討論競売(ディベート・オークション)
(なんなの?
(私もあまり詳しいことは知らないんだけどさ! 師匠が言うには、競売品の価値を
(討論!? 話し合いで落札価格を決めるの!?)
(シーッ、そろそろ始まるよ! 静かに!)
「これより競売品、リンネ・ネフェルの彫像、作品名『
中央の机に置かれた彫像。
天才彫刻家『リンネ・ネフェル』の作品だという。
「それではまず出品者から、鑑定結果を公表しなさい」
仕切り役の鑑定士に言われて、右側に座っていた出品者と、お付の鑑定士が立ちあがった。
「この作品は121年と79日前に、かのリンネ・ネフェルが完成させた彫像『冬帳』で間違いはございません。材質は主に大理石と石英でモデルは不詳。作品を入れる木箱とリンネ本人が施したサインも残っており、ハクロア単位換算ですと、およそ341万飛んで354ハクロアの価値があるとの鑑定結果を公表します。尚、端数は競売品の運搬や警備等によって生じた諸経費となっております」
出品者側の鑑定士が淡々と鑑定結果を読み上げる。
その彫像は女の姿を象っていた。
女の足元は水を表現する、透明な素材で出来ている。
また女が纏う衣は、石英を研磨したような色合いをしていた。
「この彫像は、とある女が冬の寒いクルクス湖にて神への祈りを捧げるために清めの水浴びをしている様子を彫ったものと思われます。この風習はアルカディアル系の教会で見られるもの。女は大理石、その女が被るローブは石英、足元の水は水晶で表現されたものです。石の希少価値から見ても、石英に価値はありませんが、水晶、並びに大理石は当時高価であったものです。大理石は地質調査結果を見るにサクスィル産、水晶はシアトレル産と推測されます」
大理石、石英、水晶。
リンネが好んで用いたとされる石材だ。
「また、木箱でありますが、木材はスベージュ。木目や劣化から見ても当時の元と断言でき、さらに蓋に施されたサインも本物であると私は鑑定いたしました。以上の鑑定結果により、この競売品は間違いなくリンネ・ネフェルの作品であると断言いたします」
自信満々に出品者側の鑑定士が宣言。
見守っていた客達の間にどよめきが走る。
「本当にリンネなのか!?」
「もし本物のリンネ作品だとしたら……」
「相当な値がつくぞ……!」
「だが340万ハクロアだ。高すぎる」
「いやいや、リンネの評価はここ最近右肩上がりだ。本物なら今後もっと上がるぞ」
「とりあえず
参加者の会話に聞き耳を立てる二人。
「ねぇ、落としってなんだろう?」
「それはね……――あ、始まるよ!」
しばらく資料のチェックをしていた左側の従業員と鑑定士だったが、一通り段取りが付いたのか、互いに首を縦に振って、声を上げて立ち上がった。
「その鑑定結果には異論がある! 今回の彫像『冬帳』であるが、まず彫られた年代に疑問がある。貴方達は約121年前に製作されたものだと仰ったが、それはどうもおかしい」
「……なんだと……?」
「質問しよう。この作品は、一体どこで彫られたというのか?」
「そ、それは、リンネがアトリエを構えていたとされるシアトレルだ。彼女のアトリエがシアトレルにあったという話は有名であるし、何より文献にも残っている。間違いない」
「確かにその通り。リンネはその作品の大半をシアトレルで製作している。無論『冬帳』に関しても同じだろう。その点については信頼している」
左側の鑑定士は、次の資料を取り出し、読み上げた。
「リンネ・ネフェルは、その作品の大半を大理石で作った。大理石の採掘元はサクスィルに間違いない。これは彼女の作品の九割以上がサクスィルで採掘された大理石を用いているからだ。だがそれは大理石に限ってのこと」
鑑定士は彫像の水の部分を指差す。
参加者の視線もそこへ集まった。
「だがこの水晶に関しては疑問点ばかりだ。この水の部分、本当に水晶なのか?」
「な、何を言う!? 水晶に決まっているだろう? 光の屈折を見ても水晶に間違いはなかった。それにリンネはよくシアトレル産の水晶を用いた彫像を作っている。逆にシアトレル産以外の水晶は使わないほどだ。これもその例に漏れずシアトレル産水晶で出来ている!」
「果たしてそうだろうか? 本当にこれは水晶でシアトレル産なのだろうか?」
この疑問に、会場は大きく揺れた。
作品の素材という、根本的な部分の信頼が揺らいだからだ。
「もう一度確認しよう。この彫像は約121年前に作られた、そうだな?」
「その通りだ。間違いはない」
「材質は大理石と石英、そして水晶。大理石はサクスィル、水晶はシアトレル。これも間違いないな?」
「そうだ」
「そうか。ならば矛盾があるな」
「矛盾だと……?」
「この彫像は約121年前に出来ているはず。当然121年前の大理石や水晶を用いている。しかしな、大理石は良いとして、水晶に関しては全くのデタラメだ!!」
観衆の喧騒も徐々に高まってくる。
討論競売ならではの、会場が一体となって鑑定士の言葉を待つ瞬間。
フレス達も思わず息を飲んだ。
そして鑑定士は、少し日焼けした書類を取り出し、宣言した。
「シアトレルの水晶の採掘は118年と14日前からしか行われていない! これはその証拠の文献だ! 何故118年前からしか存在しない水晶を、121年前の作品に使うことが出来るのか!? 矛盾しているだろう!?」
「――……なっ!?」
「シアトレルで水晶の鉱脈が見つかったのは118年前。この作品に使うことは不可能。そしてリンネはシアトレル産以外の水晶を使うことは無かった。何故ならシアトレル産の水晶ほど、透明度の高い水晶は他では手に入らないからだ。彼女がシアトレルでアトリエを開いていたことも相まって、水晶が産出され始めた後は、頻繁に作品に用いていた。だがそれ以前の彼女の作品には水晶は一度足りとも用いられたことはない! もしこれがガラスだというのであれば信憑性は高かったものの、そちらはこれを水晶だと断言した! 光学的にも鑑定したのだろう? こちらの鑑定結果も水晶で間違いはなかった」
「……クッ……!!」
冷や汗をかく出品者達と、それと反比例するかのように高まる周囲の歓声。
フレス達二人も、感嘆の声を上げていた。
「これは凄いよ! ギル! あの鑑定士さん、よく知ってるね!」
「ホントだね!! 会場の空気、一気に値下がりへと動き始めたよ!」
「ギル、もしかして落としってこういうことなの? 矛盾点を突き付けて、値段を落とさせるって」
「そうだよ! でもよほど勉強していないと指摘なんて出来ないからね! 凄いよ!」
「――ここで第一入札を行います。ただ今の討論を聞いた審査鑑定士三人の協議により、開始金額は10万ハクロアからとなりました。入札為される方は札をお持ちください」
興奮する二人をさらに煽るかのごとく、アナウンスが鳴り響いた。
「第一入札!?」
「うん。討論競売は、討論をキリのいいとこで区切って、二回に分けて入札をするんだよ! この入札は一度だけ取り消すことが出来るから、最初は結構盛り上がるよ!」
ギルパーニャの説明の最中、すでに入札者が殺到し始めた。
「おっと、23番、11万ハクロア!」
「続いて65番、36万ハクロア!」
「11番、なんと145万ハクロアだ!!」
その後も次々と入札が続く。
皆口々に贋作ではないかと噂しながらも、入札を行っていた。
「ねぇ、どうして贋作の可能性が高いのに入札してるの!?」
「言ったでしょ? 入札は一度だけ無効に出来るって。あの作品、本物だったら300万ハクロアを遥かに超える価値があるんだよ。それが現時点での価格は180万ハクロア。確かに今の討論を考えると贋作の方が可能性が高いけど、もしかしたら矛盾を指摘した鑑定士の方が間違っているかも知れない。だとしたらここでは少しでも高く入札していた方がいいんだよ。ダメなら入札を取り消せばいいんだから」
「そ、そうなんだ……。凄い世界だねぇ……」
簡単に200万ハクロアまで上がった値段に、フレスは竦んでしまいそうだった。
「200万ハクロアに到達いたしました。それでは一度入札時間を打ち切りまして、再び
アナウンスにより、会場は静けさを取り戻した。
討論競売後半の開始である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます