。オークションという制度自体を愛している。人によっては、オークションなんて金持ちの道楽かも知れない。汚い金の競争に見えるかも知れない。それでも、オークションってのは誰もが公平に、誰もに落札のチャンスがあって、そして誰にでも勝利を掴める神聖な競売方法だと思ってる。でも裏オークションはそのオークションという神聖なものをを汚す行為なんだ」

「ルークさん……」


 ウェイルに聞いたことがあったが、ルークは若いうちからオークションに憧れ、苦労に苦労を重ねて今の立場に着いたという。

 ラルガ教会の事件では、ウェイルが事件に深く介入した理由の一つに、ルークを守りたかったというものがあった。

 ウェイルはルークがどれほど苦労したかよく知っている。

 だからこそ信頼できる人物だと断じているし、フレスもそう思ってる。

 そんな彼だからこそ、違法なオークションは許すことが出来ないのだろう。


「ルークさん、ボク達……」

「二人共、無事で良かったよ……!!」


 ルークはその大きな手で、二人の頭を撫でた。

 それはまるでウェイルのような、優しい暖かみがあり、二人も素直に応じたのだった。





 ――●○●○●○――





「ルークさん、そういえばどうして討論競売ディベート・オークションなんてやってるの? オークションハウス側としては、本物にしろ贋作にしろ高く売れた方が利益が出るんじゃないの?」

「おー、フレスちゃん。良い所に気が付いたな」


 ルークがうんうんと感心している。

 しかし、フレスにはどうしてルークが感心しているのか、その意味が判らない。

 オークションハウスは、落札金額の5%を手数料として徴収する。

 となれば当然落札額が高ければ高いほど利益は出る。

 しかし、今回のように討論競売では、本来より値段が下がることが多い。 

 客も値下がりすること前提で来ているし、『落とし』という俗称のついた値下げ専門の鑑定士達もいる。

 利益を求めるのが商売の常である。

 だからこそフレスには判らなかった。


「フレスちゃん。確かに今回、君が指摘をしなければ、オークションハウス側は大儲けだった。君のおかげで損をした」

「うう……、ごめんなさい……」

「違う違う、責めているんじゃないよ。むしろ感謝しているほどだ」

「え? 感謝? どうして?」

「それはね、この討論競売は、客に信頼してもらうためのオークションなんだよ」

「……信頼?」

「そうさ。このオークションハウスには贋作が少ない。損をしない。優良なオークションハウスだと、そう客に思ってもらえることが重要なのさ。信頼してもらえば客は再び来てくれる。その度にお金を落としてくれるんだから、信頼はお金になるんだよ。もし今回リンネの彫像を本物として売って、後で贋作だと発覚した場合、オークションハウスもそれを売ったとして信用を失う。そんなことが何度もあれば、誰もうちでオークションをしなくなる。それは困るだろ? だからこそ、利益が少なくなってもいいから誠実さを突き通すんだ。うちはちゃんと信頼できるオークションハウスなのだとね」

「な、なるほど~~~」

「フレスはもう少し経済の勉強しないとね!」

「そ、そうだね」


 信頼はお金になる。

 それをルークから教えてもらったフレスだった。


「ねぇ、ルークさん。ボクをいつかここの討論競売に参加させてください!」

「わ、私も、やってみたいです……!」

「君達なら大歓迎だよ! 頑張ってプロ鑑定士になるんだよ!」

「「はいっ!」」


 ――そして再び舞台に立つ約束をルークと交わしたフレスとギルパーニャだった。


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