冗談はほどほどに

「よく来たな! ウェイル!」

「突然来てしまって悪いな」

「気にするな。お前達ならいつだって大歓迎さ」


 ウェイル達ご一行は、親友のルークが経営するオークションハウスへとやってきていた。

 先に連絡を入れていたとはいえ、急な訪問となったがルークは歓迎してくれた。


「調子はどうだ? ルーク」

「なぁに、ぼちぼちだ」

「てことは大儲けしてるってことか。羨ましいこった」


 いつもの挨拶を交わした後、三人はでオークション控室へと通される。


「競売禁止措置の時には世話になった」

「あの事件か」

「お前が裏で手を回してくれたんだろ? おかげであの後すぐに解除されたぞ」

「俺が直接解除したわけじゃないんだけどな。実はあの時、裏では大変な事件が起きていたんだ」


 競売禁止措置発動の元凶、『不完全』。

 奴らと部族都市クルパーカーとの大戦争は、今や誰もが誰もが知る大事件だ。

 しかし、その事件と競売禁止措置が密接に関係しているということは、一部の関係者しか知らない。

 無論、ルークがこのことを知り得るはずも無い。


「あの戦争、裏ではそんなことになっていたのか……!!」


 詳しい経緯をウェイルから聞くと、途端に神妙な顔になったルーク。


「俺の得意先にクルパーカーの人がいてな。相当な被害にあったと聞いたんだが、そうか、そういうことがあったからか……」

   

 ルークは商売の手を広げるために、クルパーカーに進出しようと取引相手を増やしていたらしい。

 その知り合いの被害を知ると、いち早く支援を行ったそうだ。

 

「まさかお前さんもあの戦争に絡んでいたとはな。ホントにタフな奴だな」

「そんなこともないさ。あの事件の後は、流石の俺も身体中ボロボロだったさ。それに事件に絡んだのは俺だけじゃない。最後はプロ鑑定士協会総出で挑んだんだから」

「大ごとじゃないか」

「大ごとだよ。世界競売協会にも被害が出たくらいだからな」

 

 これはルークには話さなかったが、あの事件の時、アムステリアの妹であるルミナステリアに盗まれた世界競売協会重役の『指』は未だに見つかってはいない。

 このことを公にするわけにもいかないし、しかしながら放置も出来ないため、治安局は捜査に難儀しているようだった。

 一通り世間話を済ませると、今度は本題に入る。

 

「ルーク。後ろの二人のことなんだが」

「ああ。一人はお前の嫁だっけ?」

「そうだよ~! ――あだっ! もう、ウェイルったら、殴ることないじゃない!!」

 

 間髪入れず返答するフレスに、デコピンをかましてやる。


「弟子だって知ってんだろ……」

「ああ、知ってるとも」


 にやつくルークにげんなりするウェイル。

 そんな中、フレスが不満そうに頬を膨らましていた。


「むぅ。一度は結婚した仲なのに……」

「フレス、そのことは黙ってろ」


 確かにハンダウクルクスではそういうことになった。

 あくまで形式上の話ではあるが。

 しかし事情を知らぬギルパーニャには衝撃的な話である。


「ウェイルにぃ!? フレス!? 一度は結婚した仲って、一体全体どういうこと!?」

「えっとね~、言葉通りの意味だよ?」

「ちょっとウェイルにぃ!? ちゃんと説明してよ! どうして私に内緒でフレスに手を出してるの!?」

「みゅふふふふ、ウェイルに熱い告白されたんだよ?」

「おいおい、ウェイル!? 本当に結婚しちまったってのか?」


 わざと大声で驚いた素振りを見せるルーク。

 こちらを見てにやつく辺り、この雰囲気を楽しむ気らしい。なんて質の悪い。


「ウェイルにぃ! 聞いてるの? 説明してよ!」

「そうだぞ? ウェイル。親友の俺にくらい話してくれても――あっ」


 追及の面倒臭さに、思わず逃げてしまおうかと思った時である。

 背後から猛烈な殺気と共に凍てつくような寒さを覚えた。



「みゅふふ、それでね、ウェイルったらね」


「――ウェイルったら……?」


「誓いのキスみたいだなって、ボクの唇をさ!」


「――唇を………なんだって?」


「それ聞いちゃう!? それはもうご想像にお任せするよ!」


「――殺す……!!」


「……え?」



 呑気に惚気ていたフレスも、ようやく事の重大さに気が付く。

 殺気を一足先に感じ取っていたルークとギルパーニャは急いで隠れ、首元を掴まれたウェイルは半ば諦めの表情を浮かべていた。

 怨念をひねり出すような声の主が、ウェイルの影から出てくる。


「…………ブッ殺す」


「う、うう、あわわわわわわ……!? ス、ステイリィさん……!!」


 目を真っ赤に染めたステイリィが、フレスを突き刺すように睨んでいた。

 対するフレスは、もはや恐怖で泣いていた。


「ウェイルさん? 今この青いガキンチョが言ったことは本当のことですか?」


 背筋の凍る戦慄させる声。

 これは事の真相を聞いているのではない。

 生きたいか、死にたいのかを問うている。


「も、もちろん嘘だって。ほんのジョークだよ、なぁ、フレス?」

「そそそそそそそそそ、そうです! その通りです!!」

「本当ですか……?」

「か、鑑定士が嘘をつくもんか! なぁ!」


 必死にバンバンとフレスの肩を叩く。

 首をブンブンと縦に振り続けた。


「そうです! 鑑定士は嘘なんてつきません! ウェイルとは何もありません!」


 しばらくの間、突き刺すような視線が二人に降り注いでいたが。


「そうなんですか! なら良かったです~~!! てっきり私、ウェイルさんをこのガキンチョに盗まれちゃったかと思いましたよ! アハハハハハ!!」


(お前も十分ガキンチョだろうに……)


 打って変わって柔和の表情になるステイリィに、一同胸を撫で下ろす。

 唐突に現れたこと云々なんて完全に忘れ、とにかく命が助かったことに安堵した。


「私のウェイルさんが、浮気なんてするわけないですもんね!」


 『私の』の箇所をやけに強調してくるが、聞かなかったことにしよう。


「ステイリィ、どうしてお前がここにいるんだ?」

「そりゃ汽車にウェイルさんが乗ったという情報を得てからですね。部下に後をつけさせたんですよ!」

「……それって犯罪じゃないの?」

「何か言いました?」

「何もないです」


 ギルパーニャもステイリィには勝てないと判断したようだ。黙って首を縦に振る。


「はぁ……」


 ウェイルとしてもため息を漏らさずにはいられない。

 誰もがステイリィの気配に当てられまいと遠ざかる中、元凶であるステイリィがウェイルに近づいてくる。

 最初は何事かと思ったが、あまりにもステイリィの気配が真剣そのものだった為、ウェイルも顔を近づけた。

 そしてステイリィは、こっそりウェイルに耳打ちする。


(……実はですね。この都市に『不完全』過激派の残党が入り込んだとの情報があったんです)


(……――っ!?)


 その言葉に、思わず息を飲む。

 なるほど、これは確かにコッソリとしか口に出来ない情報だ。

 この情報を伝えるために、ステイリィはウェイルの元へと来たらしい。

 誰にも聞かれないようにするために、わざと変なオーラを放って人払いをしたのだろう。


「……詳しい話をしたいので、後で治安局へ来てくれませんか?」

「……承知した」


 それだけ言葉を交わすと、ステイリィはいつものにこやかな笑顔を浮かべた。


「じゃあ私、帰りますね!」


 ステイリィはそう言うと、そそくさと出口の扉を開けた。

 そして退出際に一言。


「フレスさん? 面白くもない冗談は、今後一切止めてくださいね? でないと私、何をするか判らないですから! それでは!」


 敵意むき出しのスマイルに、相変わらずフレスも涙目でブンブンと首を縦に振り続けていた。


(あれはわざとじゃなかったのね……)

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